【小説】空の上から【ついなちゃんのスクールライフ】
神奈川県、厚柿市のとある一軒家。
「いってきまーす!」
ノースリーブのTシャツにジーンズ、上からYシャツを羽織って裾を鳩尾で結び、踵の低いパンプスを履いた、肌が白く真珠色の髪が見事な少女…如月ついなが、カバンを手に外へ出る。
「待って、ついなちゃん。忘れ物よ」
玄関から声をかけ手を振るのは、ついなの養母…楓。
「そそっかしいのは厚柿市に来たばかりの頃と少しも変わらないわね。はい、この書類…今日フリースクールの先生に提出しなきゃいけないんでしょ?」
くすくす笑いながら、楓はクリアファイルに入った書類をついなに手渡す。
「はわわ、ウチとした事が」
「慌てなくてもフリースクールは逃げたりしないわよ」
「えへへ」
ついなは書類をカバンにしまい、それからひと呼吸した。
「ほな、改めて…行ってきます、楓ママ!」
「行ってらっしゃい。クルマに気をつけてね」
吉祥寺での学業を無事に終え、厚柿市での平和な日常に戻ったついなは、フリースクールで学業に専念する日々を送っていた。
遠ざかるついなの後ろ姿を見ながら、楓は物思いに耽っていた。
(…我が家に来た初めての日は殆ど笑顔の無い娘だったのに…すっかり明るい子に育って…宝庵さんが今のついなちゃんを見たら、どう思われるかしら)
楓は、今は京都・鞍馬山に隠棲するついなの祖父・宝庵の事を考えながら、ついなが初めて我が家にやって来た日の事を思い出していた。
フリースクールまでの道程を、力強く歩くついな。その姿を、遥か上空から見つめるふたつの影があった。
ひとりは、橙色と赤と黒の和洋折衷な戦装束に身を固め、黄金色に光る四つ目の鬼神面を頭に被り矛を装備した、ついなに瓜二つの娘。今は神格の一柱となったついなの魂の一部、方相氏・追儺である。
もうひとりは、灰色の着物と袴を身にまとい、白木鞘の日本刀を携えた、ざんばら髪の壮年男性だった。追儺と並ぶとまるで父娘のようだ。この漢こそは、ついなと追儺の先祖である、平安時代の異能者にして天界一の剣豪。
【鞍馬天狗】の異名で知られる神格、鬼一法眼である。
「【ヒト】たるそなたは、順風満帆なる人生を送っているようだな」
鬼一法眼は、満足そうに顎に手をやった。追儺は小手を翳して地上のついなを眺める。
「吉祥寺での体験入学も、無事に済んで何よりや」
「…ヒトたるそなたの朋友の危機に、そなたが力を貸した流れは天晴であったぞ」
鬼一法眼の賞賛に、追儺は顔をあげて真面目くさった表情を浮かべる。
「そりゃもう、【もうひとりのウチ】には、ウチの分もがっつり幸せになって貰わなアカンからね。チンピラに顔を傷つけられて嫁入り出来ひんなんて事になったら、もうひとりのウチが可哀想や」
そんな事を言いながら、追儺の視線は再びついなの行く先に移る。鬼一法眼は、追儺の肩にトン、と手を置いた。
「【ヒト】たるそなたの事が気になるのは判るが、そろそろ参るぞ。表向き悪さをする魑魅魍魎の跳梁跋扈が鳴りを潜めたとは言え、完全に邪鬼怨霊の類が絶えた訳では無いのだからな。それこそ【ヒト】たるそなたの平穏な暮らしを護る為にも、我々【カミ】が破邪遍歴をせねばならぬのだ」
「うん」
追儺はついなから視線を外し、鬼一法眼の後に従って厚柿市上空から場所を移す為に歩き出した。…恐らくは、次の破邪遍歴の目的地を目指して。
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