見出し画像

【小説】銀座へ行こう【ついなちゃんのスクールライフ】

それから一週間が過ぎた。

土曜日の朝。
ついなが起床して身支度を整え、朝食を済ませて寛いでいると、不意に玄関のチャイムが鳴った。

ぴんぽーん

「はーい」

ついながとことこと玄関に出て、玄関の覗き窓から外を伺うと、そこには美奈が立っていた。さっぱりした白いYシャツにジーンズ、スニーカーと言う動き易そうな格好だ。

かちゃ

「美奈ちゃん!」
ついなが驚いてドアを開けると、美奈の後ろに私服姿の小奈海とうさぎと弘子が並んでいた。
「おはよう、ついなちゃん!」
「おはよう、みんな。今日はどうしたん?」
「あのね、今日はみんなで銀ブラしようと思って!ついなちゃんも良かったら一緒に行かない?」
「銀ブラ!?」
ついながキョトンとする。小奈海が美奈の頬っぺたをむぎゅっと摘み上げた。
「ちゃんと現代っ子に判るように説明しなさいよ。いきなり昭和時代の言い回しを使ったって通じる訳無いでしょ。アンタはおじいちゃんっ子だからともかくとして」
「いひゃいいひゃいいひゃいいひゃい」
「小奈海ちゃん、その辺で美奈ちゃんを許してあげてぇな」
恐る恐るついながそう言ったので、小奈海は慌てて細い指を美奈の頬から離した。
「頬っぺたが伸びるかと思ったぁ」
半泣きになりながら美奈が小奈海を見上げる。それに対する、小奈海の反応は素っ気無かった。
「いつも言ってるでしょ。お餅やチーズじゃ無いんだから、引っ張った位じゃ頬っぺたは伸びたりしません」
「お楽しみの所処大変恐縮ですが」
後ろで二人のやり取りを見ていた弘子が口を開いた。
「そろそろ、今日ついなさんを訪ねた目的をキチンと説明した方が良いのではないでしょうか」
嗚呼そうだった、と二人が顔を見合わせる。うさぎが一歩前に進み出て、笑顔でついなに向かって説明した。
「あのね、今日はみんなで銀座まで出て、ウィンドウショッピングの後で行きつけの喫茶店でお茶を楽しもう、って事になったの。良かったら、ついなちゃんも一緒に行かない?」
「銀座…かぁ」
ついなは顎に手をやって暫し思案したが、夕方まで取り立てて用事がある訳でも無かったので、その誘いに全力で応じる事にした。
「せやったら、一緒に行こかなぁ」
「わぁい!」
美奈が大袈裟にはしゃぐ。

手を取り合って全身で喜ぶ美奈とうさぎ、それを窘める小奈海、笑顔でその様子を眺める弘子の姿を見て、ついなは何処と無く、心がほのぼのとして来るのを感じていた。

(…何や知らん、巧く言えんけど、友達ってぇモンやなぁ)

ついなが外出用の服に着替えると言うので、外で談笑しながら待っていた美奈達は、ついなが「待たせてしもて、ゴメン」と言いながらドアを開けて出てきたのを見て目を見張った。

「えへへ…ウチ、あんましオシャレな服持っとらんもんで…ヘンや無いかな」

そう言いながらドアのロックをかけるついなの服装と言えば、黒いアメリカンスリーブのインナーの上から水色の大きめのYシャツを羽織り、裾を鳩尾みぞおちの辺りで軽く結んである。ボトムは五分丈のカットオフジーンズ、濃紺のソックスを穿いて、靴は動き易そうなヒールの低いタイプだった。

「ついなちゃん、かわいいね!」
美奈のテンションが一気に上がった。
「真珠色の髪の毛に凄く映えるよ!そのデザイン!」
「そ、そうかな」
顔を赤らめてついなが照れる。弘子が美奈に続いた。
「凄く愛らしいスタイルですわ。銀座の街に出たら誰もが振り向く事、間違い無しですわね」
「本日のMVP賞はついなちゃんで決まりね」
小奈海がいまいち良く判らない褒め方をした。うさぎが穏やかな顔で続く。
「こんな事を言ったら怒られちゃうかもだけど…ついなちゃん、お人形さんみたい」
「…そ、そうかな…何か照れちゃうな」
ついなはすっかり赤面して決まり悪そうに頭を掻いた。そのついなの手を、美奈が優しく握った。
「それじゃ、みんなで銀座まで行こー!」
「うん!」

***************

電車を乗り継ぎ、銀座に到着した5人は、大きなデパートでウィンドウショッピングをたっぷり楽しんだ後、表通りから一歩奥まった裏通りにある喫茶店に向かった。

フランチャイズの喫茶店が増える昨今にあって、珍しい個人経営の喫茶店で、扉は分厚く壁は堅牢で、店内に入ると外の喧騒が全く聞こえなくなる。ソファは手触りの良いフカフカな天鵞絨ビロード仕立てで、テーブルも調度品もアンティークなデザインで統一されている。物凄く落ち着く雰囲気を湛えた、まさに都会の隠れ家的な店だった。

「ふおおぉ…」
ついながそんな店内の様子を見て驚く。
「最近はこんなオシャレな喫茶店ってあまり見かけんようになったよねぇ。良ぅ見つけたね」
「小奈海ちゃんがね、雑誌の特集で見つけたんだよ」
美奈が、満面の笑みでついなにメニューを手渡す。

「あ、抹茶とケーキのセットなんてのもあるんやね!ウチ、これにしよかな」
「お目が高いね、ついなちゃん!アタシもそのメニュー大好き!」
美奈がひときわ上機嫌になった辺りで、シックな昔ながらのメイド装束に身を固めたウェイトレスが、伝票とボールペンを手に注文を取りに来た。

「ご注文はお決まりでしょうか」
「ウチ、抹茶とレアチーズケーキのセットで」
「アタシもそれで!」
「私は、カフェオレとミルフィーユのセットを」
「わたくしはアールグレイのストレートをホットで、それとイチゴのショートケーキをお願いしますわ」
「私は…ダージリンのストレートをホットで、それとティラミスを」
「かしこまりました」

ウェイトレスはボールペンを伝票の上で走らせると、一礼して厨房に向かって行った。


喫茶店で優雅なティータイムを過ごした5人は、会計を済ませると店の外に出た。そのまま、裏路地を散策する5人の目の前に、7階建てのビルが姿を見せた。弘子がそれを細い人差し指で指し示す。

「あそこのビル。全てのフロアが文具・画材売り場と言う、その筋では名が知られた老舗ですわ。確か名前は…由島屋ゆしまや
「そうなんや。専門的な文具や画材とかもあんのかな」
「去年、竹林寺先輩のバースデープレゼントを買ったのもあの店だったよね?」
美奈が弘子の顔を見る。小奈海が頷いた。
「そうそう。確かうさぎを除く私達3人と、竹林寺先輩のお友達で少しずつお金を出し合って買ったのよね。うさぎは1年生の時、私達と違うクラスだったから」
「因みに何をプレゼントしたん?」
「色鉛筆のセット。それも黒・灰色・茶色・褐色系でまとめられたアソート品だったかな」
「何でまたそんなアソートを」
ついなが目を丸くする。弘子が説明した。
「竹林寺先輩は、取り分け動物の絵を描くのがお好きなんですって。それで、ご自宅にある色鉛筆も圧倒的に黒や褐色系のものの減りが早いのだとか。小山先輩が教えて下さいました」
「なるほどぉ」
ついなが感心する。弘子はクスリと笑い、その後にこうつけ加えた。
「竹林寺先輩も、頻繁にあのお店を利用するようですわ。小山先輩とご一緒に買い出しに出られて、帰りはわたくし達が先程お茶会をした喫茶店に立ち寄ってお帰りになられるそうです」
「銀座でデートかぁ…何だか、あのふたりには凄く似合う気がするなぁ」

そんな会話の間にも、早5人の足は銀座駅に至っていた。既に夕暮れが近い。
「今日は誘ってくれておおきに、ね!」
ついなが謝意を示すと、美奈が「どういたしまして」と微笑んだ。

5人の姿が、銀座駅の中に吸い込まれる。それを見送るかのように、電線に止まっていたカラスがひと声「カァ!」と鳴いた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?