こんなの、まるで

「てーくんーあしたのおひるなにー?」
部屋の明かりを落として、布団も温まってきたところで隣のおねーちゃんから不意なご質問。翌日のお昼とかなかなか考えてないぞ。

「野菜あるし、焼きそばとかかな…? 買い物行かないとだけど」
なんか食べたいのあるの? と訊くと、焼きそば…悩ましい…と困った顔をしてそうなトーンが続く。
「久しぶりに、フードコート、行ってみたいなー…なんて。」
あれが食べたいーとか、あそこのお店行きたいーとかじゃなかったから少しびっくり。けどそういう珍しいお願いでもあったので特に無下にすることもできず。

…いや、どんなお願いであってもそれを叶えることを最優先にしてしまうんだけど。

「いいよ、久しぶりに遊びに行こっか。どっちにする?」
ここから行ける、フードコートがあるショッピングモールは2軒。
車はおねーちゃんが運転するので、行き先はお任せしてしまう。
「やたっ。じゃー、AE○Nモール!」
"あなたと私の夢がふくらむ"ほうは選考落ちした模様。
デートっデートっ、とはしゃぐおねーちゃんを撫でて寝かせにかかる。
翌日お出かけの前の晩はいつもこんな感じなので、割と早く寝る。
いつまで経ってもそういうところがかわいいんだよなー。おやすみなさい。

・・・

「で、なんで突然フードコート? 昨日テレビなんかやってたっけ?」
助手席に座って、スマホのナビを道路を見ながら尋ねてみる。
姉弟揃って瞬間的に影響を受けやすいので、テレビで美味しそうなご飯が出てくれば翌日それを食べに行くなんてことはよくある。
けど、昨日は特にそういう記憶はない。

「会社の先輩、お子さんいるんだけど。家族でフードコート!な写真をインスタで上げててさー。なんか懐かしくなっちゃって、昔はよく行ったよね―とか思ってたら行きたくなっちった。」
先輩のだからまだ微笑ましいで終わるけどね!と、苦みのある笑い声が続いた。不意打ちでそんなこと言われても反応に困ってしまう。
あんなのタイミングよ、と返して、パネルをいじって音量を上げる。

おねーちゃんセレクトのプレイリストを二人で歌っているうちに、白字と赤紫色の看板が見えた。

・・・

せっかくなのであえて下調べはせずにきてみた。
何を食べようか一周するこの時間も楽しいんだよねー!とわくわくげなおねーちゃんを見て一安心。
確かに、昔家族みんなで地元のショッピングモールに来てはフードコートでお昼…なんてことをよくやってたなと思い出す。
みんな好き好きにいろいろ頼んでちょっとずつもらいっこしながらとかね。

一通り回って、おねーちゃんはハンバーグランチ、僕はカレーセットをそれぞれ頼んだ。
この電子ベルも、フードコートっぽくてよい。

ほどなくして二人とも料理を受け取って戻ってくる。
おねーちゃんが嬉しそうなので嬉しい。味もまあまあよい。
たまにはこういう雰囲気で食べるのも楽しいね。

家族連れがやっぱり多いけど、高校生くらいのカップルも数組見かける。
これもこれで微笑ましいことだ。
「「そういえばさ」」
同じタイミングで声が出る。なんとなく同じ話をしそうな気がした。おねーちゃんからいいよ。

「昔お母さんが、隣の家のおばさんから『お嬢さんが男の子と歩いてるの見たわよ~』って話しかけられた話を晩ごはんのときにしたことあったじゃん、あのときてーくんめっちゃショックうけてたよね~」
と、もはやいつの頃だったか分からない思い出話を始めてしまった。

なお、もちろんその時の相手は僕である。
『え?私てーくん以外の男の人と出かけたこと無いけど??あとはお父さん』で一蹴してた。
なお、これは全然黒歴史とかではなく、なぜなら
「おねーちゃんも、父さんが同じ感じで『息子さんが綺麗な女の人と出かけてた』って聞いたって話してたとき放心状態だったじゃん」
というカウンターが決められるからである。ちなみにこの話をしようとしていたので、やっぱり同じ話をしようとしていた。
「あれ、そんなことあったっけー??」
と、あからさまなとぼけ方は覚えてるやつ。

「私たち、」
――あれから変わったのかな、変わってないのかな。

切り分けたハンバーグの、最後の一口を食べ終えてから、おねーちゃんがつぶやいた。

さっきまでの辺りの喧騒が、少し落ち着いた気がした。
お水ついでくるね、とコップを二つ持って席を立った。


なんとなく、それ以上話を続けたくなくて切り上げた。
確かに仲が良すぎる姉弟だとは思うけど、あんな話をすることは自然だし、避ける方がよっぽど不自然だ。こんなの、まるで…
「逃げてる?」
二つめのコップを入れて給水器のボタンを押したと同時、意もせず声が出ていた。

何から、誰から逃げてるというんだ。
あれから変わらず、ただの仲良い姉弟じゃんか。
後ろめたいことなんてない。考えたくないことなんてあるはずがない。
別に目を背けていることなんて、何一つ、あるわけなんて――
「あの、大丈夫ですか?」
背後からかけられた声で我に返る。
コップには定量の水が注がれていて、給水器は次の客を待っていた。
小声で謝り、両手にコップを持って立ち去る。

席に戻ってコップを渡す。
変な話してごめんね、とおねーちゃんに謝らせてしまった。
誰が悪いわけでもないのに、なんとなく気まずくなった。

思いっきりはしゃぎたくて、ゲームコーナーでメダルゲームに誘ってみる。
なぜか調子がよくて、当たりが続いてメダルは増える一方。
近いうちにまた来るかも分からないので、別のゲームで無謀な使い方をして贅沢に使い切った。

いつも行くスーパーのほうが食料品は安いけど、帰ってまた行き直すのも面倒だしそのままお買い物して帰ることにした。
お惣菜の種類はこっちに軍配が上がるとおもう。
昼の予定だった焼きそばをスライドして、厚揚げでも焼こうかな。
夕飯のこと考えていると、なんとなく落ち着いてきた気がした。

・・・

すこし日も落ちてきた帰り道。
なんだかんだで楽しんじゃったね、ってにこにこのおねーちゃん。
まだちょっと気分が晴れず、作り笑いが抜けない僕。
切り替えがうまくできないのが、まだまだだなーって思う。


帰って少しお昼寝しよっか。

起きたら晩ごはん、一緒に作ろう。
一緒に食べて、一緒に寝て。
また明日から、いつも通りの日常を送ろう。

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