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【エッセイ】昇降機の出会い

本日、久々に残業という事態に陥った。例によって会議は定刻を過ぎぬように決められているものの、今宵は顧客との因縁もあり、時が止まったかのように長く感じられた。私は時刻を記録し、席を立ち、押しボタンを操作して昇降機を待ち受けた。私が立っていた反対方向から、一人の男が歩み寄ってくるのが視界に入った。その人物こそ、私の部長であった。昨日組織の変革が発表され、その折に私は部長の交代を知ったのだ。私のような卑屈な者が部長と同じ昇降機に乗り合わせるとは、穏やかならざる事である。昇降機が到着すると、私は速やかに機械の中に入り、一階へと続くボタンを押した。部長が乗り込むのを見届け、「閉じる」ボタンを操作した。一階にたどり着くと、私は「開く」ボタンを押し続け、部長が昇降機から退くのを静かに待ちわびた。

部長は軽く頭を下げ、昇降機から出て右へと曲がって行った。私も不意に出た隙を見計らって昇降機を出、部長の後を追うように同じ方向へ歩いた。だが進行方向には出口の気配はなく、部長が右手に方向転換するのを見た。どうやら出口は反対方向にあったようだ。私もつられて右へと向きを変えた。部長はにこりと微笑みながら私に向けて、「お名前は何とおっしゃいますか?」と問いかけた。私は自分の名と以前の所属を告げた。部長はたちまち私の担当する業務を理解し、今後の仕事について様々なことを語りかけてくれた。私の所属する部署は特定の技術を用いて新規事業を展開しており、今後どのような商売を成し遂げるか、期待に胸を膨らませている様子だった。私も部長と同じく、技術を基に何か社会に寄与できればと思い描いている。現在、様々な顧客から我々の持つ技術に関する問い合わせが寄せられているが、まだ序章に過ぎない。

私ははにかんで、部長に「もっともっとこれからできることがあるでしょう。色々試してみたいと思っております」と述べ、今後の展望を自分なりに考えながら話してみた。部長は穏やかな調子で肯定の意を示しながら、私の言葉に耳を傾けてくれた。ずっと緊張が解けなかった。この緊張感は私が未だに未熟者であることの証左であろう。自分の知識や経験に自信を持てずにいる。それでも、仕事に対する好奇心は失わないように励みたい。下層の者であっても、その立場なりに役立ちたいと願いながら、明日も出勤する。さらに多くのことを成し遂げられるようになりたいと切に願う。


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