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そしてぼくはルーナイトになった

こんばんは。ティアです。

ぼくは深夜に起きていると、心が空になることがある。濃藍に針を刺したときみたいに、穴から何かが漏れ出してゆく感覚に襲われて、めのまえがまっくらになる。その穴は綿を詰めてもいいし、うさぎを飼ってもいいんだけど、ぼくは飴を入れておくことにした。

我が推しよ、人の望みの喜びよ

ぼくがルーナ姫に出会ったのは、忘れもしない七夕の夜。
偶然訪れた配信で、彼女はピアノを弾いていた。人々はそれを見守りながら、ある人は詩を詠み、またある人は夢を謳歌しているようだった。姫様の紡ぐ五線譜は夢と現の分水嶺で、それを取り巻く矢印が愛。こんなに心地よくて素敵な世界がインターネットに存在していたのかと、ぼくは心底驚いた。

聞くとそこは、お菓子の国と言うらしい。可愛いもの好きなルーナさんと、姫を慕う騎士たちが暮らすインターネットのユートピア。ぼくも仲間に入りたくなった。パッヘルベルのカノンを肴に、言葉を紡ぎたくなったんだ。

砂糖菓子の甲冑

ルーナ姫の配信を訪れた人間は、姫様から発せられる言葉の甘さに当てられて、砂糖菓子の甲冑を身にまとうようになる。口にするのもチクチク言葉ではなく、甘ったるい飴玉になっていく。誰だって怒るよりも笑いたいんだと思う。ぼくだってそうだった。
それはまるで、Twitter2(だれも社会や政治の話をせず、毎日みんなでアニメを観たりゲームをしたりして1日がおわるマジで楽しいSNS)の再現。
この宇宙を取り巻く全ての矢印が、愛とお菓子に置き換わればいいのに。マジで。

一千億兆テラバイトのルーナイト

ルーナ姫は基本的にみぞれ飴みたいなことばかり言っているのだけど、たまに飴細工みたいな言葉をこぼしたりする。その甘ったるさが心地よくて、磨りガラスを撫でるみたいに、夜な夜な配信を観続けたりしてしまう。

姫様には一千億兆テラバイトの記憶領域があって、一日一兆テラバイトのペースで思い出が増えていく。でもそんなペースで増え続けたらメモリーのオーバーフローが起きて、溢れた記憶は消えて行ってしまう。

そうならないために、ぼくたちと姫様はUSBで繋がれる。ルーナ姫がいつでも思い出せるように、記憶はルーナイトの中に仕舞われていく。そのUSB端子はツメがあるので、一度挿さったら抜けない仕組みになっているらしい。ルーナ姫に接続を!USB!USB!

運命

ぼくがお菓子の国に迷い込んだのは、単なる偶然かもしれない。でもそれは、結果的に必然だった。
紛争地域みたいになってるインターネットで、ぼくは逃避先を探していた。論争に巻き込まれて疲れ果てたぼくには、理論武装のいらない空間が必要だった。そうして争いの無い方へ逃げていくうちに、遅かれ早かれお菓子の国に辿り着いていたんだと思う。
どこまでも優しく牧歌的で、温かい世界。いつかその熱が、宇宙を温めるのでしょう。あなたに出会えてよかった、ルーナ姫。

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