第3・4回 札幌技術同人誌読書会報告
このイベントで同じ街を訪ねるのは2回目である。
同じことを繰り返すのは意味が無いので、今回から更に工夫を加えた。
まず「技術同人誌」の概念は必要な層に行き渡ったものと判断した。
故に、その概念普及はもう目的としない。
今回からしばらく展示書籍を「ハードウェア系技術同人誌」のみに絞り全国行脚を再開することとした。
テーマをハードウェアに絞ったのは、ソフト分野に比してハード分野の方が世のケアが乏しいと感じたからである。
(リモートにも対応し辛いし、関連イベントが充実しているようにも見えない)
個々の書籍にはQRコードを添付し、閲覧者と著者のパイプが繋がり易い様に工夫した。
これだけでも、イベントとしての精度は大幅に上がった。
というより、きっと今までが大雑把だったのだろう。
今回も収穫は多かった。
特に地元でイベントを企画している方々と繋がれたのは大きい。
また、遠隔地の生の声を聞けたのも勉強になった。
参加者の方の要望を容れ、「技読会」の略称を採用出来たのも喜ばしいことである。
こんな簡単な事も思いつかなかったのは、結局は不誠実が故である。
昨年の札幌読書会の収穫は、不意に来場したA君と親交を持つ事が出来たことだ。
丁度vtuber事業に参入しようと思っていた矢先、そのモデル制作を行っているA君と出逢えた事はありがたかった。
最初は実利で話を膨らませたが、その向上心や境遇を知り、力になりたいと思うようになった。
再び札幌を訪れる事を約束した。
色々と下らない話や儲け話もして、笑いあえた。
散々、大人面して生意気な高説を垂れてしまった思う。
そして結局、所詮この身は無力で、有望な若者に何一つ与えてやれないまま、のうのうと自分だけが生きている。
救いを求めてくれた有為の若者が、自ら命を絶つのを止められなかったのは、これで2度目になる。
私などに縋るくらいなので、その時点で余程追い詰められていたのだろう。憎むべきは世間と己である。
最初に死んだK・A君はただ詫び言を述べてその命を絶ったが、幸か不幸か札幌のA君からはその友人の後事を託された。
今回、この地を再び訪れたことで故人との約束を果たした。
私にはこんな形でしか供養出来ない。
結局は贖罪意識に基づく自己満足に過ぎないのだ。
合間を見てクラークの銅像を見に行った。
アメリカから来た男は多くの若者を導き、私はたったの一人も救えずに見殺しにした。
今日も多くの優秀な若者と出逢えた。
せめて彼らにはこの身より長生きして欲しい。
私は旅を続ける。
君以外の誰かを支える事が君への供養となると思い込んでいるからだ。
君が託した友人にも出来る範囲で与える。
明日、この地を発つ。
どうか安らかに眠って欲しい。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?