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倦怠期

『LOVE MY LIFE』を読んだ。
私はレズビアンの作品を初めて読んだ。百合ではなく、レズビアンの作品。
初めて恋愛の物語に共感し、一喜一憂し時々涙をこらえながら読んでしまった。

長々と更新をさぼっていた間に、季節は流れ、私と恋人は有り体に言えば倦怠期というものを迎えている。先々週くらいに一緒に夕食を食べていたときに、なんとなくそういう話になってお互いに「なんか、熱冷めてね?」と感じていることを確認し合った。私の方は一か月くらい前から、いやもうずっと前からなのかもしれないが、彼女と一緒にいると消耗する、と感じるようになっていた。自分がすり減っている、と感じ、疲れ、それでも時間をかけて築き上げた居場所でもあって…という葛藤で日々悶々としていた。

自分がすり減るとはどういうことなんだろう。私は何も減っていないし、時間やものを奪われたわけではない。ただ、疲れていただけかもしれない。恋人の繊細さに配慮することや、何か心遣いを与えることに。

付き合い始めた当初、私は完全になんでも与えてあげたいモードで、何も見返りなんていりません、という気持ちだった。嘘じゃない。正反対の性格で、正しく補い合っていると思っていたし、とても深い部分で自分と似ていると感じていた。歯の浮くような深夜の電話も楽しかった。実際に浮かれていたんだろう。

彼女は与えた分だけ返してくれるというタイプではなく、もらったものはもらったもので、自分が与えたいときに気まぐれに何かをする。曰く「返さなきゃいけない」と義務化してしまったらもう窮屈に感じてしまってだめになる、ということらしい。そんなの、私の方はとっくに義務になっている。義務感からの行動でも行動そのものは同じなんだから、関係は維持されるというのが私の言い分だ。でも私は実際に疲れて、すり減っていると感じているんだから、正しいのは彼女の方だったんだろう。

彼女は就活で忙しく、私は将来への不安と目先の忙しさでメンタルが崩壊している。そんな中で健全な恋愛をしていくというのはやっぱり難しいことなのだ。今はお互い一人でやるべきことがある、だから電話とか遊ぶのは控えめにしようということで現在落ち着いてはいる。しかし実際には忙しさが理由なんかじゃなくて、単純に気持ちがさめた、あるいは相手に飽きた、相手が思ったよりしょうもないことがわかってきた、とか、そういうことなんじゃないかなと思っている。

もう潮時なのかもしれない。意外と持ちこたえるのかもしれない。未来のことはわからない。


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