デカすぎた男の話-大陰の人因果の事(根岸鎮衛『耳嚢』巻之一より)

 信州の百姓で、一人二人の奴僕を召使いながら、妻と二人、それなりに暮らしている男がいた。
 ある日、男は近郷に用事があって出かけ、二里ばかり行ったところで急な雨に遭い、甚だ難儀したので、そのあたりの山野にある一軒家へ立ち寄り、晴れ間を待つことにした。綺麗な家屋に馬も飼っているという家で、家の主は三十歳くらいの男であった。家主は煙草を吞みながら、急な雨で難儀なことでしたね、だとか雨宿りに来た男に気を遣って話しかけ、二人はしばし語らった。
 話すうち、胡坐をかいた家主の裾が乱れ、両膝の間より男根が見えたのだが、その男根、家主の膝に並ぶような大きさに見えたので、男は驚いた。
 家主も男の顔色から察したのか、ひどく困った様子なので、男は、
「サテサテなんと珍しい一物をお持ちなのでしょう。それだけ立派な大きさですと、男女の交わりにおいてはどのように扱うのでしょうか?」
と家主に尋ねたところ、これは今更何を隠し立ていたしましょうと、かの陽物をボロンと男に見せた。
 露わになった陽物は、最初にちらと見えた時に増して、驚くべき大きさであった。
 家主は続けて、
「私はこの一物ゆえに哀れな身の上なのです。元来、私はここから一、二町ほどのところにある、酒商いの家の倅でした。暮らし向きも悪くはなく、妻か妾でも持とうか思ったものの、どういうことかこの陰茎、人並ならざる大きさの一品ゆえ、生まれてこの方、男女の交わりというものを知らず、金銀を費やして方々に配偶者を求め探しましたが、相応しい者は見つからず、空しい月日を過ごしてきました。せめて煩悩は晴らそうと、あそこに繋いでおります馬を、吾妻とも妾とも思い、淫欲が湧きあがるたびに犯しては、その思いを晴らしておりました。生きながら畜生道へ堕ちるという、なんとも悲しい身の上なのでございます」
 家主の話に呆れ果ていたところ、折よく雨も止んだので、男は暇乞いして帰宅したのだった。

 家に帰るなり男は妻に向かって、
「今日はこれこれの所で不思議な陽物を見てきたよ。お前は日頃から私の物を粗末な品だと言うが、あの陽物のように大きすぎるのもまた困りものだぞ」
と戯れに語った。妻はその話を聞いて、
「そのような思いがけない身の不自由もあるものなのですね。あなたが見たというそれの大きさは、物に譬えてみたら、どのようなものでしょうか?」
と夫に尋ねた。夫は部屋の調度を見回して、床の間にかけてある花生けを指し、
「おおよそ、あのくらいだな」
と答えたので、妻は、どうしてそんな大きさのものがありえましょうやと笑った。

 さてその日も暮れて翌日、そして翌々日の朝、どこへ行ったのだろうか妻の姿が見えない。男は心当たりの場所をいくつか探してみたが一向に妻の行方はわからない。
 召し使っている丁稚に、
「常日頃と比べて妻に何かおかしな様子はなかったか」
と尋ねてみれば、丁稚は答えて、
「思い当たることといえば、昨日の昼頃、奥様は、床の間にかけた花生けを手に取って、何やら思い悩んでいる様子で、花生けを膝の上へ押し当ててみたりしているのをちらと見ました。もしかしたらあれがご乱心だったのかもしれません」
 それを聞いた夫は、はっと思い至り、一昨日見た大きな陰茎を花生けに譬えて語ったことで、妻の心中に淫らな気持ちが湧きあがり、居ても立っても居られなくなったので、かの陰茎を探しに行ったに違いあるまい、このようなことは恥ずかしすぎて、とても人には話せないことだと、それ以上丁稚には尋ねず、ちょっと心当たりがあると言って、その日の昼頃、かの大陰茎の男の家を訪ねた。

 大陰茎の男の家は、先日訪れたときよりも物静かであったが、男が訪れると家主が出迎えてくれた。
「これは先日雨宿りされた御仁ではないですか。本日はどのようなご用事で拙宅にいらっしゃったのでしょうか?」
「先日の雨宿りの御礼に参ったのです」
 それから二人はしばし四方山話に興じた。
 するうち、男が、
「ご主人はどうも顔色が優れず、物思いのご様子ですが、何かお変わりでもございましたか?」
と家主へ尋ねてみれば、
「やはりお分かりになりますか。無慙で哀しいことがありまして、それで自然と私の顔にも出てしまったのでしょう」
と、その身に起こった出来事を語り始めた。

 先日、貴方が帰ってから一両日も経った日の、夜四ツ時(午後十時)ごろ、表に我が家を訪れる者がありました。戸を開けて見てみれば、歳は四十ばかりの女で、旅の者だが頻りに腹痛がして困っている、一夜の宿をお借りできないでしょうか、と言う。私は独身ですからと断ったのですが、とにかく酷い腹痛だ、頼むから泊めてくれと引き下がる様子もないので、この一間を貸してやって、湯などを与えて介抱してやりました。
 すると女は声をひそめて、貴方の陽物は抜群であると聞いております、一目見せていただけないでしょうか、と頼んできました。おかしなことを言うものだ、どうやって私の身の上について知ったのですかと、女の頼みを断りましたが、貴方の陽物が尋常ならざることは往来の馬子や荷持までも知っていることです、今更何を隠すのですか、と女は譲りませんので、何だか恐ろしくなってきました。もしかしてこの女は魔障か何かなのではないかと思い、否み続けました。
 そうしてあれこれと話すうち、女は、自分は決して怪しいものではなく、旅の者ではありますが、この近隣に暫く滞在している者です、と言うので、どうやら化生の者でもなさそうだと思いました。そうなると否み続けるのも心苦しくなってきまして、とうとう女の望みの通り、陽物を出して、見せてやりました。
 女は私の陽物を見るなり、しきりにその手で撫で回し、驚き、或いは悦び、それは狂乱のごとき様子でして、それを目の当たりにすると私の方でも淫らな気持ちが湧きあがってきまして、夫のいない身の上なのであれば私と、旦には朝雲となり、暮には行雨となるような、男女の交わりをいたしませんか、と口説きました。
 このような陽物を受け切れるとは思えませんが、是非貴方の御業をお見せください、と女も承諾しましたので、とうとう高唐夢裏の歓とも言うべき男女の交わりを成し遂げたのでした。
 彼女の大海はいかほどだったのでしょうか、芙蓉の影を事もなく移すことができたわけでございます。つまり、私の大陰茎に相応しい広陰を持った女性だったのです。女は、どうか私を貴方の妻として、朝な夕な契らせてくださいましと、切に頼んでくるので、生まれてこの方男女の交わりを知らなかった私は、初めて佳き人と巡り合うことができたと悦びました。
 翌朝、女は早くに起きて寝床から出ると、まめまめしく働き、馬に秣をやろうと私に言いました。私は、あの馬には自分で秣をやるからと言ったのですが、女は聞かずに厩へ向かい、馬に秣をやったのでした。
 すると、馬にも嫉妬の悪念というものがあったのでしょう、跳ね上がって女を押さえつけるや、そのまま喰い殺してしまったのです。
 我が生涯のこの身の不自由、その因果、私は痛烈に感じ入りまして、これから出家しようと思います。このことを人に語ろうにも不面目ですので、女の死体は裏の空き地に埋めました。

 亭主が涙ながらに語るのを、男は聴きつつ、けれどその女は私の妻ですと言うのも不面目なので、
 「なんと哀れなお話でしょう」
と言って、そのまま立ち別れたということだ。

■参考文献
・根岸鎮衛著・長谷川強校注『耳嚢(上)』岩波文庫 1991

ここから先は

0字

¥ 100

期間限定 PayPay支払いすると抽選でお得に!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?