【小説】街角にて【ついなちゃん二次創作】
とある秋の日曜日。
「そんな、困ります…」
神奈川県・厚柿市の商店街の一角で、ひとりの少女が狼狽えていた。
肩までの長さの黒髪を控えめなツインテールに結び、サクランボを思わしむる赤い飾りがついたヘアゴムで括っている。服装は流行りの秋服。そして楚々とした顔には、赤いフレームの眼鏡。
少女の名は高遠咲。
厚柿市最大の名門校・私立厚柿学園の3年生。
楚々とした容姿に違わぬ文学少女である。
そんな彼女が何故に困っているのかと言うと…。
「そうつれない事言うなって、お嬢ちゃん。ちょっと茶に付き合ってくれればそれで良いんだ」
「別に取って喰おうってんじゃないんだからさ。そんなビクビクするなよ」
今時古典的とも言える台詞で咲に呼びかけるのは、絵に描いたようにチャラチャラした大学生と思しき若者(所謂【チャラ男】)が数名。
この日、咲は友人達と遊びに行く為に街中に出ていた。
そしてたまたま、咲の同行者が缶ジュースを買いに行くと言ってほんの少し咲の傍を離れた隙に、チャラ男達が咲を見初めて近づいたのである。
怯えてチャラ男達から距離を取る咲、下卑た笑いを浮かべて咲ににじり寄るチャラ男達。
然し、その緊迫の時は長くは続かなかった。
…何故なら。
「おいお前等、俺の恋人に何の用だ?」
力強く凛々しい声がしてチャラ男達は一斉に振り向く。
そこにはデニムの上下に身を固めた、頬に傷のある小柄で目つきの鋭い少年が立っていた。
「小太郎君!」
怯えていた咲の顔に喜色が戻る。その少年こそは、咲の恋人…小林小太郎だった。
「回答の内容次第じゃ、少々痛い目を見る事になるぞ」
ドスの利いた声で小太郎はそう言いながら、拳をポキポキ鳴らす。
「おっと、騎士はコタローだけじゃないぜ?」
小太郎の後ろからは、ユニセックスなデザインの洒落た服を着た、湧水のような瞳を持つ美少年が姿を表した。小太郎の親友にして、稀代の陰陽師・安倍晴明の血を引く現代の若き陰陽師、安倍広葉である。
咲にとっては助け舟、チャラ男達にとってはとんだ横槍である。チャラ男達は一様に表情を固くした。
「…チッ、何だよ。彼氏持ちか」
そんな捨て台詞を吐いて、チャラ男達が咲達の傍から離れ、ひとつ先の曲がり角を左に曲がりかけたその時。
「おどれ等、まぁたこの街をうろちょろしとったんかぁ!」
細い可愛らしい声で怒鳴る者がある。
同時に、チャラ男の群れが顔面蒼白になって曲がり角から慌てて飛び出した。
「待てやこらぁぁぁぁぁぁ!」
逃げるチャラ男の群れを憤怒の様相で追いかけるのは、動きやすそうなジーンズにチューブトップ、上からカーディガンを羽織った、真珠色のツインテールの髪と琥珀色の瞳を持った色白な少女だった。
「ついなちゃん!」
咲が叫ぶ。色白の少女…平安時代の異能者・鬼一法眼の末裔、如月ついなはそれには構わず、散り散りになって遁走するチャラ男の群れに向かって大声で怒鳴りつけた。
「次にこの街で悪さしたら、挽肉になるまでシバいたるからな!覚悟しとけ!」
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それから暫くして。
荒い呼吸を整えたついなは、咲・小太郎・広葉を振り返った。
「みんな、怪我は無かった?」
「何とも無かったぜ?…それにしても」
「ついなちゃん、あの人達と過去に何かあったの?」
小太郎と咲が目を丸くする。ついなは憤懣やる方無しと言う風で答えた。
「あいつ等な、まだウチがフリースクールを卒業する前に、ウチのダーリンを捕まえて強請りをしとったんや。それで、あんまり頭に来たから、その場で2〜3人シバき倒して、追っ払ってやったんよ」
「ダーリンって…嗚呼、こないだついなちゃんが話してた…」
「彼氏さんの事?」
「そう。その通り」
咲と広葉の問いかけに、ついなは白い歯を見せてニンマリ笑う。ついなの【ダーリン】…つまり恋人は、本日は家庭の事情でついな達には同行していない。
「ってか…」
「ん?何や広葉」
「向こうが顔を見ただけで青くなって逃げる辺り、ついなセンパイの存在が相当なトラウマになってたんだなぁ…あいつ等」
広葉が呆白する。それに対し、ついなは自信満々こう答えた。
「守るものがあるとな、ヒトは強くなれるもんなんやで」
「ついなちゃんが言うと説得力があるね」
咲がそう言って微笑むと、ついなはチラッと小太郎の顔を見て、それから咲に視線を移し、再び小太郎の顔を見た。
「守るものがある故に強くなったのは、そっちも同じやろ?なぁ、コタロー」
「ば、バカじゃねぇのついな!そう言う事は表立って言うもんじゃねぇ!」
「照れとる照れとる、可愛いなコタロー」
「う、うるせぇ!!」
ついながニヤニヤ笑いながら小太郎を冷やかす横では、咲が顔を真っ赤にして俯いてもじもじしていた。
そんなやり取りの後。
ついなは満面の笑みで皆を見渡す。
「ほな、そろそろ行こか。ゆき&ユキと鈴乃ん、そんで司輝は先に現地入りしとるでな、待たせたら可哀想や」
「そう言えば、今日の目的地は?」
「本厚柿駅前商店街にある純喫茶店【Zorro】や。美味いコーヒー淹れてくれるちゅうて評判な店なんよ」
「わぁ、楽しみ」
「それじゃ、出発しようぜ」
「おー!」
四人が元気に歩き出す。
それと同時に、街路樹の公孫樹の木が数枚、黄色い葉を落とした。