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ヒグマと北海道の環境

ゲスト:早稲田宏一さん(NPO法人EnVision環境保全事務所*2012年当時)


ゲスト:早稲田宏一さん(NPO法人EnVision環境保全事務所*2012年当時)

 こんばんは。 今紹介して頂きました早稲田といいます。野生動物の調査のお仕事、行政から委託を受けた調査の仕事、あるいは、最近はヒグマ対策というような、ヒグマだけではなくエゾシカなど動物のいろいろと抱えている問題に対してコンサルタントするようなお仕事をしています。今日は私がいろいろと見てきた経験の中から、私なりにヒグマのことを皆さんにお伝えしていきたいと思っています。

 まずヒグマについてですが、基本的に北半球の北の方にいる。これも皆さんはすでにご承知かも知れませんが、日本で見た場合、ヒグマはあくまで北海道にいるのがヒグマです。本州にいるのはツキノワグマということで、種が別れているのです。世界的に見ると、分布の中の南の縁の方にいるのが北海道の位置づけです。なので、他の地域、アメリカだとかロシアだとかでは、あまり森林が発達していない草原的なところにヒグマが多く分布しています。

ヒグマの大きさ

 ヒグマの大きさについてこの後見ていきたいと思うのですが、まずヒグマというのは日本にいる陸上の動物の中では一番大きな動物です。では、どのぐらい大きくなるのかというと、雄の方がずっと大きくなる動物です。雄の最大で400㎏ぐらいになります。それに対して雌の方は150㎏ぐらいが最大です。じゃあそのヒグマ、だいたい400㌘ぐらいで生まれてきます。だいたい平均すると普通は二頭で生まれてきます。

 じゃあこのヒグマ、生まれてくる時期がある程度決まっています。冬なんです。冬はヒグマというのは冬眠をしています。その冬眠の間に雌のヒグマが子どもを生みます。

 なので、400㌘ぐらいで、雌が冬眠中に出産をします。雌は子どもを生んだ後、穴の中でお乳をあげて育てて、春になると穴の中から子どもとして出てきます。だいたい、この後もう一年一緒に子どもと母親が過ごします。基本的に母親と子グマだけが一緒に過ごします。父親のクマは一緒には暮らしません。その後もう一回母親と一緒に冬眠します。その後、出てきてしばらくすると親から離れます。たまにもう一年一緒にいるという場合もあります。なので、ちょっと差はあるのですが、一歳から二歳までは母親と一緒に子グマは行動するということになります。

ヒグマの食べ物

 それではどんなものを食べてヒグマは大きくなるのかという話しをさせていただきます。季節を追って見ていきたいと思うのですが、まず春です。早春なんですが、私自身が追跡したり、いろんな科学的な調査をしてみると、ヒグマは冬眠から明けるとガツガツ食べるんではなくて、むしろ抑え気味に少しづつ食べるようになっていくという風にいわれています。また、草本類を食べることもあります。

 夏になってくるとだんだん食欲が増してきます。例えば、セリ科の仲間、あるいはフキ。人間も山菜として食べますが、こういったものも非常に大好物です。実際にこれは糞の例ですが、本当に草ばっかりです。匂いもしません。一方で夏になるとまた変わったものを食べ始めます。これも意外なことなのかも知れませんが、蟻の巣を壊して、そこから出てくるような蟻をぺろぺろと食べます。こんな大きな身体で、ちっちゃな蟻を食べます。何匹食べたら腹がいっぱいになるだろうと余計な心配をしますけれども。

 あとは、ザリガニの仲間でニホンザリガニですが、糞の中を見ると意外とこいつが出てきたりします。初夏に実がなるものとしてヤマグワ、桑の実です。ただ、量的にそれ程多くはないので、一部ですけれどもこんなものも食べます。

 そして、秋になってくるといろんな木の実がなってきます。例えばヤマブドウ、あるいはサルナシ。コクワといった方がご存じかも知れませんが、人間が食べても非常に美味しいものですけれども、こういったものを食べます。これはヤマブドウを食べたときの糞なんですけれども、ヤマブドウばっかり食べているんですね。これはコクワ、サルナシを食べたものです。あまり噛んでないんじゃないかというぐらい、ジャムみたいなものですね。クマというのは非常に大きな身体です。たくさん食べて、その中で栄養をちょっと吸収して、また食べてというような戦略を取っていますので、出てくるものがそんなに消化されている感じがありません。そういう意味で、臭くないということがあります。

 それ以外に、堅い木の実。クルミの実はちょっと早い秋になりますけれども、こういったものも食べますし、ミズナラ、ドングリなんかも食べます。これはクルミを食べているときのヒグマの糞です。クルミの実っていうのは、あの固い殻の中に美味しい部分があるわけですけれども、あれを食べるのに動物はいろんなことをします。ネズミは丸い穴を空けますし、リスはカリカリって囓って半分にパカっと割って食べますし、クマはどうするかというと、丸ごと噛んで良いとこだけ消化して、殻は出すというようにします。おしりが切れそうな気がしますが。

 それから秋の後半になってくるとドングリを非常に多く食べます。この時期はたくさんドングリの糞が見られるようになります。

 というわけで、大雑把に見てみますと、春から秋にかけて、こんな風に食べ物が季節に応じて変化してくるということがヒグマの大きな特徴となります。こういう風に雑食性という風にいわれていまして、季節によってこういうものを食べます。もしかしたら、クマっていうのは肉とか魚とかを食べてるんじゃないのというイメージをお持ちの方もおられると思います。

 ただ、こんな風にいえます。クマもそんなものを簡単に手に入る状況があれば、食べます。簡単にというのがくせ者なんですけれども。例えば、魚を例にして言いますと、川を遡ってくる魚をクマが食べられるところが北海道に今、どこになるかということを考えてみると、実は非常に限られています。というか、ほとんど無いんです。知床なんかはそういうところがあり、映像なんかが流れていたりします。例えば、身近なところで豊平川に鮭が上がってきますけれども、豊平川の河川敷で、クマが鮭を食べられるかというとそういうことはない。ほとんど北海道では、基本的に上がってくる鮭は河口でまず取って、上がってくる数自体が少ない。上がってきたところで、河川沿いというのは人間が住んでいる場所が多いので、魚を積極的に食べられる場所がないっていうのが今の現状です。

 一方で、近年いわれているのは、エゾシカを食べているヒグマが増えている。これは具体的に糞の中から出てくることが多いと言われているんですけれども、これも誤解の無いように言っておくと、エゾシカを積極的に襲って食べるというヒグマの数は少ないです。多いのは、狩猟してハンターが取った後、一部の肉が山の中に放置されてそれを食べている。要は死体です。死んでいるものですから、簡単に手に入ります。あるいは、知床なんかで多いのは、シカが子どもを生んだ6月の時期なんですけれども、こういった時期の若いシカを食べてしまう。想像してもらえればわかるんですが、普通の大人のシカをヒグマが追っかけるとしたらシカの方が早いです。彼らの方がずっと足が速いので、それを積極的に捕まえられるという例は非常に少ないです。例はありますけれども、限られているということで、全体的に見てエゾシカを食べているクマは増えて来ていますけれどもまだそういう状況だということです。おそらく、大人のシカを襲って食べるという、そういうことはあり得ないと思います。

 要は、肉食ではないということをもう少し科学的にというか、違った視点で見ると、左側はヒグマのあごの骨、右側がオオカミのものです。動物の場合、どんなものを食べているかというのが歯を見れば良くわかるといわれているんですけれども、ちょっと見比べてみてください。非常に似てますよね。一見したところそっくりです。ただ、奥の歯が実は良く見ると違います。オオカミの場合はこんな風にぎざぎざです。ヒグマは平だということです。これは何を意味するかと言いますと、オオカミというのは基本的に肉食の動物です。お肉を食べるときに、こういうギザギザの歯の方がお肉を細かくすることが必要なんですが、ヒグマは木の実を食べます。そういった時には、こういった平な歯の方が食べやすいんです。こんな歯を見てもクマというのは肉食ではなくて、雑食なんだなということがいえます。
 
 それから、冬になるとクマにとっての食べ物が無くなってきます。もし、肉食の動物ですと、冬でも肉を求めて活動します。そこでどうしたかというと、秋に栄養をたくさん蓄えて冬は穴を掘って過ごすという。これも非常に不思議なことがたくさんあるんですけれども、だいたい12月から4月ぐらいまで3ヶ月から4ヶ月の間その穴の中で過ごします。その間、ヒグマというのはまったく飲みもしない、食べもしない。いわゆる、おしっこもしない、排泄もしない。身体の仕組みで良くわかっていないところも多いのですが、これは冬眠穴の中の様子です。入り口は人一人入れるかなあというぐらいの大きさです。40㎝ぐらいの大きさと言われているのですが、中から入り口を見るとこんな感じですね。ちょっとしたトンネルが続いた後、ぐっと深く掘っています。これが中の様子です。二人が簡単に入っています。私が見てきた例では、ほとんどが土穴と言って、普通の山の斜面を掘って作った例がほとんどなんですけれども、要は、中の土をほとんど掻き出して、このようにトンネルを掘って作っています。ただ、穴をいろいろ見ていくと、結構個性がありまして、例えば、この右下にあるのは穴の中の様子なんですけれども、これは笹なんですね。笹だとか、いろんな木の葉や枝を全部外から中へ引き込んでいるんです。だいたい30㎝ぐらいありました。いわゆる、ふかふかのベットみたいになっているんです。これは非常に気持ちの良いというか、中に入ると外からの音はほとんど遮断されますし、ふかふかのベットですから、そこで一冬越すなんて極楽みたいなところなんです。そんな穴もあれば、下に何も引いていなくて、泥水が流れ込む、雪解け水が流れ込むような、天井を見ると穴が空いているようないい加減な穴なんかもあるわけです。簡単にいうと、こういう穴は雌のクマで、子どもを産む雌は非常に快適な穴を掘ります。雄のクマは非常に汚い、そんなような個性があります。

 今までの話を簡単にまとめると、まず、クマの性質として雑食性ということがあります。一方で、これだけの大きな身体ですから、それを維持するためにはたくさん食べる必要があります。そこで、どういった戦略を取ったかというと、その時に最も効率よく手に入る食べ物を食べる戦略です。肉なんかがもし簡単に手に入るんだったら、その方が栄養が高いわけですからこっちを食べます。けれども、肉が手に入らなければ違うものを食べます。季節が変わって今まで食べていたものが手に入らなくなったら、新しいものに手を出すか、一番簡単に手に入るものを食べます。そういう暮らしをしている動物です。逆をいうとですね、こんなこともいえます。いったんある一つの食べ物がたくさん食べれるんだということがわかると、その食べ物ばかりを食べるということが言えます。人間の言葉でいうと、味を占めるという言葉がありますが、まさにそういうようなところがあって、これが逆にいうと時々ヒグマと人間との問題を起こす原因になることもあります。

 さあ、そのヒグマが最後にはどこまで大きくなるかというと、捕獲時で300㎏を越えていたヒグマがいます。おそらく2mぐらいあるヒグマですし、当然雄です。ほぼ最大に近いというものです。この大きさになると、年齢は11歳です。逆に言うと、これだけ大きな動物が自然の中にいるということなんですね。その事を良い意味でも、悪い意味でも感じてもらうというか、私自身も野生で大きなヒグマを見たことがありますけれども、やっぱりすごいという印象があります。

ヒグマの行動

 ちょっと視点を変えて、ヒグマの行動のお話しをしようと思います。これは私が学生時代にヒグマに発信器をつけて追跡したときの例なんですけれども、この赤い四角、これは私が地図上に書いたものです。大きさの目安として、一辺が10㎞の四角だと思ってください。日付を追ってみてください。とりあえず10日間だけです。10㎞四方の間をほぼまんべんなく動いています。一日一回落としただけなので、実際の細かな動きを見てみると、もっと色んなところを動いています。こんな直線で動いているわけではないんです。

 これが要はヒグマが動くときの行動のパターンの一つです。ちょっとピンと来ないかと思いますので、例えば札幌市西区を基準にすると簡単に中央区を通って南区の定山渓の近くまで行ってしまいます。そのくらいの大きさのスケールなんです。ですので、ヒグマにとってはこのくらいの範囲を動くのはまったく苦ではないというか、あたりまえの広さなんですね。ただ、何となく普通の人の感覚として、西区でクマが出たというと、クマがずっとそこにいて、一年中そこにいるのかと思うかも知れないのですが、実際のヒグマにとっては色んなところを動き回っている中でたまたまそのすきにそこに出たという事がいえるのですね。

 まあ、ちょっとでも誤解を生まないために、ここでは雄と雌では違います。雄の方が非常に行動範囲が広いです。それに対して、雌の方は狭いと言われています。おおよそのイメージですけれども、例えば、これ4㎞の直径で15平方㎞です。最近の例ですと、40平方㎞から50平方㎞ぐらいの大きさの雌の行動圏なども報告されてきています。100平方㎞を超すような雌の行動圏の報告はありません。一方で雄については、これ100平方㎞なんですけれども、これは最低限ですね、もっと広いです。400平方㎞とか500平方㎞とか、それぐらいの広さの範囲を一年間を通して動き回ります。さっきの10㎞×10㎞は丁度100平方㎞ですね。あれよりも4倍ぐらいの広さを一年間を通して動き回る。ですので、こんなことも言えます。雄というのは行動範囲が広い。そうすると、新しいところに出没して被害をもたらす可能性があると言えます。あるいは、雌というのは行動範囲が狭いです。なので、雌がいるということは周辺にヒグマが常にいるということが言えます。特に、雌は子どもを連れてますので、子連れのクマがいるということは、そこからだんだんと広がっていくということが言えます。

 これは、同じヒグマを何年間かにわたって追跡したときのデーターなんですけれども。これは雄のヒグマです。非常に行動範囲が広いです。これは夏にいた場所を年を違った色で書き表しています。見ればわかりますが、だいたい同じような場所を使っています

 秋についてみてみると、同じクマで秋だけどういうところを使っているかというと、年によって全然違います。さっきの夏のを見るとわかりますが、夏は比較的同じようなところを使っていますが、秋になると年によって範囲が非常に違ってくる。想像している以上に、雄のヒグマの行動範囲は広いということがわかります。

 このことは、秋というのはエサとして木の実を食べます。その木の実は、特にドングリなんかは聞いたことがあるかもわかりませんが、年によって非常に成りが良い年と悪い年があります。それによって多分、エサを探し求めたりして行動範囲が動いたりということが、年によって非常に広い範囲になるのではないかといわれています。まだはっきりわかってきているわけではないのですが、そんなようなことが推測されています

 一方で、夏というのは、もう一回食べ物を思い出して欲しいのですが、草だとかを食べますから、草はだいたい毎年生えてきますので、そんなに差はないのです。なので、同じようなところを使っているのです。

ヒグマによる事故を防ぐために

 ヒグマとの事故を防ぐためにということで、いろいろな考え方をお伝えしたいと思います。ヒグマによる事故っていうのが今どのぐらい起きているのかというと、平成4年から23年までの20年間に14人が亡くなっています。実はこれ、時代によって若干違います。50年代、60年代ぐらいは比較的多いんですけれども、近年はこれくらいで推移しています。負傷する、怪我を含めるともうちょっと増えますが、死亡事故はこれぐらいだということをイメージとしてもっておいてください。

 さらに事故の中で一番多いのは、ハンターがヒグマを追っかけていて、きちんと弾が当たらずに、急所が外れて、手負いといいますが、怪我をしているやつに反撃を食らってしまうというときです。実はこういった事故が半分ぐらいあります。残りの半分を見てみると、多いのはヒグマとばったり出会ったというケースが多いです。こういうことから言えるのは、根本的にヒグマも人を避けようとしているんだということです。人を食べようと出てくる事件はほとんどありません。わかりやすく言ってしまえば、実はそういったヒグマというのは、そうなる前の段階で捕獲されやすい、人を見ても逃げないといったこともあるので、実際には、今はそういったクマはほとんどいないということがいえると思います。

 なので、皆さんにわかって欲しいのは、ヒグマに会ったらどうするかと言うことではなくて、ヒグマに出会わないようにするということが大切です。例えば、山へ行ったときには音を出すということで、こんな熊鈴と言われるものですけれども、こういうものを身につけて山に入る。私なんかはこういう鈴はつけません。どうするのかというと、声を出したり、手を使います。手は「パン、パン、パン」と、クマが居そうだなというときに手を叩いたり、声で「ホイ、ホイ、ホイ」という風に声をかけます。これは、鈴をずっとつけていると周りの音が聞こえなくなってしまうのであまり使わないということです。その代わり、例えば歩いていて、見通しが良いところでは必要ありませんが、ちょっと見通しが悪いところ、茂みになっていたり、道が曲がっていたり、そういったところに来たときに始めて自分で声を出したりします。そういう風に意識しておくと、鈴を鳴らしておけば大丈夫というのではなくて、何となく自分の意識の中で、ここは熊がいそうだなというところに来たときに始めて何かするようにしています。これは私のやり方ですが、皆さんのスタイルにあったやり方が良いと思うのです。基本的に大事なのは、音を出して知らせてあげる。ヒグマの方がずっと耳が良いですから、人間より気づいてもらえるということがあります。

 その延長かも知れませんけれども、一人で行くよりは複数で行く。複数でいるときにヒグマに襲われたということはぐっと減ります。ほとんど無いといっても良いくらいです。一人で行動している時にばったり会ってということがありますので、クマの方が会った時に驚いて、特に二人いるとこれはということになります。簡単な例ですけれども、そういうことも言えます。

ヒグマの痕跡(足跡、ふん、食痕)

 あるいはずっと逆の視点ですが、ヒグマに気づいてもらうということでしたが、今度は人間の方も気づいてあげる。足跡を見つけたら引き返す。どんな形で、どんな大きさなのかというのを覚えておくことが必要かと思います。前足と後ろ足では形が違いますので、前足はこんな形です。前足と後ろ足を見比べて、基本的には横幅がちょっと広い足跡です。他にいるのとまぎらわしいのはそんなにいないです。エゾシカだとかキツネ、あるいはたぬきといった動物はもっと幅が狭かったり、丸かったりします。そういうのを見かけたら引っ返すということですね。あるいはヒグマの糞。そんなのも季節によってどんなのを食べるのかということとあわせて知っておくことですね。

 若干まぎらわしい糞なんかを紹介しておきますが、これは馬の糞です。大きさからいうとクマと非常に似ています。クマよりむしろ大きいかも知れません。草を食べます。ですから、クマが草を食べる事を知っていると、大きい糞で草を食べているということで、クマじゃないかとなるんですね。近年ややこしいのはですね、ホーストレッキングをいろんなところでやっていたりしますので、まさかこんなところにというようなところに馬の糞があったりします。どっちとも、若干匂いがあったりだとか、同じ草を食べていても、馬というのは草食動物ですので、非常に食べた草が細かくすりつぶされています。均一にツブされている。クマの場合は非常に粗いです。食べ方が。そんなところで見分けることができます。

 これは一番まぎらわしい第一位なんですけれども、実はたぬきの糞です。ちょっと意外に思うかも知れません。これも左がたぬきの糞なんです。実際にこのぐらいの大きさです。ですから、大きさだけ見るとこんなに大きな糞があるということで、クマの糞だという風に思われることが多いんですが、たぬきというのは実はため糞という、同じ場所に複数のたぬきだといわれているんですけれども、いわゆる公衆トイレみたいなもので、いろんなたぬきが同じ場所に来ては糞をして、それが積もり積もると非常に大きな糞になって、結果的にクマのような大きな糞になるんじゃないかということで間違われることが多いです。ただ、良く見てみると、新しい糞と古い糞が混じります。特に上に乗っかっているのが新しい糞で、下の方がちょっと崩れている古い糞です。クマの場合は一度にそこにしますから、中身は同じようなものです。そういうのがわかっていると、区別もつきやすいです。ただ、雨に打たれるとそれがお互い本当にわかんないなあということもあります。

 これは最終手段なんですけれども、たぬきの糞というのは非常に臭いです。迷ったときには棒の先っちょにたぬきの糞をつけて、ふっと鼻に近づけて「ワア-」となると、もうそれはたぬきだなあということになります。

 あとは、足跡や糞以外に食べ跡。意外とこれは見落とされていたり、見ていても気がつかなかったりということが結構多いのですが、これはエゾニュウという植物ですが、このように倒れていて、どこを食べてるかというとですね、葉っぱだとかはまったく食べてません。食べてるのは、根元なんですね。根元の部分を密かにガブッと噛んで食べてる。そんな食べ方をすることが多いです。あるいは、蕗ですね。蕗もよく食べるものです。クマがどのように食べるかというと、下に絵がありますが、基本的に蕗の一番美味しいところを食べるんですね。そこを横からガブッと囓るようにして引っ張って食べることが多いです。これは典型的な例ですが、一部つながっているんですね。でも、間は全部食べられている。そういう食痕、食べ跡があるとこれはクマです。人間は刃物で切ります。同じように食べる動物にシカもいます。シカも食べるんですが、シカは根元からブチッと切ります。基本的には全部切ってしまう。そして、茎の部分を食べて、最後に葉っぱのところに来たら葉っぱを落として終わり。シカが食べているところでは、葉っぱが道沿いにぽとぽと落としていることがあります。

ヒグマに出会ったら

 そういうことを気をつけていて、それでも出会ってしまったときにどうすればいいかということですが、100%これなら絶対に助かるというのはありません。いろいろと状況によって違います。クマが親子なのか、あるいは一頭だけなのか。どのくらいの距離で出会ったか。向こうがどういうことをしている時に出会ったのか。非常に千差万別ですから、はっきりとした正解というのは無いんですね。

 ただ、やってはいけないという事はあります。まず一つ目で基本的なことは、決して走らないということです。これはどういうことかというと、ばったり会ったとき、クマの方も基本的に驚いて、そういうときに人間も気分的に走って逃げたくなると思います。ただ、動物というのは走って逃げるものを見ると、それに興味を持って追いかけたくなるもんです。わかりやすい例で、犬なんかもそうです。小っちゃい子が逃げると、犬はおもしろがってワンワン追いかけていく。あれなんかはまさにその例なんですけれども、そういう性質を引き出してしまうということなので、言われているのは決して走らない。ちなみに、クマというのは時速50キロくらいで走ります。それより速く走る自信のある方は走って逃げてください。

 それから、ヒグマを刺激しないということ。ヒグマの方も基本的には会ったときは驚いています。特に、親子のヒグマに出会ったときは、親は子どもを守ろうとしてそのために襲ってくる。そういうときに無用な刺激をしない方が良いです。後は難しいですけれども、基本的に相手を見ながら静かに戻る。これで絶対助かるというものではないですが、いくつかやってはいけないという事でお話ししておきます。

 それから、小っちゃいクマを見てかわいいと近づかないということですね。子グマがいるということは、近くに親のクマがいて、それを守ろうとして攻撃してくる可能性があります。

 あとは、ばったりヒグマに会ったとき、良くいわれることが、ヒグマが立ち上がって襲ってきそうなとき、襲われそうになったとき、確かにヒグマというのは、ばったり会った時に、立ち上がることがあります。ただ、ヒグマの側からすると、それにはちゃんとした理由があります。普段ヒグマというのは、基本的に四つん這いになっています。四つん這いになっているということは、普通我々の視点よりずっと低いです。頭も下げて、地面を見ながら歩いていることが普通なんですね。そうして歩いているときに、前の方からなんか変なのが来たぞという時にどうするのかというと、確認するためにグッと立ち上がるんです。そして、相手を確認をして、それから、こっちに逃げようということで戻るんですね。なので、クマが襲ってくる時にこうやって手を上げて襲ってきたりはしません。そんな間抜けなことはしません。クマが襲ってくるときは、逆に四つん這いになって突っ込んできます。ですから、立ち上がった時に、確かに怖がるかも知れませんが、クマにとってはそういう行動ではないんだよということです。そんなことも知っておいたらなあと思います。

 もう一回話を戻しますけれども、基本は会うことが少ないです。山の中で。私自身もいろんな調査で山に入ったりしますけれど、会う方が難しいです。ほとんどはクマの方が気づいて逃げていきます。その事をもう一度確認しておきたいと思います。

新世代のクマ

 最近はちょっと厄介な現象が若干見られます。今、札幌なんかで騒いでいますが、親から離れてすぐの若いヒグマというのは、人間もそうですね、新しいところを知るとか、探索する行動をすることがあります。

 その中で、必ずしも人を襲ってくるという訳じゃないんですけれども、人を見てもあんまり反応をしない、そういうクマも時々最近は出てきています。新世代ベアーということもありますが、一昔前に比べると狩猟者、ハンターが減っていて追われる経験もしていない。そうすると、人間を見てもそれ程怖いもんじゃない。かといって襲ってくるわけじゃない。まあ、こういう警戒心の薄いクマ。これは知床ですが、こんな風に車がいても全然知らん振りしている。たまにそういうクマがいたりします。こういうクマがすぐに危険かというと、放っておいたりすると事故に遭いやすい。ただ、こういうクマというのは一度出てくると、人に見られても何とも思わないということは、あちこちで同じような情報が出てくる。その辺りは注意して見ないといけないというか、こういうクマがいるときには気をつけなければいけない。

 同じ目撃したときに、クマがそれを見てパッと逃げていくというのが普通のクマの行動です。でも、人を見ても逃げないとなると、ちょっと警戒心が薄いということになり、それは次の段階として、近づいてくるということになるとさらに危険が増します。

 とにかく、クマというものはどんな動物かというと、クマはこうだという事ではないんですね。そのクマがどういう状態なのか、人に対してどういう危険をもっているのかということは、実は一頭一頭違うということをしっかり判断した上で、そのクマに合った対応をしなければいけないという事です。人間もそうですけれども、いろんな人がいて、いろんな個性があります。クマにもやっぱり個性があります。一概にクマがいたからといってそれが危険という事にはなるわけでもないですし、あるいはそれが絶対安全というわけでもないということです。そのクマのその時の反応だとか、そういうものをきちんと押さえながら、対応していくことが必要だといわれています。

ヒグマとゴミ

 最後になりますが、ゴミの問題ですね。この空き缶ですが穴が空いているのがわかりますか。これは山の中で拾った空き缶なんですが、人間が飲んで、それをポイッと捨てたんです。それをクマというのは、非常に鼻の良い動物でして、基本的に鼻を使っていろんなエサを探しています。ちょっとしたこういう甘い匂いがあると、興味を持って近づいてきますし、怖いのはこういうものを何かの拍子で知ってしまって、こういうものは人間の住んでいるところにあるということを知ってしまったクマというのは、怖いものになる。人を恐れない。逆に人に近づいてくるというようなことがある。

 これは実際にゴミを食べていっぱい麓に出てきているかというと、そこまでごくまれにしかないんです。これは、私が見たことのある一番悲惨な例ですけれども、この中のゴミをクマがとったんですが、このフェンスを破って、この中に乗っかって、この屋根からドンと入って、中のゴミを食べてしまったというようなことをしています。当然、このクマは捕獲しました。もうこうなると手がつけられない。一番危ない、人のいるところに近づいてきます。こういうのはごくまれなんですけれども、やはり一つ覚えておいてほしいのは、クマにとって人間の食べている食べ物って栄養価も高く、美味しいというものなんですね。自然にあるものより当然栄養価が高い。ですから、こういうゴミは絶対に捨てないという事ですね。

キムンカムイとウエンカムイ

 これはアイヌの人の言葉の中に「キムンカムイ」と「ウエンカムイ」いう言葉があります。カムイというのは神さまのことを言います。「キムンカムイ」と「ウエンカムイ」という言葉もヒグマのことをさしている言葉なんですけれども、キムンというのは山という事です。直訳すれば山の神さま。クマのことをアイヌの人は基本的には山の神さまだという言い方をしていました。ただ、クマにも山の神さまであるクマと、時々ウエンカムイというクマもいる。ウエンというのは悪いという意味なんですけれども、悪い神さまもクマの中にはいるんだと。要するに、クマがどうだという事ではなく、そのクマが自分たちにとって良いクマなのか悪いクマなのかということをきちっと識別した上で、「ウエンカムイ」についてはしっかり捕り、捕った後もカムイですからいろんな儀式をして供養をするんですが、「キムンカムイ」の時は我々のところに来てくれてありがとうといって感謝の祈りのために儀式をした。そんなふうにしてクマのことをきちんと識別してつきあってきたということです。私たちもそういうところを見習わないといけないと思いますし、ヒグマを恐れるという事をすごく大事なことだと思っています。恐れるといってもいろんな日本語があります。恐怖の恐れる、知らないものに対していつも恐れるを人間は恐れる。でも、そういう風にして恐れるんではなくて、きちんと相手のことを知った上で、こういった大きな動物が山にいるということをきちんと畏れる。それは大事なことだと思います。そんな風なつきあい方ができれば良いと思っています。ありがとうございました。

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