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「悩みは“すき”の種」2021年10月号

これは、「手紙社の部員」のみなさんから寄せていただいた“お悩み”に、文筆家の甲斐みのりさんが一緒になって考えながらポジティブな種を蒔きつつ、ひとつの入り口(出口ではなく!)を作ってみるという連載です。お悩みの角度は実にさまざま。今日はどんな悩みごとが待っているのでしょうか?

第4回「独立か転職か……選ぶべき道筋は?」

月刊手紙舎読者のみなさん、こんにちは。甲斐みのりです。

今回で4回目となる「悩みは“すき”の種」。身近な方々からも「読みました」と声をかけていただくことが増えてきました。

【今月のお悩み相談】
相談者:ジャスコさん

甲斐みのりさん、こんにちは。毎月「悩みは“すき”の種」をとても楽しみにしている読者の一人です。

ご相談したい内容は「自分の道筋の見極め方」です。現在印刷会社に勤めて7年目なのですが、来年以降新しい道に進みたいと考えています。転職するかフリーになるかです。

主なきっかけとしては次の5つの出来事や思考があります。

(1)自分が本当にやりたい事がわかった。会社に提案したがうまくいかず、別の人にやりたかった仕事が任されていること。
(2)大切な人との別れで、時間は無限じゃないことを実感したこと。
(3)仕事と職場へのモチベーションがかなり減少していて、今後のキャリアに限界を感じていること。
(4)会社以外で個人的に「デザインがやりたい」と話しまくったら、度々面白い仕事が入ってきたこと(副業禁止なので、無償ですが)
(5)声かけてもらった所があるが、数年後にはフリーになるのは確定。

ここ数年で独り立ちしている友人が増え、色々話を聞くこともあり、意識するようになりました。ただ、今まで独立やフリーになることを考えたことがなく「私は一人でやっていけるのだろうか……」という見えない不安もあります。

現在32歳で、定年まであと28年をどう生きていくか。最初から独立前提で、声かけてもらった場所に行くか。転職して数年修行してから、独立するか(しないか)。甲斐さんが文筆家として独り立ちをしたきっかけ等も教えていただけたら嬉しいです。

長くなってしまって申し訳ありません。これからも甲斐さんのご活躍を応援しております。

毎回そのつど時間をかけて考えているのですが、今回もまた、スパッと答えを出せず、しばらくは寝ても覚めてもジャスコさんからの相談「自分の道筋の見極め方」について考えました。

個人事業(フリーランス)歴20年となる私は、人生で一度も就職したことがありません。就職活動さえしたことがなく、そのことを長らくコンプレックスに感じてきました。当時から現在にいたるまで、友人・知人に個人事業者がとても多いのですが、私と同じように「人生で一度も就職したことがない」という仲間は意外なほど多く、みな必ずその人なりの苦労話を抱えています。脅しているわけではありませんが、苦労や不安のない個人事業はありえない、というのだけは確実に言えることです。

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最初に私が「文筆家として独り立ちをしたきっかけ」をお話しさせていただくことにします。

大阪の芸術大学を卒業後、研究生として1年大学に籍を残し、その間に大阪から京都に引っ越しをして、パソコン教室に通ったり、アルバイトをしたりして過ごしました。そのとき、インディーズ出版社を一人で立ち上げた方に出会い、お手伝いしたいと名乗り出て、それから数年、代表者とともに小出版社の運営に携わりました。同時に私個人の雑貨ブランド「ロル」を立ち上げて、昼間は本と雑貨の営業活動、夕方からは祇園の料亭でお運びとして働く日々でした。

小出版社でお付き合いのある作家さんの多くは東京在住で、取り上げていただくことが増えてきた雑誌の版元も東京に所在しています。出張という名のもとに年に幾度か京都と東京を行き来するうち、私も自分自身が書き手として東京で仕事をしたいという気持ちが膨れ上がってきました。もともと、芸術大学の文芸学科に進学したのも、いつか書き手になりたいという思いがあったから。上京して出版の仕事に関わりたい、でも思うように仕事を得られる自信もないと悩んでいたところ、写真家で作家の都築響一さんに自分が暮らしていた部屋を取材していただく機会があり、撮影中の何気ない会話が大きな転機となりました。

都築さん「これからどんなことをしていきたいの?」
甲斐「もの書きとして仕事をしていきたいんですが、どうしていったらいいのか分かりません」
都築さん「東京に出てきたらいいのに。僕は上京してどうにもならなかったという人を知らないよ。思いがある人は、みんなどうにかなっている」

当時24歳だった私は単純で、思い立ったら突き進むのみ。その一ヶ月後には、小出版社の事務所と合わせて東京へ移転していました。

少し前に都築響一さんと再会したとき、20年前に転機を作ってくださったことへのお礼を伝えると「ぼく、そんなこと言ったのか~。無責任な発言だね」と笑っておられましたが、「どうにかなる」とおっしゃってくださった都築さんの言葉によって、「どうにかする」というスイッチが入ったのです。

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そのときから一貫して変わっていないのが、「誰かにやめた方がいいと言われてやめられることはすぐにやめよう。誰になんといわれてもやめられないことだけやっていこう」ということ。

信頼できる人に相談はしますが、私と同じ人間は一人として存在しません。
親しい人の意見や助言があってこそ、人との違いが実感でき、自分の意思が固まります。始まりも終わりも、誰かのせいには決してせず、自分が納得できることだけを選んでいます。

上京して2~3年は、修行の時代だと覚悟を決めていました。小出版社とロルの運営を基盤にしながら、フリーライターの先輩にアシスタントとして働かせてもらえないかとお願いをして、散々失敗しながらも、もの書きとしての基礎を習得していきました。修行の時代だから、収入もわずかで今よりずっと貧しかったけれど、どこかでそれを楽しんでいる自分がいました。自分が好きな作家の多くが「あの頃はこんなに貧しかった」という作品を書き、それを読んできたからです。私もいつか、今のこの未熟な時代を書けるくらいになるのだと強く思うことで、数々の失敗や失望を乗り越えることができました。

それから、自分なりに自営業者・プロの卵の表明として、上京して初めて迎える春の確定申告シーズンに税務署へ赴き、初めての確定申告に挑みました。そのとき持参した源泉徴収票はほんの数枚。あまりの収入の少なさに、本来は労力を要するはずの申告作業もたちまち終了したのですが、開業届出を出したことで、自分も今日からプロの端くれだと晴れ晴れとした気持ちで帰路につきました。現実的な話ですが、本当の意味で個人事業は、税務署に開業届出書を出すことから第一歩が始まります。

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その後も今も紆余曲折ありますが、ざっとここまでが、私の個人事業開業までの経緯です。ここまで、ただ自分語りを披露したわけではなく、これから独立を考えているジャスコさんには少しでも多く、すでにフリーランスとして仕事をおこなっている方々の話を聞いて、参考になるデータを蓄積し、“自分自身で自分の道筋を立てていく”ことが必要なのでその一例として私自身のことをお話ししました。

ジャスコさんが転職するかフリーになるかというのは、「数年後にはフリーになるのは確定」と、ジャスコさん自身がすでに答えを出していますね。現時点で、そういい切っていること、頼もしいです。フリーランスは、自分で「こうする」と決断して、それを自分で実現していかないと前に進んでいけないものですから。

ジャスコさんは、独立を考えるきっかけを(1)~(5)までの箇条書きにし、他者にも分かりやすい具体的な説明ができています。ここからも、夢見心地に独立を考えてるわけでなく、自分の地図を自分で描いていける方だというのが伝わってきます。ご友人にもこの数年で独立している方が多いとのこと。一人ではなく何人かに、

・独立までに準備したこと
・会社員でなくなると、どんなことにお金(経費)がかかるか
・確定申告
・営業活動や思いがけない仕事依頼のきっかけ
・ギャラ交渉
・仕事を得て実際に入金されるまでの流れ
・仕事相手と生じたもめごと(失敗例)

など、回答が可能な範囲で根掘り葉掘り聞いてみてください。

現時点で転職先としての受け入れ先があるのなら、そこに飛び込んでみても、いい経験になるのではないでしょうか。フリーになるのに、あらゆる経験が邪魔になるということはありません。また、声をかけてくれる方がいるというのも貴重なことです。その上で、ジャスコさん自身が、この先必ず独立すると心に決めているのですから、「よし、今だ」というタイミングは必ずやってくるはずです。

そのタイミングというのは、仕事の引き合いがあったり、生活の心配がなくなったから、などといいこともあれば、今いる場所での人間関係がうまくいかなくなったり、体調を崩したなど、ネガティブな要素でもあるかもしれません。私の身近には、会社員からフリーランスに転じた人も多数いますが、決して順風満帆な契機だけではありません。会社員としての限界を感じたためフリーランスとしての道を選ぶしかなかったというケースもありますが、何年かたって、あのときはつらかったけれど結果的にああしておいてよかったという言葉をきいて、私もほっとしました。

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個人的に大事だなと思うのは、独立時点の貯蓄です。フリーランスは、金額の大小以前に、長期戦の仕事も多く、依頼されたり企画がたちあがってから、実際にギャランティとして入金があるのが1年以上先ということは珍しくありません。その間かかる、打ち合わせや取材に向かう交通費や宿泊費、打ち合わせのための飲食費(交際費)、もちろん日々の家賃や生活費全て、自分でまかなわねばなりません。独立して最初の1~2年で万事順調という方もいるかもしれませんが、やはりそれはごく一部。私は、個人事業歴20年になりますが、10年目くらいの新人から中堅にさしかかったとき、新規の仕事が全くない1~2ヶ月というのがありました。そのときどうにか生活できたのは、多少なりともそれまでの蓄えがあったから。25歳で開業した時点では、学生時代にコツコツためた最低限の貯蓄があったので、それを数ヶ月収入が途絶えることがあったときの保険として考えていました。

実家か一人暮らしか、居住地域によって、月々かかる生活費の個人差があるので、具体的な数字を伝えるのは難しいですが、独立して半年~1年は、入金がない月がある前提で考えて、独立時にどのくらい貯蓄があったら最低限の生活ができるか、余裕をもって算出してみてください。仕事そのものは順調でも、入金は必ず数ヶ月先になるので、この見極めはとても大切です。この目標額に達したら……など金銭面から考えてみるのも、独立時期の一つの基準になるかもしれません。

会社勤めの経験がないため比較できるものがないながら、私なりにフリーランスとして仕事をする上で大事だなと思うのは、

・時間やお金の管理
・曖昧なことや不明瞭なことに対して確認作業すること
・自分ができること、できないことを最初に(もしくはその都度)明確にすること
・他者と自分を比べないこと
・一度失敗したことは次回の懸念・確認材料として次回に活かすこと

でしょうか。

どんな仕事でも、いいこと、悪いこと、どちらも必ず起こるでしょう。人間ですから、失敗もあれば、合う合わないという感覚を抱くのも当然です。つまずいたとき、落ちこんだとき、失敗に対してどう対処していいか混乱したとき、私が助けてもらったのは、同業の仲間でした。すでに声をかけていただいている人や場所があるジャスコさんですから、きっと同業の仲間や、仕事相手を大切にできるのではと思います。

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私が都築さんに背中を押していただいたように、自分の言葉がジャスコさんにとって小さな星のかけらになれたらいいなと思うので、最後に一言

「いつか、一緒にお仕事しましょう!」

気が済むまでじゅうぶん悩み、思いきって答えを出して、自分で選んだ道を進んでください。


甲斐みのり

甲斐みのり(かい・みのり)
文筆家。静岡県生まれ。大阪芸術大学文芸学科卒業。旅、散歩、お菓子、地元パン、手みやげ、クラシックホテルや建築、雑貨や暮らしなどを主な題材に、書籍や雑誌に執筆。食・店・風景・人、その土地ならではの魅力を再発見するのが得意。地方自治体の観光案内パンフレットの制作や、講演活動もおこなう。『アイスの旅』(グラフィック社)、『歩いて、食べる 東京のおいしい名建築さんぽ』(エクスナレッジ)、『地元パン手帖』(グラフィック社)など、著書多数。2021年4月には『たべるたのしみ』に続く随筆集『くらすたのしみ』(ミルブックス)が刊行。

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