おねーちゃんとの日常。①'

「ご飯できたよ、おねーちゃん。」

窓を開けて、ベランダで水蒸気をあそばせてるおねーちゃんを呼ぶ。
「ああ、ありがとう。……やはり部屋の中は暖かいね。」
タバコをしまったおねーちゃんを部屋に迎えいれる。
まったく、この寒いのによくもそんなに吸うよね。
「すまないね、帰ってから家で吸う一本目が一番美味しいんだ。君は吸わないんだったもんな。叔父さんはいつも吸っていたように思うが」
「父さん?一時期はやめてくれてたけど、なんだかんだで今も昔も吸ってる気がする。」

テーブルを挟んで向かいに座った人を『おねーちゃん』と呼んでいるけど、実姉ではない。父の兄の娘で、年は5つ上。つまるところ従姉だ。
普段は関東の方で働いているんだけど、こっちに長期出張で仮家を探すのが面倒だとうちに転がり込んできた。

「「いただきます。」」
期せずして訪れた、誰かとご飯を食べる日常。思っていたより楽しいものだ。
「ん、今日もおいしいよ。いつもありがとう。」
わざわざ長期の出張に駆り出されるだけあって、毎日忙しそう。
かくいう自分はそれほどでもないので、おねーちゃんがちょうど帰ってくる時間あたりに出来上がるように夕飯を作っている。
「どういたしまして。俺も一緒に食べてくれる人がいるから嬉しいよ。」

「向こうにいた頃もずっと忙しくてね、まともなご飯を食べていなかったものだから。久しぶりに人の温もりを感じているよ。君には負担をかけてしまうけど」
「負担なんて、大したこと無いよ。1人分も2人分もそんなに変わらないし。久々におねーちゃんとゆっくり話せて、むしろ嬉しいくらい。」
「……その、『おねーちゃん』って言うのやっぱりやめてくれないんだな。お互いそんな歳でもないだろうに。妙に気恥ずかしいよ。」
皮目がパリッと焼き上がった鶏肉を美味しそうに食べてくれるも、少し不満げな表情が残る。
「いいじゃん、昔みたいでさ。俺もちょっとだけ恥ずかしいけどそれ以上に楽しいところある。」
「まったく……からかわないでくれよ」

・・・

「ごちそうさま。」
「ごちそうさまでした。コーヒーでも飲む?」
「ありがとう、いただくよ。……お砂糖、」
「2つね。もう覚えた。」
「ほんと、いつでも結婚できるんじゃないか、君は。」
「からかわないでよ。」

「あぁ、本当に、あたたまるよ。」
「大げさだなあ、インスタントだよ。」
食後のコーヒーを2人で堪能――と言えるほど高級なものでもないけど――していると、帰ってきてからずっと気を張っていたように見えたおねーちゃんの表情が、ようやく和らいでいた。
「毎日、大変だね。お疲れ様。」
「ありがとう。」
一口飲んで、一息ついて、おねーちゃんが続ける。
「…ずっと1人で突っ走っていたら、いつの間にか仕事が出来るような扱いをされて、褒められることも労われることも少なくなって、なんだかんだ疲れていたみたいだ。それでも、頑張ってはきたつもりだけどね。」
「……うん。」
「だからさ、久しぶり、本当に久しぶりに血の通った生活ができて、本当に君には感謝してるんだ。幸せを感じてしまうほどに。」
「いいんじゃない、そう思ってくれるのは嬉しいよ。」

「ずっと一緒にいたいなって、思ってしまった。何ならもうずっとこっちで仕事したっていい。」
「おねーちゃん、ストップ、それはちょっと性急すぎるというか、久しぶりに人の感情を取り戻していろいろだめになってる人みたいになってる」
「いいじゃないか、どうせ向こうに帰ればまた寂しい生活に逆戻りだ。こんな毎日を知ってしまったら……もう戻りたくないよ。」

参ったな…、いや、参ってはないんだけど参った。
何よりまだ今日は平日、明日も仕事がある。このまま明日に持ち越すのはよくない。
おねーちゃん相手に、こうしていいのか分からないけど。

テーブル越しに向かい合った位置から立ち上がる。
おねーちゃんの後ろに回って、軽く抱きしめて、頭を撫でる。
「えらいよ、おねーちゃんはいつも頑張ってるね。よしよし。」
正直、おねーちゃんがしたいように、このままずっと一緒にいるというのもやぶさかではない。困りはしないし、嬉しいとすら思う。
でも、それで本当にいいのかな。そう思ってしまう時点で、きっといいことではない気がする。

腕をほどいて、おねーちゃんがこっちに向き直る。
今にも泣きそうなほど潤んだ目で、至近距離で見つめられる。

あ、やばい。

その、近づいてくる顔を、拒否、できない。


バタン!
と、玄関のドアが勢いよく開いた音がした。
息を切らしながら駆け込んできたその人は、開口一番、
「てーくん!!!その女、だれ!!!!!」
と、呆気にとられた表情のおねーちゃんを指差す。
そうだ、この人もおねーちゃんだ。

いや、この人がおねーちゃんだ。

じゃあ、今目の前にいるこのおねーちゃんは?

あれ、俺のおねーちゃんは、誰だ?どこだ?


考えがまとまらなくなって、追いつかなくなって、そこで、

目が覚めた。

「…っていう、夢を見た。」
「夢オチなんてサイテー。」


おねーちゃん VS IFおねーちゃん、おしまい。

あとがき

「ていうか、そういう夢を見るってことはそういう"おねーちゃん"がいいってこと?」
「待って、夢相手にすねないで」

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