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「野外で授業」実践事例報告会        ① 岐阜県立森林文化アカデミー  


はじめに

 2018年にスウェーデンの野外教育教材「野外で算数」を翻訳・出版して以来、子どもたちの学びを野外のフィールドで育んでいく取り組みが、少しずつ日本各地で広まってきました。各地でのワークショップやオンラインセミナーを実施する中で、現地の先生や指導者の方々がアクティビティやその考え方を学び、実際の現場で子どもたちを相手に実践されています。  
 今回は、オンラインでの報告会として、「野外で授業」の取り組みを実践している方々をゲストに3つの事例を紹介していただきました。スウェーデンのアイデアをヒントに、それぞれのフィールドに合わせて自分たちで内容やスタイルを工夫しながら、熱意を持って実践されています。

① 岐阜県立森林文化アカデミーでの実践と広がり

発表:萩原・ナバ・裕作さん(岐阜県立森林文化アカデミー准教授)
     長谷川はな子さん(岐阜市立岩野田小学校教員)

ナバさん:2007年にオーストラリアのタスマニア島から岐阜県の美濃市に来て、森林文化アカデミーという学校に勤めています。2年制の県立の学校で、面白い学校ですよ。そもそも岐阜県は林業の県で、8割が森でできてる県ですから、森林文化アカデミーでは3つの部門に分かれて、森をより良くしていくためのいろいろな人材を育成しています。

 専修教育部門では、林業の現場に携わる人だけでなく、マネジメントや6次産業化といった林業の経営に関わる人を育てています。それから、木造建築の建築設計士や、飛騨の匠の技術を活かした木工家を養成しています。そして、僕が関わっているのは森林環境教育の分野で、森の空間を活かして人づくりをしていこうとしています。そのような人材を養成している2年生の学校です。2つ目の部門は専門技術者研修と言って、林業などそれぞれの分野のプロを対象にした研修をしています。それから、三つ目が一般向けの生涯学習講座で、森とのつながりに関するいろいろなジャンルの講座を、市民・県民向けに展開しています。この三つのことをやるのが森林文化アカデミーです。

 この学校に、今から15年くらい前に来たんです。当時はうちの子がちょうど幼稚園に入る頃で、地元で幼稚園を探していました。そうしたら、「えっ!こんなに川も山もあるのに都会と同じ子育てしちゃってるじゃないか!」って気づいちゃったんですよね。すぐ隣に泳げる川があったりするのに、建物の中で普通に保育してるんです。これはもったいないと思って、「森のようちえんやってみようよ」と仲間に声をかけて、最初は3組の親子だけで森のようちえんを始めました。

 野外自主保育として、お母さんたちが交代でお互いの子供を世話するというやり方だったんですが、やっぱり良いですよね。森のようちえんの子どもたちは日々いろんなものに触れて、五感を使って、存分に体感して育っていくわけです。そして感覚だけじゃないですよね。人間どうしのつながりとか、自分で遊びを工夫してみたり、道具を使ってみたり、遊びを作り出してみたりというように、そこにはいろいろな機会があります。お互いを思いやったりとか、そんな空間があります。これは良いなあと思って、この活動はいまだに続いてます。

 ただ、この森のようちえんの3年間が過ぎると、次に待っているのが小学校ですよね。でも小学校に行くと、なかなかこんな風に遊べない。ということで、今度は冒険遊び場「プレーパーク」というものを作りました。うちの学校は敷地が広いので、先ほどの森のようちえんもプレーパークも、県立の学校の敷地内で一つのプロジェクトとして始めたんですね。このプレーパークは、うちの学生が「卒業研究で始めたい」と言ったら市民からの賛同を得て、実際に人気があってそれからずっと続いています。

 このプレイパークも先ほどの森のようちえんと同じように、子どもたちの遊んでる姿がいいんですね。本当に集中して何かを考えたり、トライ&エラーでいろいろなことを成し遂げたり。これは本当に素敵な場所だなと思いました。そんなふうに、森のようちえんやプレーパークも見ていて気づいたのは、子どもたちって、自分が自由に遊んでいる空間や時間の中で、本人たちが気づいていなくてもいろんなことを学んでいるんですね。これってすごいよなぁと思って、森とか野外といった自由な時間や空間、そして遊びというのが人間の学びと結びついているということを、なんとなく感じていました。ということは、学習指導要領って野外で全部カバーできるんじゃないかと思い始めたんです。僕もその頃、小学校って自分で作れるんじゃないかと思っていた時期で、まずは小学校ってどんなルールがあるんだろうっていうことを考え始めました。

 そこで、まずは先生たちと相談しながら作ってみようということで、2012年に「森で教える国語・算数・理科・社会」というタイトルのワークショップを実施しました。そこで、学校の先生や校長先生、そして自然学校のスタッフと一緒に、学習指導要領を簡単な言葉に書き換えながら、そのなかで何を達成しなきゃいけないかをみんなで共有しました。それを踏まえて、「じゃあ野外でどんなことができる?」ということを話し合ってみたら、できちゃったんですよ、ほとんど。例えば、あるチームは里山をフィールドに、2年生の指導要領をほとんどカバーするような事業計画を作ったり、あるいは、3年生を対象に間伐という切り口でもいろんなことができる。ただ単に木を切るだけじゃなくて、授業としていろんなことを学べるということが確認できて、やっぱりそうなんだと思ったんです。

 つまり、いきなり小学校を作るとか、学習指導要領を元に計画を変えてしまうということではなくて、「遊び=学び」とか、「野外で学ぶ機会」というふうに、森で遊んだり学んだりする機会を既存の保育の現場や教育現場にどんどん広めていきました。

 それから、放課後ランドと言って、学校の放課後の校庭をジャックしてプレーパークを始めたり、小学校の裏山に遊び場を作ることも授業としてやっていました。そこでは小学生だけじゃなくて、大学生や看護大生にも関わってもらって、中には学校の保健師さんになる人もいるので、こんな体験が必要だろうと思って一緒にやってもらいました。

 それから、子どもたちを受け入れる先生たちに対しても、県の教育研修課と一緒に森の中で教員研修をやっていました。とにかく、すべての人と森をつなぐ場所をどんどん作りたいということで、そういったところから、今僕がいる「morinos」の構想がスタートしたんだと思います。

 そんなある日、衝撃的な出会いをしたんですよ。なんと2012年に僕らが考えていたことを、すでにやっている人がいるじゃないか。それが山本さんたちとの出会いです。2018年にたまたま、スウェーデンからロバートさんが来ているというのを聞いて、うちの学校で「野外で算数」のワークショップをやってもらったんです。みんなもう興奮していました。その翌年には、県の教育委員会の専門研修として先生向けにこの「野外で算数」の研修を行なって、それ以来オンラインに形を変えつつもずっと継続しています。

 さらに先ほど言っていた妄想が現実になって、2020年に「morinos」が出来ました。森と人をどんどん繋いでいこうということで活動しています。そこで何をしてるかと言うと、morinosには4つ柱があります。一つが「実験的な面白いプログラムをどんどん作る」、二つ目が「教育現場への体験の提供」。保育園や子ども園、小学校に出かけていこうということです。それから3つ目が、「指導者向けのスキルアップ講座をどんどん展開する」。そして4つ目が、いろんな市民みんなが「森というキーワードでつながるコミュニティづくり、場づくりをしていこう」。そういったテーマで、morinosという拠点ができました。ホームページには動画もたくさんあるので、是非見てみてください。

 「教育現場の体験の提供」というところでは、保育園に行って僕がただやるだけじゃなくて、その姿を保育士さんたちが見て、どんどん学んだり勉強していくことを大事にしています。それから、学校の森の中に教室を作ろうということもやっています。他にも、今は保育学部生、将来の先生あるいは保育士さんになる学生向けの研修に力を入れています。現場に行ってからスキルアップするのではなくて、学生の頃からどんどんそういう事をやっていこうということで、大学と連携してやっています。あとは、現場に入った指導者向けのスキルアップ研修ですね。山本さんたちにもオンラインで研修をしてもらいました。

 そして、こうした人たちがどんどんつながる場所を作っていこうということで、森でつながるコミュニティづくりをしています。教育だけでなく、遊びも健康もヨガも、いろいろとつながりながら、みんなで学びあいながらやっていけたらいいなと思っています。

 そんな活動の中で、教育現場の実践者たちが少しずつ動き始めてきたような気がします。スライドの左側の先生は、2012年にカリキュラムを考えた時に来てもらった先生ですけど、今も現場でいろいろな活動をされています。真ん中の写真は、特別支援の中学校の先生が学校内にプレーパークを作ろうということで、それ自体を授業として展開してい木を整備したりといった活動の中で、算数などの要素を使いながらやっています。

* * *

 そしてですね、一人の先生をご紹介したいと思います。岐阜県の小学校の先生で、「野外で算数」の研修を受けてから、熱心に活動されています。研修の内容をいろいろとアレンジして、身の回りにあるもので道具を作って実際に授業をやったりだとか、野外だけでなく室内にあるものを使って、さらにそれをまとめるのも授業として子どもたちと一緒にされています。素材も工夫されています。粘土で重さを体感してみたり、長さの感覚を体感するのにトイレットペーパーの長さを調べたり、雪が降ったら雪を使って図形を作ったりだとか、普通は学校でこんなことやったら怒られますよね。本当に学びのチャンスって身の回りにいっぱいあるんだなって思います。ということで、実践されている長谷川さん、コメントをいただけますか。

長谷川はな子さん: 岐阜市で小学校の通級指導教室を担当しています。岐阜ではLD(学習障害)・ADHD(注意欠陥・多動性障害)通級指導教室と言いますが、その中で小集団の指導として同学年の仲間たちといろいろと取り組みをしています。やっぱり、体験を通して学ぶことが子どもたちには有効かと思っています。特に算数では、用語とか名称を知っていてもそれが何なのかがそこまで分かっていなかったりとか、計算はできるけど〈何倍〉とか〈何分の1〉といったイメージが難しかったりするお子さんもいるので、体験を通して長さや重さ、大きさを友達と一緒になって理解するのがいいのかなと思っています。

 昨年の研修でいろいろと教わった中で、クレーンゲームのアクティビティがあって、それを早速自分で作ってやってみました。実際にやってみると、答えを見つけることも大事なんですが、課題を口頭で伝えた時にその意味が理解できているかとか、友達と答えを相談しているとか、「もう少し右を引っ張って」「そこで止まって」と誰かがリーダーシップをとって進めているいて、それにちゃんと仲間が応えるとか、失敗した時でも励まし合えるとか、そういったところも活動の中でも大事にしています。そんな中で、お互いにコミュニケーションを取りながら、楽しみながら仲間と一緒にできた、という経験につながるといいと思っています。

 そのあたりは通級指導教室ならではだと思います。今日は特別支援学級の先生も参加されているようですが、やっぱり体験を通して学ぶということが大事だと思います。昨日はたまたま教育委員会の先生に来てもらっていたので、写真を見せながら「こういった活動を他のみんなともやりたいんです」と話していたんですが、もう少し自分の教室だけじゃなくて、通常の学級で朝学習の時間などでやっていきたいなとも思っています。実際に授業のどこに入れていくかと言うと、タイミング的に難しい時もありますが、通級指導教室だと自立活動という時間でやっていて、単元にこだわらずすぐにできるのも自分がやりやすい部分だと思っています。ありがとうございました。

ナバさん: 他にも岐阜県にはアツい先生たちがたくさんいるんです。やっぱり一人じゃなくていろんな人とつながりながら、確認しながら進めていくのがいいと思っていて、そしてそんなつながりを作ってくれているのが教育委員会なんです。今日は教育委員会の安藤さんにもお越しいただいているので、この一連の流れを踏まえてコメントをお願いできますか。

安藤さん: 岐阜県から参加しています。私は岐阜県の教育委員会教育研修課というところで先生方の研修のお手伝いをしています。本当に現場に入って私も早速やってみたいというものばかりで、まず子どもたちがどういう反応を示すかなという興味もありますし、いろいろとお話をしたいところですが、やっぱり我々教員として、何を教えるかということよりも、子どもたちが何を学ぼうとしているのか、何を学びたいのかというところからスタートしたときに、こうした活用方法はすごく大事だなと改めて勉強になりました。

岐阜県は本当に自然が豊かで、山も川もあるのでナバさんの話には共感できるんですが、子どもたちはそれを知らない。それから、我々大人もそうですが、身の回りの自然が使えない。魅力として感じない。私も含めて反省するところがあって、こんな自然豊かな環境をいかに使うか、教育の中に入れていくかというのはこれからも考えていかないといけないことだなと感じました。

 私個人の意見になりますが、関心のある人や興味のある人だけではなくて、本当に広くこの日本の豊かな環境を活かした教育というものをいよいよ考えていかないといけない。すでにもう10数年前から行われていると思いますが、1歩でも2歩でも前に進めたらいいなということで、ナバさん、山本さんたちから勉強させてもらっています。まさか北海道とつながるなんて驚きなんですが、これをいい機会だと捉えて、自然に立ち返ることがすごく大事だなということを感じました。今日はありがとうございました。

ナバさん: 安藤さん、ありがとうございます。こうしてつながって、さらに輪が広がるといいなと思っています。皆さんも楽しみながらはじめちゃいましょうということです。
 ラミダス猿人って知ってますか? 全体の骨格が残っている最古の人類です。その特徴として足で枝に掴まれるようになっています。だから結局人間ってやっぱり森の中から出てきて、森で暮らしてきたわけで、そこに戻って何かを学んでいくというのは、当たり前の話ですよね。本来そうあるべきなんです。今日はありがとうございました。

morinos(モリノス)ホームページ:morinos.net/
morinos チャンネル:

 ここで紹介されている野外で算数の活動は2018年に翻訳出版されたスウェーデンの自然学校協会が発行している『遊びながら野外で学ぼう 野外で算数』に紹介されています。詳しくは以下のホームページからご覧いただけます。

主催:北海道 / 企画・運営:NPO法人 当別エコロジカルコミュニティー

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