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【小説】One day in spring【ついなちゃん二次創作】

神奈川県・厚柿あつがき市。

住宅街の一角、白い壁も眩しい一軒家。
そのリヴィングでは、一軒家に住まう家族とその旧友が、差し向かいでソファに座り談笑していた。

「何年振りやろね、こうしてお茶しながら会話するの」
穏やかに微笑みながらルイボスティーをティーカップに注ぐのは、腰まで伸ばした真珠色の髪をうなじ辺りでシュシュで縛り、清潔そうな白いYシャツにジーンズを身に着けた琥珀色の瞳の淑女…渡部わたなべついな。旧姓・如月きさらぎ

「ついなちゃんは、学生の頃のシャキシャキした雰囲気が影を潜めてすっかり大人のレディになったね」
ついなからティーカップが乗ったソーサーを受け取りながら、肩まで伸ばした艷やかな黒髪に赤いフレームの眼鏡が映える、パステルカラーのワンピース姿の淑女…ついなの旧友、高遠咲たかとお さきが答える。

「学生の頃は対峙した不良が泣いて逃げ出す程の武闘派だったのに…変われば変わるもんだな」
ぶっきらぼうに咲の隣で呟くのは、頬に十字傷が走り、中背・細身ながらがっしりとした雰囲気の、精悍な顔つきの青年。動きやすそうなデニムの上下が良く似合う。
彼の名は小林小太郎こばやし こたろう。元厚柿市長・小林悟志こばやし さとしのひとり息子で、咲の幼馴染兼恋人である。
「ウチかていつまでも武闘派やっとる訳にはいかんからね。況してや今は…」
そこまで言ってからついなは言葉を切り、自分の隣りにいる麦藁色の髪をした紳士を振り返った。カジュアルなスラックスとシックなYシャツが良く似合う。その腕には、ついなをそのまま幼くしたような赤ん坊が、泣きもせずにおとなしく抱かれて居た。
「ウチもママになったからね。ママが武闘派やったら子供が可哀想やろ」
そんな台詞と共に、ついなが白い歯を見せて笑う。

麦藁色の髪の紳士の名は渡部悠弦わたなべ ゆづる、ついなの伴侶だ。
そして抱かれている赤ん坊の名はゆい。悠弦とついなの間に生まれたひとり娘である。
【唯】と言う名はついなが考えたもので、悠弦と自分の間に授かったたったひとつの掛け替えの無い宝物…と言う意味合いを込めてつけられた。

「お母さんに似てかわいいね。将来はきっと美人さんになるよ」
咲がそう言って手を延べ、唯の頭を撫でると、唯は嬉しそうに声を出して笑った。
「随分肝の据わった子だな」
小太郎が目を丸くする。悠弦は可笑しそうに少しだけ笑って、ポツリと言った。
「きっと、肝の太さも母譲りなんでしょう」
「ちょっと、ダーリン!」
ついなが顔を赤らめ、それに対して更に小太郎から突っ込みが入った。
「何だついな、お前、悠弦さんの事を【ダーリン】って呼ぶのか。案外しおらしいところがあるんだな」
「あー、煩い煩い!」
ついなが慌てて打ち消す、その大声に驚いたのか、唯が「ふぇぇ…」と泣き出した。
「はわわわ…ごめんやで、唯」
「大丈夫、慌てなくても。…ほらよしよし、ビックリしたね」
悠弦が手慣れた様子で唯をあやすと、唯は直ぐに泣き止んでおとなしくなった。
「随分手慣れてらっしゃるんですね」
咲が、悠弦の手慣れたあやし振りに感心したように言うと、悠弦は答えた。
「妻が妊娠して出産した際、職場が長期の産休を取らせてくれたんです。その折、子供のあやし方なども教わりまして…育児は夫婦共同で行う時代だ、と言う訳で」

「ところで話は変わるけれども」
ついなが話題を変える。
「コタローと咲、結婚するんやろ?結婚式しきはいつ挙げるん?」

実は本日の渡部家訪問前、小太郎と咲は婚約した。

幼稚園の頃からの腐れ縁だったふたりは、小学生の時も中学生の時も常に一緒だった。そして咲の方が中学生の頃から小太郎を意識するようになり、小太郎はまた小太郎でそんな咲を大事に思うようになって…そして、今日に至る。

「そうさなぁ…近々台湾で発掘調査があって出掛けなきゃならんから、その調査が終わってからになるな」
小太郎が頭を掻いた。
大学を卒業してから、小太郎は考古学の道へと進んだ。
咲が幼少の頃から、幽世かくりよに関する書籍を好んで読んでいた影響もある。
また厚柿市自体、古い遺跡や伝承が残されている、ある意味幽世に近い街でもあった。聞けば小太郎は中学生の折、新聞部の部長として不思議な出来事を追いスクープにしようと懸命になっていたと言う。そんな小太郎が考古学の道に進むのは、ある意味必然だったのかも知れない。

「コタローが考古学の道に…ねぇ。学生の時には思いもよらなんだわ。なぁ、咲」
「私もちょっとだけ意外に思ってるんだよ。私、小太郎君はてっきりお父様の跡を継いで市政の道に進むとばかり思ってたから」
「親父が世襲制を嫌がったんだよ」
ルイボスティーをひと口含み、アーモンドチョコを口の中に放り込んだ後で、小太郎は咲の言葉にそう答えた。
「親父の後は別の若手議員が衣鉢を次ぐ事になった。俺が市政に名乗り出るよりは安泰だろ」
「コタローのパパさん、良い市長さんやったからねぇ。次の市長さんにも期待大や」

ついなはそこまで言うと、ティーポットを手に立ち上がった。

「お茶がぅなったね。お代わりを淹れてくるわ。…それとも咲、コタロー。次に飲むのは別な飲み物が良ぇかな?例えばコーヒーとか」
「そう言えばついなちゃん、コーヒーに凄い拘りがあるんだってね。私、飲んでみたいな」
咲が弾んだ声で答えた。小太郎が続く。
「俺もコーヒーにするかな」
「判った。…ダーリンはどうする?」
「それじゃ、僕もコーヒーにして貰おうかな」
「OK、直ぐに淹れるね」

ついなは空になったティーポットを手にすると、鼻歌を唄いながら台所へ入って行く。
そのついなの、うなじ辺りで縛られた真珠色の長髪が、春の日差しを反射してキラキラと輝いた。

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