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【小説】裁きの雷鎚【ついなちゃんのスクールライフ】

気がつくと、ついなは誰かの膝を枕に横たわっていた。

がばっ

ついなが、バネ仕掛けの玩具のように身を起こすと、そこには斎鬼が地面にキチンと正座していた。
「良かった。やっと気がついたかや」
斎鬼の顔に安堵の色が浮かぶ。
「…誰?」
わらわの名は斎鬼。【御剣神宮】が神使じゃ。さる筋からの依頼により、影からついな殿の事を見守っておった」
「何でウチの名を」
「依頼主より聞いておる。…然し、心配したぞ。嫌な予感がして吉祥寺まで出張でばって見れば、想像以上の大騒ぎじゃったようじゃな」
「ウチは…今まで気を失っとったん?」
「そうじゃ」
斎鬼が頷く。ついなは体勢を立て直し、周囲の様子を見て驚いた。

その場所は、大量の可燃物が爆発したかのように何もかもが吹き飛ばされ、まっさらな更地になっていたのである。草は焼け焦げ、石ころや土塊は白く焼け爛れ、それこそまるで神鳴りでも落ちたかのようだった。

「これは…」
ついなは言葉を失った。斎鬼が、袂に手をやる。
「念の為持参して正解じゃったの。主神様謹製の丸薬じゃ、打ち身や傷に良く効く。飲むが良いぞ」
ついなは、斎鬼に言われるままに掌を出し、斎鬼が手にした印籠の中から掌の上に転がった黒い丸薬を、疑いもせずに口に放り込んだ。舌の上に広がる苦味と共に、ついなの体力が回復して行く。回復と共に、薄ぼんやりとしたついなの意識が段々ハッキリして来た。

「…そうや!あのチンピラどもは!?」

慌てて周囲を見回したついなの視線の先に、パトカーや救急車が何台か停まって居るのが見えた。良く見ると、全身を包帯でぐるぐる巻きにされたあの四人の不良が、担架に乗せられて救急車に運び込まれているのだった。余程の深手なのだろう。全身に巻かれた包帯にはところどころ血が滲んでいた。

「…彼奴きゃつ等、幸いにも命に別状は無いそうじゃ。気に病まずとも大丈夫じゃぞ」
驚くついなに、斎鬼がそう声をかけた。
「あの小僧ども、治療が終わったら今度はそのまま少年院行きじゃと、警察の者が言うとったな。今回の件は良きクスリになったであろうの。もう懲りて悪さはせん筈じゃ」
「…小山はんは!?チンピラ達があの有様やったら、小山はんかて…」

そう言って狼狽えるついなの肩を、誰かがとんとんと叩いた。
ついなが慌てて振り向くと、そこにはよしのが若冲と共にニコニコ笑って立っていた。掠り傷ひとつ無さそうだ。

「私の事、助けに来てくれて…ありがと。如月さん」
よしのは笑顔で礼を述べた。若冲も深々とついなに頭を下げた。
「…小山はん、無事で良かった」
ついながそう言って安心したような顔をする。二人が改めてついなと斎鬼に頭を下げたタイミングで、何台かの自動車が救急車と入れ替わりにやって来た。若冲とよしのは、その内の1台に乗り、そのまま帰路についた。

若冲とよしのが帰路についたのと入れ替わりに、雪人と慶子が車から降りて来た。慶子は現場を一頻り見回すと、しみじみと言った。

「天網恢々、粗にして洩らさず…とは良く言ったモノね」
「?」
ついなが小首を傾げると、慶子はついなの側まで歩み寄り、その真珠色の髪をしっとりと撫でた。

「あなたが対峙したあの少年達だけどね。以前、ウチの学校で散々悪さをして、退学処分になったのよ。その後、全寮制の矯正施設に入れられていたらしいんだけど、そこでも性根が治らず、施設を逃げ出して、結局あんな結末を迎えてしまった」
「…」
「カミサマって、本当に居るものなのね。落雷で悪い人間だけを傷つけて、善良な人間は無傷のままにしてくれるんですもの」

ついなは、慶子の言葉に違和感を感じた。

「校長先生、あの…」
ついなは慶子の言葉に抗おうとしたが、何故かそれは声にならなかった。慶子は、口を金魚のようにパクパクさせているついなの唇に、自分の人差し指をそっと当てた。

「…何も言わなくて良いの。あなたは何も悪くないわ」

慶子はそう言うと穏やかに微笑み、踵を返すと自動車の1台に乗って学校へと帰って行った。

何が何だか判らずぽかんとしているついなに向かって、それまで黙っていた雪人が口を開いた。
「申し遅れました。ウチの名前は皆月雪人。斎鬼と共に、さる筋から頼まれてついなさんを影から見守っていました。この場所の惨状ですが…ひとつ、種明かしをしましょうか」
「?」
「この場所に落ちた神鳴り…実はウチが降らせたものです」
「ほへ!?」
驚くついなに、雪人はほんの少しだけ苦笑を漏らした。
「喜志森佳史と言いましたか。あの者がとった、自らの過ちを脇にやって人質を取り復讐を果たそうと試みるやり方は、ウチのポリシーに著しく反するものです。だから少しきつくやいとを据えてやりました。ついなさんや小山さんが無傷だったのは、そうなるように加減して神鳴りを落としたからです」
「…」
「主神様の神鳴りは【焔雷ほのいかずち】と言うての。その気になれば山ひとつ吹き飛ばす強力な技なのじゃ。然し、狙いすましたように不良のみを打ち据え、ついな殿やあの娘が無事だったのは、改めて主神様の力には恐れ入るばかりじゃ」
「言ったでしょう。ついなさんや小山さんには傷ひとつつけません、と」
「そないな事が…」
呆然と呟くついなの頭を、雪人は優しく撫でた。

「…とにかく、小山さんもついなさんも無事で良かった。さぁ、今日はもう帰りましょう。我々も久々に東都まで出ました由、ついなさんの今日の頑張りをねぎらう意味も込めて、外でおいしいものでも食べに行く事にしましょう」
「主神様、妾は久々に洋食が食べとう御座います」
斎鬼が嬉しそうに言ってから、地面にぺったり座り込んでいるついなに手を伸べた。

「ほれ、いつまで地べたに座っておるのじゃ?主神様が折角誘ってくれておるのじゃ、早よう立たぬか」

「…うん!」

ついなは、力強く頷くと立ち上がった。

***************

その夜。

ついなと斎鬼は雪人に連れられて、吉祥寺の街の一角にある小さなフレンチレストランで夕食を囲んでいた。

「…」
スズキのポワレをフォークで口に運ぼうとしたついなが、斎鬼の手元に運ばれて来た料理を見てぽかんとした表情を浮かべる。
「ん?どうかしたかや?妾の顔に何かついとるか?」
「いや、斎鬼ちゃん、その食事…」

ついなが呆気にとられるも道理、斎鬼の目の前にはグリーンサラダが入ったボウルと、ディップが添えられた野菜のスティックだけがでんと鎮座していたのである。他にはコンソメスープがひと皿。
「折角の外食なんやから、もっとおいしいモン頼んだらえぇのに…」
「何を言うか。肉や魚に含まれる穢れた『気』は、一度体内に取り込んだらなかなか体の外に排出するのが難しいのじゃ」
ディップをつけたキュウリのスティックを齧りながら斎鬼は言う。
「ホンマに斎鬼ちゃんはストイックなんやなぁ」
「神職にあるが故じゃ。これも修行のひとつじゃよ」

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