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紫陽花の母

夫の母の名はHortentia(ホルテンシア)。人名としての意味は「庭園の人」、花の名前としては紫陽花。

我々が結婚する十数年前に既にお亡くなりになっていたので、残念ながらお会いした事はない。

夫には姉1人と妹2人の女兄弟が3人いる。唯一の男の子だった夫は母親にとって特別可愛い存在だったのではないか。

夫が10代後半の頃、父親からはオートバイに乗る事を禁じられていた。当の父親はオートバイのディーラーとして成功していたのだが。
血気盛んで好奇心旺盛な夫はそんな事お構いなしに父親に隠れて知り合いから譲り受けたオートバイを乗り回していた。そんなある日、夫はちょっとした事故を起こして警察の世話になり、母親が呼ばれた。母親は罰金を払ってその場を収めてくれただけでなく父親には何も言わないでくれたそうだ。

彼女のその時の心境を思うと実に気の毒だ。そもそも父親が息子にオートバイを禁じていたのはそれだけ危険な乗り物だという事を知り尽くしていたからだろうし、彼女も息子の安全を願う気持ちは父親と同じくらい或いはもっと強くあっただろう。それでも彼女は自分の息子がそんな親の心配を汲んで自分の意志を曲げるような人間ではないことも重々わかっていた。

夫は何度となく母親にこう言われたそうだ、
「あなたみたいに難しい人間と一緒になる女性は大変だろうね。」

ホルテンシアが今も存命だったら夫の数々の冒険譚について語り合い、お互いの苦労を労い、大笑いする事ができたのに。

雨に濡れる紫陽花を見てしみじみ思う。

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