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【小説】おめでとう【ついなちゃん二次創作】

神奈川県・厚柿市 あつがきし

とある大きな邸宅。
玄関のネームプレートには【風花かざはな】の文字。

此処は、厚柿市でもそこそこ名が通った良家・風花家の邸宅。
その客間では、風花家の子女・風花かざはなゆきの親友の誕生日を寿ぐパーティーが開催されていた。

パァン

パァン


クラッカーが景気良く鳴らされる。

「ついなちゃん、お誕生日おめでとう!」
「えへへ…おおきにやで」

ゆき始め、参加者の少年少女に祝福されて、本日の主役…如月きさらぎついなは照れくさそうに頭を掻いた。
本日は2月3日。ついなの19回目の誕生日である。

「お待たせ!」

湧水のように澄んだ瞳と黒髪を持つ少年…平安時代最強の陰陽師・安倍晴明あべのせいめい末裔すえたる若き陰陽師、安倍広葉あべ ひろはが豪奢なバースデーケーキを運んで来た。
ケーキの上にあしらわれたホワイトチョコレートのプレートには【HappyBirthdayTsuina】とチョコペンで書かれている。白いホイップクリームとイチゴの赤の対比が美しい。

「凄い…もしかしてこのケーキ、広葉っちが拵えたん!?」
「流石にスポンジケーキは市販のを買ったけどね」
驚くついなに、広葉が笑う。

「全く広葉の料理上手な事は毎回感心させられるよな。ケーキまで守備範囲なのかよ。広葉、お前と結婚する相手は幸せ者だぜ」
そんな微妙な褒め方をするのは、やや明るい髪色の短髪が良く似合う、広葉の親友たるスポーツ万能少年…日折司輝ひおり しき
「司輝…それは褒め言葉として素直に受け取って良いのか?」
広葉が何とも言えない顔をする。

「ケーキだけじゃなくて、他の御馳走も広葉君プロデュースなのですよ」
広葉の後ろからひょこっと顔を出したのは、緑色の髪をシニヨンにし、和装の上から割烹着を着た愛らしい少女…神木【すずの木】の精霊・鈴乃すずの

「えっ、って事はこのフライドチキンもフライドポテトも、コンソメスープもナポリタンスパゲティも、みんな広葉っちが拵えたん?凄いやん、広葉っち。お店開けるよ」
「いやいやいや。ポテトは冷凍のもの、チキンは市販の粉をはたいて揚げただけだから」
「二度揚げで中まで火を通しつつからりと仕上げるとか、とても素人とは思えない知識だったよ」
控えめな声で言うのは、赤いフレームの眼鏡とサクランボのような髪飾りが良く似合う文学少女…高遠咲たかとお さき
鈴乃と共に広葉を手伝い、ゆきの家の台所で料理を作っていたのだが、広葉の腕前を見て驚いたらしい。

「確か、お世話になってる人の朝晩の食事も作ってるって話だったな?」
頬に傷がある精悍な雰囲気の小柄な少年…咲の幼馴染、小林小太郎こばやし こたろうがポツリと言う。
「まさか普段の日課が、こんなカタチでついなの誕生日に活かされるとは思わなかったろ、広葉」
「まぁね。でもさ、前にも言ったけど【男子厨房に入らず】の時代はもう過去の話なんだよ。これからは男子も積極的に厨房に入るべきなんだ」

そんな会話の間にも、広葉はバースデーケーキの上に色とりどりの蝋燭を19本立て、マッチを擦って火をつけた。

「皆さん、ご唱和願いますわ」
ゆきのひと声に、ついな以外の参加者が声を揃える。

♪HappyBirthday to you
♪HappyBirthday to you 
♪HappyBirthday dear ついなちゃん
♪HappyBirthday to you


ふーっ

ついながひと息に蝋燭の火を消す。拍手の輪が巻き起こる。

「それでは皆さん、始めましょ。冷たいドリンクは私が冷やして準備しているのだわ。暖かい飲み物は、ゆきちゃんにリクエストしてね」
ゆきの体からすうっと半透明な影が現れる。ゆきの体を間借りする魂だけの雪女の少女・ユキだ。
「この日の為にゆきちゃんにお願いして、上等なリンゴジュースとウィルキンソンの炭酸水を準備しましたわ。それでアップルタイザーを作りましょう。美味しいですわよ」
「わぁ、楽しみやなぁ」
ついなが破顔一笑した。

***************

同時刻。

厚柿市の空の上から、ついなの誕生日を寿ぐパーティーの様子を眺めるひとりの影があった。

赤と黒と橙色の戦装束に身を包み、手には矛、足には高下駄。額には金色の瞳が四つある異相の鬼神面。そしてその面差しと真珠色の髪は、ついなに瓜二つだった。

彼女の名は方相氏・追儺ほうそうし ついな。ついなの魂の一部が分かれて、破邪の神格となった存在である。

追儺が居るこの時空は、嘗て何者かによってアカシックレコードを改竄され、その影響で世の理が書き換えられた。

アカシックレコード改竄前、追儺が今行っている破邪遍歴の日々は、ついなが人の子の身にて送る修羅の日々だった。
だが、アカシックレコード改竄が全てを変えた。
神格・追儺は厚柿市を護る為に奔走し、人間・如月ついなはヒトの子としての幸せを享受している。

「もうひとりのウチ、みんなに誕生日をいおうてもろて嬉しそうやな。何よりや」

追儺はしみじみと呟いたが、その顔つきには何処と無く寂しさが漂う。

暫くの間、追儺は空から風花邸の様子を見ていたが、やがて意を決したように踵を返し、天へ昇っていった。

***************

追儺が、天界にある自分の身の置きどころたる建物に足を入れると、奥からひとりの若者が姿を見せた。追儺とついなの先祖で、平安時代の異能者にして天界一の剣豪・鬼一法眼きいちほうげんに仕える端神はしたがみのひとりだ。

「追儺様、鬼一法眼様よりこちらを預かっております」

追儺が、端神が差し出したふみを受け取り、中を検める。文には簡潔にこう記されていた。

本日の下界見回りが済んだら
香取神宮に来るように
           天狗

【天狗】は、鬼一法眼が近頃文をしたためた時にしばしば用いる署名である。
鬼一法眼は下界では【鞍馬天狗くらまてんぐ】と呼ばれる大天狗と同一視されている。それを当の鬼一法眼が面白がっての署名である。

「そう言えば…」

文から視線を建物に移した追儺は怪訝な顔をした。建物の中には目の前の端神以外誰も居ない。

「御先祖様は?」
「朝早く出かけられました。追儺様の御付である前鬼ぜんき様、後鬼ごき様も同伴です。お出かけになられる前、鬼一法眼様から『追儺様が戻られたらこの文を渡すように』『そして追儺様が出られた後は我々端神がこの建物を見張るように』…と仰せつかりました。この後、警備の端神が数名来ます」
「…判った。ウチ、香取神宮に行って来る。留守は宜しくね」
追儺は文を懐にしまうと、雲の切れ間から真っ直ぐ香取神宮目指して飛び降りた。

そして、香取神宮前。

既に夕刻が迫り、境内に人の姿は無い。追儺が辺りをきょろきょろ見回すと、見覚えがある人影が手招きしているのに気がついた。青銅製の鎧を身に纏い鋼の剣を携えた屈強な武人…香取神宮の祭神である天津神・経津主尊ふつぬしのみことだ。

「よう来た、鬼一法眼の末裔よ。待ちかねたぞ。さぁこちらに来い。何、怪しむ事はない。悪い話では無いとも」
「経津主様!」
意外な成り行きに追儺は驚いたが、他ならぬ経津主の招きである。
疑う事無くその招きに応じ、追儺は経津主の後に続く。

追儺と経津主が至ったのは、見晴らしの良い丘だった。見ると丘の中央に赤い毛氈もうせんが敷かれていて、房総の海の幸や山の幸を贅沢に使った御馳走の数々がずらりと並んでいた。

「これは…」

追儺が呆気にとられていると、不意に後ろから声がした。

「我が子孫よ。本日は新暦の節分、そなたが生を受けた日だ。今宵は祝いの宴だ。存分に楽しもうではないか」

振り返った後ろには、白髪混じりのざんばら髪に灰色の着物を着て、白木の鞘に収められた刀を握った壮年男性が立っていた。そして、その両脇を固めるのは、赤い髪に七尺もの背丈がある浅黒い肌の美丈夫と、色白で豊満な肢体を持った青い髪の妖艶な美女と言う鬼の夫婦。
…追儺とついなの先祖・鬼一法眼と、追儺の式神である鬼・前鬼と後鬼である。

「儂等、所謂つ国の誕生日祝いの作法には疎くてな。和風の宴になってしまったが、勘弁してくれ」
前鬼が頭を掻いた。後鬼がそれに続く。
「せめても…と思って、御主人が好きな食べ物を用意したわ。存分に食べてね」
「ウチの好物…?」

後鬼の言葉に追儺がもう一度毛氈の方を見ると、山海の珍味の真ん中に、大きな蒸籠に山盛りの蕎麦切りが幾つも用意されていた。茹でたてらしく、かすかに湯気が立っている。
周りを見れば、生味噌を煮立て濾した味噌の蕎麦つゆと醤油仕立ての蕎麦つゆ、刻みネギ、擦りおろしたワサビ、大根おろし、梅干し、陳皮ちんぴ(ミカンの外皮を乾燥させ、粉末にしたもの。薬味に用いる)、そして蕎麦つゆを割る為の大根の搾り汁…と言った江戸蕎麦切りの定番アイテムが揃えられていた。

「江戸風の蕎麦切りとは鬼一法眼の末裔よ、粋なものを好むのだな。…儂がヒトの子達と共に暮らしていた時代から蕎麦はこの国にあったが、その頃は蕎麦切りなんて言う手法は確立されておらんかった。殻も剥かず粥に炊いて食べたものじゃよ。それに比べると、蕎麦切りは口当たりも良さそうじゃし、腹にも優しそうじゃ」
経津主がそう言って豪快に笑った。

追儺の目頭に見る見る涙が溢れる。

「…ウチの為に此処までしてくれて…みんなおおきに…ホンマおおきに…」

追儺は膝をつき、人目憚らずおいおいと泣いた。
勿論、嬉し涙である。

「追儺殿。そんなに泣かないで。本日の主役がそんな有り様では宴にならんぞよ」
そう言いながら宴の席に姿を現したのは、鶴の刺繍が施された着物を身に着けた銀髪の小柄な少女だった。後ろからは黒い和装を身に着けた眉目秀麗で背が高い美青年が続く。

斎鬼いつきちゃん…それに雪人ゆきひとはん!」

厚柿市に隣接する神域に住まい民草を護る国津神、【世直し神】こと皆月雪人みなつき ゆきひとと、その神使たる少女・斎鬼のお出ましである。

「追儺さん。そんなに涙を流されては折角の美貌が台無しですよ。良かったら、こちら使って下さい」
雪人が袂からハンカチを差し出した。追儺はそれを受け取り、涙を拭う。

「此度の【さぷらいず】が余程嬉しかったか。密かに支度を進めた甲斐があったな、のう後鬼」
「本当ね」
「では、改めて宴の開始と参ろうか」

前鬼と後鬼が微笑み合い、鬼一法眼は満足げに頷き、追儺は斎鬼と雪人にいたわられるようにして毛氈の一番席に腰を下ろす。

そんな神々の宴を寿ぐように、空に金色の月が浮かび、辺りを照らし始めた。

☆オマケ


節分から幾日か過ぎたある日。
千葉県は浦安市に住まう好事家・龍熊子貊りゅうゆうし ばくは、近所にある二八蕎麦が名物の蕎麦屋で卓袱しっぽく蕎麦(※)を味わっていた。
本当は節分の日に手繰る予定だったのだが、節分当日に店に出向いたところ、思わぬ形で出鼻を挫かれたのだ。

【本日 臨時休業致します 店主】


(店主に何かあったのだろうか)

節分の日、扉に貼られた貼り紙を思い出しながら卓袱蕎麦をずるずる啜る貊の傍に、蕎麦屋の店主が申し訳無さそうな顔をして出てきた。
「この間…節分の日は済みませんでした」
「いえいえ」
貊は口の中の蕎麦切りを嚥下してから、店主の顔を見る。
「風邪でも召されたのですか」
「いや、私は頗る元気だったのですが…節分の日、急なお客があって『蕎麦切りをあるだけ売ってくれ、代金は弾む』と…何でも、香取神宮所縁の方だと申しておりました」

貊は、香取神宮の名代が蕎麦切りを買いに来たと聞いて脳裏に閃くものがあった。然し、敢えてそれは口に出さず、笑顔のまま店主にこう言った。

「香取神宮の神様が、このお店の蕎麦をお気に召したのでしょう。将来、きっとこのお店は繁盛しますよ」

後にこの蕎麦屋は、貊の予言通り大変繁盛したと言う。

※鶏肉、菜物、蒲鉾等の具を乗せて温かい蕎麦つゆをかけた蕎麦切りの事。地方によっては【おかめ蕎麦】とも呼ばれる

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【ついなちゃん生誕祭2024】向けに書いた一編です。
残念ながらワタクシのXアカウントが2月にシャドウバンを喰らった為、ついなちゃん生誕祭2024期間内の宣伝は断念せざるを得ませんでした。改めてこの場を借り、公開致します。

今回【よりぬきついなちゃん】への収録に辺り軽微の加筆を行っています。

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