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【小説】硝子の転入生【ついなちゃんのスクールライフ】

和親のいざないを受けて教室の中に入って来た、華奢な少女の姿を見て、教室中が驚きに包まれた。

その少女の肌は透き通るように白く、大きく見開かれた瞳は琥珀色をしている。
何より驚かされたのは、真珠色に輝く彼女の見事な長髪だった。頭の両脇でツインテールに結び、ボリュームを抑えるかのようにリボンがきつく巻かれている。それでも尚、結んだ髪の先端が地面スレスレに届きそうな案配だ。恐らくリボンを解き、ツインテールをほどいたら、身の丈に匹敵する長さがあるに違いない。

「今日から皆の衆と一緒に勉強する、如月ついなちゃんだ。ついなちゃん、皆の衆に何かひと言挨拶を」

和親に促されて、少女…如月ついなは、ぺこりと頭を下げると、細い声で挨拶した。

「初めまして…ウチ、神奈川県厚柿市から来ました、如月ついな言います。どうぞ宜しゅう」
「関西弁だ…」
「何で神奈川から来たのに関西弁なんだ…?」
ついなの自己紹介を聞いて、教室中が再び静かにどよめいた。

「静かにしろい!」

和親の怒号で、教室内が水を打ったように静まり返る。

(綺麗な…それに何だろう、良く判らないけど、何だか放って置けない雰囲気…何処か儚げで、寂しそうで…)

教室内の動揺とは裏腹に美奈は、ついなの可憐な容姿に目を奪われ、同時にその心許なげな、硝子細工のような雰囲気にハラハラしていた。

(アタシ…あの娘と友達になりたい。仲良くなりたい!例えひと月の学校生活だとしても)

*****************

その日の昼休みの事。

教科書をカバンにしまうついなの側に、美奈がにこにこしながらやって来た。

「如月さん。今日のお昼ごはんはどうする予定?」

ついなは一瞬だけ面食らったような表情をしたが、直ぐに返答した。
「そのぅ…この学校には学生食堂があるって聞いたから、そこで済まそかなぁ…って思ててん」

「それならさ、アタシと一緒にごはん食べようよ!」

目をキラキラさせながら美奈がそう言ったので、ついなはキョトンとして言葉を失った。
「あ…それとも、お昼ごはんはひとりで静かに食べたかった?」
美奈が少しだけ申し訳無さそうな顔をすると、ついなが慌ててそれを打ち消した。
「いやいやいや、ごはんはみんなと一緒に食べた方がおいしいに決まってるやん!ウチの事、気にかけてくれておおきに…ね!」
そう言ってついなが屈託の無い笑みを浮かべると、美奈は心底安心したような顔をした。

「良かったー。…いやね、如月さん、教室に入ってきたのを見た時、何だか雰囲気が凄く寂しそうで、何て言ったら良いのかな、その…放って置けなくて」

そこまで言いかけた美奈の耳を、いつの間に来たのか、小奈海の細い指がむぎゅっと摘み上げた。
「アンタねぇ、自己紹介も無しに食事のお誘いとか、ちょっとデリカシーが足りなさ過ぎるんじゃないの?」
「痛い痛い痛い!辞めてぇ小奈海ちゃん!」
美奈が今にも泣き出しそうな大声を出したので、流石にやり過ぎたと思ったのか、小奈海の指が美奈の耳から離れる。
小奈海の後ろからは、弘子とうさぎが姿を見せた。

「自己紹介がまだだったわね。私の名前は青木小奈海。気軽に下の名前で呼んでくれてOKよ。宜しくね」

小奈海が一転にこやかについなに挨拶する。弘子とうさぎがそれに続いた。
「わたくしの名前は緑川弘子。青木さんと赤城さんと湯木城さんとはとても仲良くさせて頂いてますわ。宜しくお見知り置き下さいませね」
「私は湯木城うさぎ。私の事も気軽に『うさぎ』って呼んでくれたら嬉しいな」

三人が名乗りを終えたタイミングで、やっと美奈が名乗りをあげた。

「アタシ、赤城美奈!アタシの事も気軽に『美奈』って呼んでね!…そうだ」
「?」
ついなが小首を傾げる。美奈が暫しの沈黙の後、ついなに訊ねた。
「如月さんの事も、『ついなちゃん』って呼んでも、良いかな?」
ついなはそれを聞くと、まるで芙蓉ふようの花が咲いたように明るい表情になった。
ぇよ!ウチもそう呼んで貰えたら、凄く嬉しい!」

「さて、ひとしきり自己紹介も終わった事だし」
小奈海が静かに言った。
「改めてお昼ごはんとしましょうか。ついなちゃん、食堂の場所判らないでしょ?私達が案内するわ」
「ホンマ?助かるわぁ」
「ウチの学校の食堂、メニューが豊富だし、値段も安いんだよ!」
美奈が上機嫌でそう続いた。
「そうなんや?今から楽しみやなぁ」
「さ、行こう行こう♪」
美奈とうさぎが、両脇からついなの手を取った。
ついなの顔が一瞬、ほんのり桜色に染まる。
「あら?顔が赤いですわ、ついなさん。お熱でもおありですか?」
弘子が心配そうについなの顔を覗き込む。
「な、何でもないんよ!さ、よお昼食べに行こ!」
ついなは、照れくさそうにそう言った。

「ところで、ついなちゃん」
「何や?」
「ウチの学校に通う1ヶ月の間、ウィークリーマンションでひとり暮らしとか言ってたよね?朝ごはんと晩ごはんはどうしてるの?」
「うー…実は出来る限り身軽にしよう思って、鍋釜の類いを置いてないんよね。だいたいコンビニかスーパーマーケットでお弁当やサンドイッチを買う事が多いかなぁ」
「えー。それじゃ体に優しくないよ」
「ウチも、何とかせなあかん思っとるんやけどね」

そんな会話が、一同が廊下を曲がるまで続いた。

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