【小説】修羅の如く【ついなちゃんのスクールライフ】
一方その頃。
倉庫が軒を連ねる街外れの一角では、ついなが脳裏にイメージした通りの容姿をした不良グループが、なかなか姿を見せない若冲を待ちわびて焦れていた。
「ねぇヨッシー、この作戦、ひょっとして失敗だったんじゃないかな」
そう言いながらガムを膨らますのは、ピンクと黒の駮になった髪をシニヨンにした少女…四葉心愛。
「あのバカ白髪の事だから、自分の恋人を掻っ攫われたら、顔色を変えてすっ飛んで来ると思ったんだけどなぁ」
ナイフを弄りながら言うのは、痩せぎすで険しい目つきをした銀髪の少年…黒井小次郎。
「これで奴が最後まで来なかったら、奴は恋人より自分の命が惜しいチンケな奴だったって事で良いじゃん」
ニタニタ笑いながら言うのは、小次郎より更に華奢で軽薄そうな雰囲気の茶髪の少年…喜屋武 聡。
「油断は禁物だ。警察にタレ込まれた可能性もある。その時は…」
スポーツ刈りに銀縁眼鏡の屈強な少年…不良グループのリーダー、貴志森佳史が険しい表情を崩さずに、横たわるよしのを見やりながら言った。
「若し奴が警察にタレ込むような事があったら…この女をブチ殺して思い知らせるだけだ」
タンタンタンタンタン…
何処かから威勢の良い足音が響いたので、不良達は顔を見合わせた。
「おかしいわね。あの若白髪は片足が不自由だから、あんな軽快に走れる訳無いんだけど」
そう言いながら心愛が通りに目をやると、真珠色の長髪を持った華奢な外見の少女が眉間に深い皺を寄せて、棒を片手に此方に走って来るのが見えた。
「…何、あれ」
「さぁ?」
心愛の問いに聡が小首を傾げる。
と、真珠色の髪の少女…ついなはピタリと立ち止まり、手にした棒で空を切り身構え、耳を聾する大声で不良達に向かって怒鳴りつけた。
「このチンピラども!今すぐ小山はんを離せ!さもないと痛い目見るで!」
「何よ、このチンチクリン」
心愛が露骨に顔を顰めてついなの側に歩み寄る。
「此処はアンタみたいなチンチクリンの来る場所じゃないのよ、さっさと家に帰ってママの手料理でも食べてなさ…」
ドカアッ!
心愛の台詞は最後まで紡がれる事は無かった。ついなが間髪入れず、心愛の顎目掛けて強烈な蹴りをくれたからである。
まともに蹴りつけられた心愛はついなの目の前から数メートルも弾き飛ばされ、コンテナの壁にしたたか激突してそのまま気絶した。口の中が切れたらしく、唇の端から血の糸を垂らして。
ついなは、反射的に心愛の顎に蹴りをくれた自分に内心驚いていた。
(ウチに、こんな能力があったなんて)
驚くついなの耳に、また何処かから声が聞こえた。
(…無心になるんや。後はウチに任しとき。悪いようにはせん)
ついなは、腹を括った。
「このガキゃあ!」
「ナメた真似を!」
小次郎と聡が同時についなに殺到する。小次郎はナイフを手に、聡は貫手を翳して。
然し、最早ついなの顔に狼狽の色は無かった。ついなは地を蹴って素早く二人の間に滑り込むと、手にした棒を車輪のように振り回した。
「がっ!」
「ぐえっ!」
棒の一端は聡の鳩尾に、もう一端は小次郎のこめかみに突き刺さっていた。
正確且つ強力な一撃を喰らって、二人の足元が覚束無くなる。その一瞬を見逃さず、再びついなの手中の棒が空を切る。
棒の両端は、二人のうなじをしたたかに打ち据えていた。小次郎と聡は白目を剥いてドウと地に倒れ伏し、そのまま動かなくなった。
「安心せぇ。加減はしといた。死んではおらん」
吐いて捨てるようについなが言うと、佳史は草むらの影から何やら得物を取り出しながら、凄味のある笑みを浮かべた。
「何処のガキだか知らねぇが、命知らずな奴だ。断って置くが、俺はそこでノビてる連中とは違うぞ」
そう言いながら立ち上がった佳史の手には、長さ1メートルはある木刀が握られている。
「かかって来いよ。嫁に行けない顔にしてやるからよ」
佳史が挑発する。
それに対し、ついなは怒りの表情を崩さぬまま吐き捨てた。
「弱い犬程良う吠えよる。その台詞を吐いた事、後悔すなや」
ついなのその言葉が、そのまま開戦の狼煙となった。ほぼ同時に動き出したついなと佳史の、激しい打ち合いが始まった。
ガイン!
ガイン!
ガイン!
木刀と棒とで打ち合う時に生ずる、乾いた音が辺りに響く。
確かに、佳史は心愛や小次郎、聡よりは断然強かった。伊達に首領格を務めていると言う訳では無いのだろう。
…だが、謎の力に身を委ねたついなは、そんな佳史とは比較にならない程強かった。
「…こいつ、チビの癖に滅茶苦茶強い…!」
そう呻いた佳史の顔には疲れの色が見え始め、太刀筋にも乱れが目立ち出した。
ついなは、その乱れた太刀筋の僅かな隙を決して見逃さなかった。
ドガァン!
ついなの一撃は、佳史の脇腹をしたたかに捉えた。
「がっ…!」
佳史はひっくり返って、そのまま気を失った。
「小山はん!」
不良達を全て叩きのめしたついなは、草むらに転がされているよしのの側へ駆け寄った。きつく結ばれた荒縄を解き、猿轡を外す。幸い大きな怪我は無さそうだ。
「う…ん」
よしのが目を覚ました。ついなが必死に呼びかける。
「小山はん、大丈夫?しっかり!立てる?」
「…如月さん?」
よしのがついなの顔を見て目を丸くする。
「助けに来たんよ。安心して、悪い奴等はみんなウチがやっつけたから。竹林寺はんが待っとるよ。一緒に帰ろう?」
***************
同時刻。
若冲達が不安気に待つ学校の屋上に、ふたりの人影があった。
ひとりは、橙色の着物を着た銀髪の少女…斎鬼。
もうひとりは、黒装束に身を包んだ背の高い美青年…国津神・皆月雪人。
斎鬼は、望遠鏡で倉庫街の方向を睨みすかしていた。
「…恐ろしい強さです、主神様」
「ほう」
「"借り物"の力により膂力を増しているとは言え、あの強さ、只事ではありません。不良の群れを、半刻足らずで全員戦闘不能にしてしまいました」
「流石はついなさん。…でも、まだ終わっては居ないようですよ」
「?」
「喜志森佳史とか言いましたか、あの不良達の頭目。彼がもうじき目を覚ますようです」
「何ですって」
斎鬼が目を見張る、然し雪人は意外な位に落ち着いていた。
「…あの者には少しきつめの灸を据える必要がありそうですね。久々にあの技を使う事にしましょうか」
「主神様…!あの技を用いて、ついな殿や人質に若しもの事があったら」
「加減はします。勿論、ついなさんや小山さんには傷ひとつつけません」
***************
がさり
乾いた音がしてついなとよしのは振り返った。見ると、佳史が木刀を杖に、ぜぇぜぇと肩で息をしながら立ち上がるところだった。
「このガキゃあ…」
佳史は憎々しげにそう言うと、木刀を握り締めてグイと捻った。カチンと乾いた音がして、木刀の刀身がするりと外れて鋼鉄製の刃が顕わになった。仕込み杖だったのだ。
「…もう許さねぇ!まとめてブッ殺してやる!」
そう叫ぶと、佳史は仕込み杖を振り上げてついなに襲いかかった。
ついなの脳裏に、神鳴りのように何かが煌めいた。
そして。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?