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【小説】さよなら、だけどさよならじゃない【ついなちゃんのスクールライフ】

事件が終わってのち、ついなの学生生活は、何事も無く過ぎて行った。

そして…いよいよ最後の登校日と言う日。

キーンコーンカーンコーン…。

始業を告げるチャイムが鳴ると同時に、2年B組担任の徳島和親が静かに教室に入って来た。

「おはよう、皆の衆」

和親が朝の挨拶をする。そして教室を見渡すと、俯きがちに視線を臥せているついなに声をかけた。

「ついなちゃん、前へ」

かたっ

ついなが席を立つ。そのまま静かに教壇まで歩を進める。和親の隣に並ぶ。その顔には微かに憂いの色が見えた。

「今日までの間の約一ヶ月、みんなと共に学園生活を送ったついなちゃんだが…残念ながら、今日が最後の登校日となった。短い間だったが、みんながついなちゃんと友好的に関係を持てた事を担任として誇りたい。…では最後についなちゃん、何かひと言」

ついなは顔を上げると、細い声で挨拶した。

「短い間でしたけど、ウチと仲良ぅしてくれて、本当にありがとうございました。事情があって一ヶ月間と言う短い間でしたが、みんなが暖かく接してくれて、今日までやって来れた思います…この学校を離れても、みんなの事は忘れません」

「ついなちゃん!」

美奈が自席から飛び出して、ついなにガバッと抱きついた。

「……嫌だ!ついなちゃんと今日でお別れだなんて…、アタシ…耐えられないよ!」

美奈はそう言うと人目を憚らず号泣した。
同時に、教室のそこかしこから女子生徒達のすすり泣きの声が聞こえて来た。

「…美奈」

和親が美奈に声をかけた。平静を装ってはいるが、その顔つきは悲しげだった。
「気持ちは判るが、そんな事を言ってついなちゃんを困らせちゃダメだぜ」
美奈は担任教師の諌めの言葉も耳に入らないのか、ついなに抱きついたままさめざめと泣き続けた。
ついなは、そんな美奈の背中を優しく撫でながら言った。

「おおきに、美奈ちゃん。ウチとの別離わかれにそないに泣いてくれたんは、美奈ちゃんが初めてや。嬉しいよ」
そう呟くついなの目にも、涙の粒が光る。

一時限目の授業の為にやって来た年配の男性教師が、そんな『お別れモード』な教室の様子を見て驚いた。

「あ、申し訳ありません」
そう言って教室を出ようとした和親に、男性教師が優しく声をかける。
「…本日の一時限目は自習と言う事に致しましょう。校長には私から事情を説明します」
和親が恐縮して「宜しくお願いします」と頭を下げると、男性教師はそっと2年B組を後にした。

この後、ついなと2年B組の生徒が泣き止むに到るまで、更に10分程の時間を要する事になる。

***************

涙の後の二時限以降の授業は、やっぱり何処と無く湿っぽかった。

そして、帰りの時刻。

ついなは、校長室に行って慶子に挨拶を済ませ、職員室へ行って居合わせた教師に頭を下げ、学生食堂のおばちゃん達に声をかけて、教室へ戻って来た。

教室には美奈、小奈海、弘子、うさぎが待っていた。
「みんな、部活は?」
ついなが目を丸くする。それに対し、弘子が口火を切った。
「今日は各々担当の先生に許可を頂いて、部活はお休みを頂きましたの。ついなさんに、どうしてもお渡ししたいモノが御座いまして…」
弘子の言葉が終わると同時に、うさぎと美奈が隠し持っていた何かをついなの目の前に取り出した。
「じゃーん!」
ふたりが掛け声と共に取り出したのは、かなり大きなテッポウユリのブーケだった。
「クラスのみんなでお金を出し合って、昼休みにこっそり買ってきたんだよ!」
美奈が一際声を上ずらせてそう言った。
「これを…ウチの為に?」
「うん!」
ついなの問いに、美奈が頷く。後から小奈海が続いた。
「一ヶ月間の短い間だったけど、お疲れ様。次のステージに行っても、そのままの元気でかわいいついなちゃんで居てね」
「おおきに」
ついながブーケを受け取りながら微笑むと、美奈がついなの手を両手で包んだ。

「…アタシ達、離れてもずっと友達だよ。だから……さよならだけど、さよならじゃない」

ついなは一瞬だけ驚いた様子だったが、直ぐに笑顔になると、力強く頷いた。

「せやな。ウチと美奈ちゃん、小奈海ちゃん、弘子ちゃん、うさぎちゃんとの友情は永遠……そう、Everlastingや!」

「あ、そうそう」
弘子が、何処からかA4サイズの封筒を取り出した。
「竹林寺先輩からこれをお預かりしましたわ。良かったら受け取って欲しい…との事です」
ついなは両手の荷物を一度机に置くと、封筒を受け取って中をあらためた。
中には、鉛筆画による細密なついなのポートレートが入っていて、若冲のモノと思われる判が捺してあった。添えられた手紙には、こう書かれてあった。

『新しいステージに立つ如月さんに
 不変の友情と尽きぬ感謝を込めて
             竹林寺若冲
             小山よしの』

「竹林寺はん…ウチの為にこれを描いてくれたの?」
ついなが溜息を漏らす。弘子はにこにこしながら言った。
「普段はあまり人物画はお描きにならないそうですが、珍しく筆が乗ったとのお話でしたわ」
ついなは、初めて美術教室で若冲と出逢った時の事や、日曜日毎によしのと共に夕食を作りに来てくれた彼の優しさを思い出し、改めて心が暖まるのを感じていた。

****************

そして、美奈達の見送りを受けて、ついなは校門前まで出た。

「あんまり泣くとついなちゃんに悪いから、今は笑顔で見送るね。ついなちゃん、元気でね。また何処かで逢えたら、一緒にお茶しようね!」
美奈がそう言って手を振った。
弘子が、小奈海が、うさぎが、続いて手を振った。
「うん!約束する!」
ついなも手を振る。

ふと、ついなが見上げると、校庭に面した窓に慶子の姿が見えた。慶子は、校門前についなの姿を見つけると、静かに手を振った。
ついなは慶子に向かって深々と頭を下げると、尚も手を振り続ける美奈達を振り返り振り返り、校門を潜って校外へ出た。

校門から少し離れた場所に、雪人と斎鬼が待っていた。
「雪人はん!斎鬼ちゃん!」
「学業お疲れ様でした。迎えにあがりましたよ」
驚くついなに、雪人が穏やかに微笑む。
「…友人達との別れの挨拶は済んだかや?」
斎鬼の言葉に、ついなはこくんと首を縦に振った。

「それじゃ、一緒に帰りましょうか…厚柿市へ。鶴賀家の皆さんも、ついなさんの帰宅を心待ちにしていますよ」
「…うん!」

ついなは力強く頷くと、雪人と斎鬼の傍へまっしぐらに駆けていった。

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