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「アンナ・カレーニナ」と「ミドルマーチ」を読んで結婚について考える

今日は「下書き」の中に一年近くほったらかしにしていたこの文章を加筆修正してようやく投稿することにした。文中に「6ヶ月前に書き始めた」と出てくるが、それから更に一年近く経っている。何が言いたいのかよく分からずダラダラと書いているから自分でも収拾がつかなくなり「下書きに」放置したのだ。

「アンナ・カレーニナ」と「ミドルマーチ」
いずれも時代を超えて読み継がれてきた名作。
時代は違えどこれらの小説に出てくる様々な夫婦の在り方は現代の私たちの周りに存在する夫婦とそう変わりない。

「アンナ・カレーニナ」は言わずと知れたロシアの文豪トルストイの名作。映画化も何度かされているので、読んだことはなくとも人妻のアンナが夫以外の男性と恋に落ちて最終的に自殺をするという大まかなあらすじを把握している人は多いだろう。私も今回本を読むまでその程度の認識だった。

小説ではヴロンスキーという青年の出現によりそれまで恙なくおさまっていたアンナと夫カレーニンの関係に亀裂が生じ、それが徐々に修復不可能な状態に行き着いてしまう。ヴロンスキーのように若くハンサムで育ちの良い好青年に情熱的に迫られればアンナでなくとも世の中の多くの女性が恋の虜になるのはやむを得ない。確かに堅物の役人カレーニンはヴロンスキーほどのルックスにも人当たりの良さにも恵まれず、性格も決して好ましいとは言い難く、総合的に魅力に欠ける男性だ。しかし、ヴロンスキーが現れるまでアンナは結婚生活に特段不満を感じていたわけでもなく、二人の間には8歳になる息子セリョージャという一粒種も存在した。

問題は、妻とヴロンスキーの関係に初めて気づいた夫カレーニンが自分の心にある嫉妬心、妻の愛情が自分以外の男性に移行しつつある恐怖と向き合うことを拒否し、世間体や宗教心を持ち出して上から目線でアンナにヴロンスキーとの交流を慎むよう諭したことにある。アンナはアンナで夫が嫉妬心剥き出しに本音でぶつかってくることを恐れつつそれを期待する部分もあり、そうせずに世間体云々で説教しようとする夫に対して嫌悪を募らせ、それを良い事にすっとぼけを決め込みヴロンスキーとの関係を否定する。自分の忠告が妻に軽く受け流されてしまったカレーニンはそれ以上立ち入ることに躊躇し、一層自分のプライドの殻に閉じこもる。ヴロンスキーの存在に関して夫婦の間で交わされるこの最初のやりとり次第で夫婦めでたく元の鞘に収まった可能性もある。カレーニンがもっと素直に自分の本心を吐露したなら、アンナは情に絆されて彼の元に留まったかもしれない。それではそもそもこの名作は小説として成り立たなかったかもしれないが。そこまできめ細かく登場人物の感情の機微を描き切れているからこそ名作なのだろうが。

「アンナ・カレーニナ」を読み終えてすぐに、同じく以前から一度は読んでみようと思っていたイギリスの女流作家ジョージ・エリオットの「ミドルマーチ」に手を伸ばした。この作品は様々な結婚のパターンのデパートみたいな小説で、どの結婚の形も興味深い。中でもアンナとカレーニンのそれとは対照的なある夫婦の一場面をここに紹介する。

小説の舞台となるイングランドの架空の都市ミドルマーチにてブルストロード夫妻は土地の名士として何不自由なく暮らしている。夫ニコラス・ブルストロードには金銭目的に悪事を働いた知られざる過去があった。夫人ハリエットは自分と知り合う前の夫にそんな過去があったとはつゆ知らず、何も疑うことなく無邪気に裕福な生活を享受してきた。物語終盤に思いがけず夫の過去の犯罪が明るみに出てしまった際、彼女はいったん二階の自室に引きこもり鍵をかけ、まるで宗教的儀式のような心の準備をする。思う存分涙を流し、今までの生活に別れを告げ、階下の夫の元に戻る決心ができたところで、身につけていた装飾品類を全て外し、まるで喪服のような質素な黒いドレスに着替え、華やかに結いあげてあった髪を下ろし粗末な頭巾を被り自室を後にする。二階から降りてきた妻の前で夫ニコラスはたださめざめと泣く。妻も夫の横で共に泣く。夫は自分の過去の罪の告白や謝罪はせず、はたまた言い訳じみた自己弁護をするでもなく、妻の方も夫を問いただしたり責め立てたりしない。二人はただ静かに震えながらこれから二人に降りかかってくるであろう世間からの非難や蔑みを共に引き受ける覚悟を決める。

過去の悪事を隠していた夫にただ黙って寄り添うなんてあり得ない。だが、夫婦とは究極こうあるべきなのかもしれない。

「ミドルマーチ」からもう一つ紹介したいある登場人物のセリフがある。
より好条件の候補を差し置いて、ギャンブル好きで身の振り方もなかなか定まらない幼馴染の青年を結婚相手に選んだ理由について父親に問われたメアリー・ガースという若い女性は次のように答える。
「お父さん、もちろん彼に結婚相手に適している条件が揃っているとは言えないわ。じゃあなぜって?そうね、物心ついた時から彼のことを愛してきたし、彼ほど説教のしがいがある相手はいない。それって夫となる相手に求めて然るべき条件だと思うの。」

この結婚、順風満帆とはいかないかもしれないが、メアリーが舵を取っている限り遭難はしないだろう。

この読書感想文は6ヶ月前に書き始めてはみたものの途中で放り出してあったもの。

1週間ほど前から読み始めたヴァージニア・ウルフの「灯台へ」の第一章、ある晩餐の場面で奇しくも「アンナ・カレーニナ」と「ミドルマーチ」の両書名が登場し、この文章を途中で放ったらかしにしていた事を思い出した。

この「灯台へ」の中でもひとつの結婚の形が主要登場人物リリー・ブリスコウの回想という形で紹介されている。リリー・ブリスコウがその10年前に海辺の別荘の招待客として過ごした日々、当時は存命だった女主人ラムゼー夫人が自分を含め独身の招待客の仲を取りもって結婚するようけしかけていたのを思い出す。当時、実際に結婚に至ったカップル、ポールとミンタ・レイリーは二人の男の子に恵まれはするが夫婦仲は結婚後1年も経たないうちに冷めきってしまった。数年後のある夏リリーが彼らを訪問した際に危機的状況にあると感じるほどに。ところが昨年リリーがこの夫妻を再訪し3人でドライブに出た際に車が故障し、ポールが道に腰を下ろし修理を進めるなかミンタが友好的且つビジネスライクに手際よく夫のアシストをしているのをみて、恋愛が友愛に移行したことによりこの夫婦はとりあえず危険な状況を脱したと感じる。更に、ミンタはポールが外で別の女性、自分とは全く別のタイプの、との交際を始め、寧ろ夫の関心を一手に引き受けてくれたその女性に感謝とともに敬意すら感じているとリリーに告げる。そのお陰で夫婦関係の均衡が回復できたとも。

アンナとカレーニンがこのミンタとポールみたいに自分達の結婚の形を軌道修正できていたならな。

しかし、結婚とは一体…





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