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「悩みは“すき”の種」2022年1月号

これは、「手紙社の部員」のみなさんから寄せていただいた“お悩み”に、文筆家の甲斐みのりさんが一緒になって考えながらポジティブな種を蒔きつつ、ひとつの入り口(出口ではなく!)を作ってみるという連載です。お悩みの角度は実にさまざま。今日はどんな悩みごとが待っているのでしょうか?

第7回「隙間時間をもっと充実させるには?」

月刊手紙舎読者のみなさん、新年おめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いいたします。

みなさんは年末年始いかがお過ごしでしたか? 私は、クリスマス、年越し、お正月と、特別なおやつや食事を用意したり、飾りつけしたり、プレゼントを贈りあったり、いつもそれなりに楽しんではいるのですが、実のところ昔から心の底では12月からお正月にかけての、自分の気持ちがふわふわしてしまう時期がどうも苦手。行事やイベントごとを大切にしたい気持ちはもちろんあるのですが、一時的に日常が遠ざかってしまうことにいつまでたっても慣れなくて。三が日はゆっくりお休みをとりながらも、内心では変わらぬ日常をすでに恋しく思っています。

【今月のお悩み相談】

相談者:T専務さん

甲斐さんこんにちはー! 私の悩み聞いて下さい。

それは隙間時間の使い方です。

会社勤めをしておりまして、家には奥さんとわんこがいます。つまり日常自分のためだけに使える時間は
(1)100分の通勤時間
(2)奥さんが作ってくれたお弁当をペロリと食べた後のお昼40分(取れない時もあります)
(3)サンクチュアリと名付けている、仕事終わりにカフェで過ごす60分です。

甲斐さんの本を読ませて頂いたり、北島家ラジオを聴いたりして有意義に楽しんでいますが。やはり、仕事モードからなかなか気持ちの切り替えが出来ませんし、何もしない時間もあります。仕事自体が自分の時間になるドラスティックなシフトチェンジも解決策ですが……。

隙間時間を有効に活用する方法、気持ちの切り替え方って何かありますか?

よろしくお願いします!

今年初の相談は、T専務さんからの「隙間時間の使い方について」。

“隙間時間”と聞いてふと思い出したのです。2004年に自費出版で『詩集と刺繍』という文庫本を出したことを。そこにこんな詩をのせていました。

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「隙間の時間」

隙間の時間に思い出す
人やものこそ大切なの。

電車の中。食後の数分。帰り道。眠る前。
本にしおりをはさむとき。レジ待ち時間、コピー中。
部屋の鍵を閉めたり、猫にごはんをあげる間。

ふと思い出す、人やもの。
隙間の時間、いとおしさの時間。

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もう18年も前のもので、表現も拙いうえに、今ではコンビニなどでコピーをすることもほとんどなくなり、懐かしかったり、気恥ずかしさを感じますが、そうそう、あの頃は今よりずっと、隙間の時間が尊い存在だったと思い出しました。

当時、私は“もの書き”として駆け出したばかりで、少しずつやりたい仕事ができるようになり、夢に向かって突き進んでいました。振り返れば仕事の数も収入も少なく時間もたっぷりあったはずなのに、成長しなければ、変わらなければと、常に自分を追い込み、気持ちの上では今よりずっと忙しくて、全てにおいてがむしゃらでした。寝ても覚めても、気持ちも時間も、ぱんぱんに膨れ上がって、実際そうだったのでしょうけれど、自分は足りないものだらけだと満たされない思いの中にいました。

そんな余裕のない日々の中でも、不意に気持ちが緩むときがあって、私はその、身構えたり考えたりしなくていい、なんでもない時間を、隙間の時間と呼んでいました。本当は大きな変化を好まず内向的である方を楽に感じる素の自分が、ふとした瞬間に思う人やものこそ、本当に大切なのだと感じ入る時間でもありました。

T専務さんにとっても、隙間時間が奥さんやわんこさんと同じように大切な時間だということが相談内容からも伝わってきます。通勤時間、お弁当後、サンクチュアリという名のカフェタイム、意識的にしっかり自分の時間を確保されているT専務さんは、隙間時間の有効活用も、気持ちの切り替えもすでにできており、十分、隙間時間の達人のように私には見えるので、私が意見することが申し訳ないくらいなのですが……。同じ隙間時間愛好者の、隙間ばなしとして聞いてください。

T専務さんは隙間時間に「北島家ラジオ」を聴いたり、読書(私の本も、ありがとうございます!)しているとのことですが、もし苦ではなかったら、その経験をメモして蓄積していってはいかがでしょうか。記録、あるいは日記などとも言えますね。

その日のラジオで話題になったことや、そこから自分で考えたこと、仕事ではない私生活で、やってみよう、行ってみようと思ったこと(もちろん、奥さんやわんこさんと一緒にでも)、愛妻弁当のメニュー、通勤中やサンクチュアリで遭遇した出来事、メモや日記として記録する唯一の制限は「仕事ではないこと」。隙間の時間の中に数分だけメモタイムを作って、スマホに書き込むだけでも自分自身の経験として蓄積されていきます。そうするうちに、今までと同じ時間を過ごしていても、少しずつ膨らみやのびしろが生まれて、ちょっとした満足感を得られると思うのです。

実際にこれらは私がよく、隙間の時間におこなっていること。あらゆることをメモすると、隙間の時間がふっくら丸みを帯びてきます。

T専務さんは、SNSをされていますか? 隙間の時間にメモしたり考えたことを、まとめ直してSNSで公開するのもひとつの手だて。けれども誰に見せるでもなく、自分だけの満足であってもいい。私自身は、隙間の時間にメモしたことを、2割くらいSNSで公開して、8割は自己だけで楽しんでいます。

そういえば、この連載初回の相談にも「書き出すこと」を提案していますが、自分の頭の中にあることや、時間を文字として視覚化することは、なにかを始めたり、環境を変える第一歩につながると信じています。ずっと続けてください、などとは言いません。気楽に隙間時間のメモを、ぜひ試してみてください。


甲斐みのり(かい・みのり)
文筆家。静岡県生まれ。大阪芸術大学文芸学科卒業。旅、散歩、お菓子、地元パン、手みやげ、クラシックホテルや建築、雑貨や暮らしなどを主な題材に、書籍や雑誌に執筆。食・店・風景・人、その土地ならではの魅力を再発見するのが得意。地方自治体の観光案内パンフレットの制作や、講演活動もおこなう。『アイスの旅』(グラフィック社)、『歩いて、食べる 東京のおいしい名建築さんぽ』(エクスナレッジ)、『地元パン手帖』(グラフィック社)など、著書多数。2021年4月には『たべるたのしみ』に続く随筆集『くらすたのしみ』(ミルブックス)、11月に『にっぽん全国おみやげおやつ』(白泉社)が刊行。

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