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【小説】祝言【ついなちゃん二次創作】

此処は、絶海の孤島・小蓬莱島しょうほうらいとう
元人間の精霊、龍熊子貊りゅうゆうし ばくが身を置く常春の楽園で、様々な神格や精霊の通り道に当たる場所である。

浜辺に設えた四阿あずまやのハンモックに揺られ、だらしなく口を半開きにしたまま高鼾で惰眠を貪る貊の傍に、ひとりの少女が近づいた。
赤と黒と橙色の和洋折衷の戦装束に身を固め、頭には四ツ目の鬼神面。高下駄を履き手には矛を握っている。磨かれたぎょくのように白い肌に真珠色の見事な長髪、琥珀色のを持つ美少女だ。

テーブルの上の忘れな盆の中で、ことりと何かが動いた。
それは、ジャンガリアンハムスター程のサイズの小さなパンダのぬいぐるみだった。パンダのぬいぐるみはよちよちとテーブルの上を歩き、少女を見上げた。
「ついなおねえちゃん いらっしゃい。ちょっとまっててね。いま おじちゃんを おこすから」
「おおきにね。モネちゃん」
少女…若き辟邪の神格、方相氏・追儺ほうそうし ついなは、テーブルの上のパンダのぬいぐるみ…モネに向かって微笑んだ。

「おじちゃん おきて!ついなおねえちゃんが あそびに きたよ」
モネが大声を張り上げたので、寝ていた貊は驚いてガバとハンモックから飛び起きた。
「どうしたモネ、何があった」
「おはよう、テクパンはん」
甚だ余談だが、"テクパン"とは貊が生前に用いていたハンドルネームである。
突然の思わぬ来訪者に狼狽える貊に向かい、追儺が微笑む。貊は酷く驚愕した。
「追儺さん。どうして此処へ」
「テクパンはんに手紙を持って来たんよ。読んで欲しいな」
そう言って追儺は懐から一通のふみを取り出した。貊が受け取って検める。中には墨痕鮮やかに、達者な筆文字でこう書かれてあった。

拝啓

時下清祥の折 龍熊子殿に置かれては
益々楽園の維持に尽力の事と喜び申し上げ候

この度 我が子孫 追儺の式神たる
前鬼ぜんき後鬼ごき
祝言をあげる運びとなり
龍熊子殿にも寿ぎを賜りたく文をしたため候

願わくば祝言の儀への参列を
前向きに検討頂きたく候

                  天狗

「まさか…この文は…」
「ウチの御先祖様が書いたんよ」
追儺の先祖…鬼一法眼きいちほうげんは、平安時代の異能者・剣豪であり、死後カミとして祀られるに至ったおとこである。下界では【鞍馬天狗くらまてんぐ】と言う大天狗と同一視されている(手紙の署名の【天狗】もそれに因むものだ)。
そしてその子孫である追儺も、今は鬼一法眼と共にカミとして破邪遍歴に勤しむ日々を過ごしている。

前鬼と後鬼はその追儺の式神たる鬼神の夫婦だ。
赤い髪と浅黒い肌を持つ身の丈七尺の美丈夫が夫の前鬼、青い髪と白い肌、豊満な肢体を持つ目も醒めるような美女が妻の後鬼だ。
聞くところに依るとふたりの出逢いは奈良時代辺りまで遡るらしく、以来、ずっとふたりは離れる事無く今日こんにちまで連れ添って来た。そんなふたりが今更祝言とは何事だろう…と疑問符を浮かべた貊に、追儺は白い歯を見せてにかっと微笑んだ。
「こないだな、前鬼と後鬼が下界の偵察に出向いた時に、丁度良ぅ(?)結婚式をあげとる光景に出くわしたんやて。それで前鬼の方が『儂等、連れ添ってから千歳ちとせの月日が流れておるが、一度も固めの盃すら交わしておらなんだな。ひとつ儂等も…』と後鬼に提案したんやて。前鬼の奴、バンカラで朴念仁だとばかり思うて居たけど、案外そう言うとこに気の回る男やったんやねぇ」
貊は追儺に釣られて少しだけ笑った。
「…とにかく、目出度い事です。鬼一法眼様には『出席する』とお伝えください」
「話が早くて助かるわぁ。ほなら、開催日は三日後の六月六日。場所は厚柿市あつがきし近隣の神域に建つ【御剣神宮みつるぎじんぐう】ね!待ってるね」
追儺は、うきうきした様子で島を後にした。

それから三日後。

貊は沐浴して身を清め、いつもより少しだけめかし込んで、モネと共に厚柿市へと向かった。人間の身から精霊に変わって幾星霜、凡人なら徒歩かちでなければならぬ場所へも一時間いっときまである。

御剣神宮では、既に同神社の祭神である貊の旧友にして国津神、弥那津鬼雪人尊みなつきゆきひとのみことが待っていた。立派な神官姿が凛々しい。
「お久し振りです、雪人さん」
「お待ちしておりましたよ、龍熊子さん。さぁ、どうぞこちらに」

雪人にいざなわれて社内に至った貊は、前鬼と後鬼の服装を見て酷く驚いた。
前鬼はタキシード、後鬼は胸元が大胆に開いた純白のウェディングドレスを身に着けていたのである。ふたりの顔には穏やかな笑みが湛えられ、見るからに幸せそうな事が貊にも感じられた。

奥には、紋付袴を身に着けた鬼一法眼と、和服姿の追儺の姿があった。
「…何や知らん、ウチや御先祖様は和装なのに、どうして前鬼と後鬼はあんなにハイカラな服装なんやろ」
追儺がぽつりと呟く、それに対し鬼一法眼は笑った。
「下界で見た婚礼の儀で、花嫁花婿が身に着けていたのが洋装だったとの事だ。余程気に入ったのだろう。然し、良く似合っている」

「仕える主君…方相氏・追儺と、その父祖…鬼一法眼の名に掛けて、ふたりは終生添い遂げる事を誓いますか」
「誓います」
雪人の言葉に対し前鬼と後鬼が答える。貊は、後鬼の目にうっすら涙が浮かんでいるのに気がついた。きっと嬉し涙なのだろう、と貊は思った。

誓いの儀が終わり、三三九度の盃も終わった後で、前鬼はいつになく真面目な表情になり、傍に居た後鬼をそのかいなでしっかと抱きしめた。
「きゃっ」
後鬼が慌てる。前鬼は真面目なままの顔で、じっと後鬼を見つめて呟いた。
「…これからも、儂等はずっと一緒じゃ。宜しく頼む」
「…此方こそ」
後鬼は前鬼の腕の中で、ほんのり頬を染めて頷いた。

(良い結婚式しきに立ち会えたな)
貊が目を細める、その袖を追儺が引いた。
「テクパンはん」
「ん?どうされました?」
貊が振り向くと、追儺は虚ろな目でこう宣った。

「前鬼と後鬼がラブラブしてるのを見てたら、ウチ、何だか濃い目のブラックコーヒーが飲みとうなったわ…」

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