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【小説】心を込めて【ついなちゃん二次創作】

「うーん…」

神奈川県・厚柿市あつがきしのとある住宅街にあるマンションの一室。

その一室で、ひとりの少年が腕組みをして真剣に何やら考え込んでいた。黒く艷やかな髪と、湧水のように澄んだ瞳が特徴的な、中性的で凛々しい面差しをした少年だ。ユニセックスな私服が、スマートな体つきに良く似合う。
少年…平安時代最強の陰陽師・安倍晴明あべのせいめいの末裔たる若き陰陽師、安倍広葉あべ ひろはは眉間に皺を寄せ、形の良い眉を曲げてうんうん唸っている。その目前に、ピンク色で丸っこいシルエットの生き物がふわふわ浮かびながら近寄った。ウーパールーパーと呼ばれる愛玩用の両棲類に似た姿をしているが、ふわふわ浮かびながら移動出来る点で只のウーパールーパーでない事は明白だ。

「うぱー、うぱっぱ(何をそんなに考え込んでいるんだ、広葉)」
ウーパールーパーの姿を借りる霊的な生き物…広葉の式神兼御目付役、うー太郎たろうが思念で広葉に話しかけた。広葉が顔を上げる。
「いや…今日、"うちの人"の誕生日じゃん?」
「うぱっぱ(確かにそうだな)」

"うちの人"…フルネームを葛之葉暢子くずのは ようこと言う…は此処厚柿市を拠点に舞台俳優として活動する女性で、広葉の遠縁の親戚にあたる。諸事情により広葉の身の上を預かっている。今日は朝から次の舞台の稽古の為に出かけており、夜遅くまで帰宅しない見込みらしい。

「うぱうぱ、うぱぱー(誕生日だってのに遅くまで稽古とか、舞台俳優は大変だな)」
「それはまぁ、しゃーなしじゃん?…せめて、うちの人…暢子さんが帰って来たらささやかな誕生日祝いに何かご馳走でも作ってあげようかな…と思ったんだけど、いざとなると良いメニューが思いつかないんだよ」
うー太郎の問いかけにそう答えてから、広葉はグラスに七分目ばかり注がれたピーチジュースを飲む。カラン…とかち割り氷が鳴った。
「うぱっぱ、うぱぱー(難しく考えても始まるまいよ。広葉の小遣いと冷蔵庫の中身と相談して、可能な範囲で美味いモンを作ってやれば喜ぶんじゃないか)」
「そうかなぁ」
「うぱうぱ、うぱっぱ(案ずるより産むが易し、だ。もたもたしてると日が暮れてしまうぞ)」

うー太郎の言葉を受け、広葉は立ち上がった。

「男は度胸、ブイヤベースにゃウイキョウ(茴香)だ。いっちょ頑張るか」
「うぱぱー(その意気だ)」

そして、夜が訪れた。

「ただいまー」
暢子が帰宅した。朝からの通し稽古で顔に疲れの色が見える。その暢子の鼻孔をスパイスの良い匂いがくすぐった。
広葉を預かってこの方、忙しい暢子に代わり広葉が朝晩の食事を用意するのは稀では無い。暢子は少しワクワクしながら靴を脱ぎ、リビングに歩みを進めた。

「おかえり。そして、HappyBirthday」
ダイニングテーブルの一席で広葉が微笑む。卓上にはホイップクリームと缶詰のサクランボで飾られたケーキと共に、スパイスの芳香を漂わせた異国情緒漂う米料理が大皿に盛られて鎮座していた。
「わぁ、凄い。これ、広葉が作ってくれたの?」
「流石にスポンジケーキは市販の出来合いを買ったけどね」
「この、スパイシーな雰囲気の米料理は?」
「チキンビリヤニ。インドの炊き込みご飯だよ」
「あー、この間テレビで見た!あれ、凄く手間が掛かるでしょ。良く準備出来たね」
「鶏肉とか野菜は冷蔵庫にあるものを使ったんだけど、インディカ米だけは買ってこなきゃいけなくてさー。貯めてたお小遣い無くなっちゃった、へへへ」
何処か照れくさそうに微笑む広葉を見て、暢子は胸がいっぱいになるような気がした。暢子は広葉の頭をクシャッと撫で、しみじみと呟いた。
「…明日、広葉の実家に連絡して、臨時のお小遣いを支給してもらえるよう頼まなくちゃ。それと、今月分のお小遣いに限り二倍にしてもらおうね」
「待って暢子さん。俺、そんなつもりで晩ごはん作った訳じゃ…」
そこまで言いかけた広葉の口を、暢子は人差し指で優しく封じた。そして悪戯っぽくウインクした。

「一流のシェフには、相応のギャランティを支払うのが世の常なのよ。広葉も覚えて置きなさい」

広葉が無言で頷く。暢子は、そこで初めて自分の席について、用意してあったフォークを手に取った。
「今日は稽古がハードだったからお腹空いちゃった。冷めない内に食べよう、広葉」
「うん」

その様子を、広葉の自室のドア陰から見つめていたうー太郎は、満足気に頷いた。

「うぱぱー(上手く行ったな、広葉)」

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本日は、安倍広葉クンの中の人・樋口陽子様のお誕生日です。
樋口さん、お誕生日おめでとうございます。


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