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【掌編】お土産【ついなちゃん二次創作】

神奈川県・厚柿市あつがきしの住宅街。立ち並ぶ家の中でも一際大きな邸宅。
玄関には【風花かざはな】のネームプレート。

此処は厚柿市でも名が知れた良家・風花家の邸宅である。

その邸宅の二階の窓辺りで、ふわふわ浮かんでいる童女めわらべがひとり。白い着物に翠の袴、白い足袋にぽっくり下駄。長い翠の髪をシニヨンにまとめ、余った髪を後ろに靡かせている。大きく丸い目は青空を切り取ったように輝き、そのあどけない顔には生きる喜びが満ちている。

「ユキねえ、居るですか?」

翠の髪の童女…鈴乃すずのは名前にたがわぬ鈴を鳴らすような声で呼びかけた。

ガラッ…

窓が開く。
サッシに手をかけていたのは、ラベンダー色の長髪にノースリーブの白いサマードレスと言う姿の、色白で何処か儚げな少女だった。

「どうしたの鈴乃ちゃん、こんな時間に」
「こんな時間だから来たですよ。お天道様が昇っている内は、森を護らなきゃいけないから…本体の【すずの木】からそうそう離れられないのです」

色白な少女…雪女・ユキは目を丸くした。夜中の訪問だからと言うのもあるが、鈴乃の外見年齢がいつもより幼い事が殊更ユキの目を引いたのだ。

鈴乃は、本人による先の述懐の通り、とある神域にある【すずの木】と呼ばれる古木の精霊である。精霊だから外見年齢の操作はお手の物だ。だが、そんな鈴乃が童女姿でユキの目の前に現れたのは初めての事だった。

「夜は神域の森に入る不埒者が居ないので、安心して森を抜け出せるです」
「それにしても、今日は随分体を小さくしてきたんだね?…もしかして省エネモード?」
「正解なのです」

そんな会話の後、鈴乃は手に提げた竹籠をユキに差し出した。
「夏の花の蜜から作られた蜂蜜なのです。お料理の供にどうぞです」
「ありがとう」
ユキが、素直に竹籠を受け取る。中には琥珀色に輝く蜂蜜を瓶詰めにしたものが数個入っていた。

「瓶詰めの時は、ちゃんと煮沸消毒したのでご心配無く…です」

微笑む鈴乃の顔をユキはまじまじと見つめ、それから部屋を振り返った。部屋のベッドでは、ユキにそっくりな顔をした少女がすやすや寝息を立てている。ユキが体を間借りする依代的存在…風花家の令嬢、風花かざはなゆきだ。
「ゆきちゃんが目を覚ましたら、鈴乃ちゃんからお土産を頂いた事を一番に話して聞かせるわね」
「宜しくなのです」
「…そう言えば」
「どうしたです?」
「私、普段はゆきちゃんの体の中で眠ってて、あまり表に出ないから…こうして一対一サシで対話するの、何気にあまり機会が無かった気がするのだわ」
「言われてみればそうですねぇ」
鈴乃は、両袖で口を覆ってころころ笑った。

「また次の月夜にふたりでお話しませんか?その時は、またお土産持ってくるのです」
「楽しみね」

微笑みを交わす鈴乃とユキを照らすように、下弦の月がその輝きを増して行った。

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