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【小説】ついな、怒る【ついなちゃんのスクールライフ】

ついながスクールライフを始めて3週間が過ぎた、ある夕方。

若冲が部活動を終えるのを、校門の側で待っているよしのに、すっと近づいたふたつの影があった。

「?」

怪訝そうな顔つきをしてよしのが振り向く。と、そのふたつの人影はいきなり各々の懐に手をやり、中から大きめのハンカチと手錠を取り出した。
異常を察したよしのが逃げようとする間もなく、ふたつの人影はよしのの手を乱暴に掴んで後ろ手に手錠をかけ、ハンカチで口に猿轡を噛ませた。

「…!」

声も出せずに藻掻くよしのの鳩尾に鉄拳が叩き込まれる。よしのはなすすべも無く気を失った。
ふたつの人影は口元に下卑た笑いを浮かべると、ぐったりしたよしのを抱えて何処ともなく姿を消した。

後には、よしのの顔から落ちた眼鏡だけが残された。

入れ替わりに、さっきの二人とは別の人影が姿を現した。ところどころ濃いピンク色に染めた黒髪をシニヨンにした、可憐ではあるが意地の悪そうな顔をした少女だ。少女はよしのの眼鏡を拾うと、これまた下卑た笑いをニタニタと口元に浮かべ、「良い事を思いついたわ」と独りごちた。

「この眼鏡を、手紙と一緒にあの若白髪の下駄箱に入れて置けば、あのガリ勉のチンチクリンが私達の手に落ちた事を示す、何よりの証左になるわね」

それから30分位後。

ついなが、各々部活動を終えた弘子や美奈と落ち合い、まだ部活動を続けているうさぎや小奈海を待ちながら談笑しているところへ、顔面蒼白になった若冲が酷くふらついた足取りでやって来た。
「あ、竹林寺先輩。お疲れ様です」
弘子が声をそう声をかけ、若冲の顔色を見て心配そうな表情を浮かべた。
「顔色が優れませんわ。それに何だか足取りも覚束無い様子…何かおありでしたか?」

若冲は覇気の無い淀んだ目つきで弘子達を振り返ったが、ひと言ポツリと呟いた。

「大変な事になった…小山さんが拐かされたみたいだ。僕の下駄箱にこれが入ってた。小山さんの眼鏡と一緒に」

そう言うと若冲は、手にしていた紙を弘子達の前に差し出した。ついなが受け取ってその紙を広げて見ると、その紙には乱暴で粗雑な筆運びの文字でこんな文章が書かれてあった。

『お前の彼女は預かった
 彼女の身柄を返して欲しくば、
 学校の近くにある、
 商店街の外れの貸倉庫までひとりで来い

 退学に追い込まれた恨み、
 今こそ晴らしてやる
 覚悟しろ        佳史』

「何やこれ!」

ついなが怒気も顕わに叫んだので、若冲も弘子も美奈も一斉に驚いた。
「…ごめんなさい、驚かしてしもて」
慌ててついなが謝罪する。
「いや、大丈夫だよ」
若冲が、半ば宥めるようについなに声をかけた。ついなはもう一度手紙に目を通すと、不安げな顔で自分を見つめる若冲に質問した。

「竹林寺はん、この『佳史 』って名前に、何か心当たりは?」
「あるよ、思いっきり」
若冲は死んだ魚のような目をしたまま、虚空を仰いだ。

「去年の学園祭の時かな。僕の描いた作品をカッターナイフでズタズタに切り刻んだ挙句、帰宅途中の僕を待ち伏せしてリンチを仕掛け、僕の指を残らず斬り落とそうとした不良グループが居たんだ。結局未遂に終わって、不良グループの面々は退学または無期限停学になって学校から放逐されたけどね。その不良グループのリーダーが佳史って名前だった。フルネームは…貴志森佳史きしもり よしふみ
「すると、犯人は…」
「間違いない。その不良グループだろうね。退学に追い込まれた腹いせに、小山さんの事を誘拐したんだと思う」

若冲の述懐を聞きながら、ふとついなの顔を見た弘子は驚いた。
ついなの顔つきが別人のように…そう、まるで夜叉か般若のように険しくなっていたからだ。

「するに事欠いて小山はんを手にかけるなんて…許せへん!」

その瞬間。

ついなの脳裏にさっと横切った情景があった。

古びたコンテナが幾つも積まれた街外れの一角。その物陰に、猿轡を噛まされ、縛り上げられたよしのがぐったりと横たわっている。
よしのの側には、若冲と年格好が同じ位の、人相の悪い少年が三人と少女がひとり。リーダー格と思しき少年は頭をスポーツ刈りにし、銀縁の眼鏡をかけ、屈強な体格をしている。残る二人の少年の容姿は、そのリーダー格の少年よりもかなり華奢で、ひとりは銀色を帯びた灰色の髪、もうひとりは明る目の茶髪。銀髪の少年は、刃渡り30センチはありそうなナイフを手にしている。少女の容姿は、ところどころピンク色に染められた黒髪をシニヨンにまとめ、可憐ではあるが底意地の悪そうな顔つき、と言った感じだ。

同時に、ついなの耳にだけ、細い声でこう言うのが聞こえた。

(…場所は商店街を抜けた倉庫群や。その倉庫の中でも一番大きな倉庫の影によしのちゃんは囚われとる。助けに行っちゃりぃ。ウチが力を貸すさかい)

そこで、情景は途絶えた。

(今のヴィジョンは…!)

我に返ったついなは悟った。あの情景の中に居た不良達こそ、若冲をリンチし、よしのを攫った輩に違いない、と。

ついなは顔を上げ、若冲に向かってきっぱりと言った。
「竹林寺はん…この件、ウチに任せて貰えんやろか」
「えっ!?」
若冲も弘子達も呆気にとられてしまった。
「いや、幾ら何でも、如月さんを危険な目に遭わす訳にいかないよ」
「せやかて、竹林寺はんが行ったら向こうの思うツボやで?今度は指だけじゃ済まんかも知れへん。大丈夫、腕に覚えがあっての事やから」

そう言いながら、ついなはその辺をキョロキョロと見回した。武器になりそうなモノが無いかと思ったのだ。
…と、ついなの視界に、用務員の老人が長さ120センチ程の木の棒を持って歩いて居るのが見えた。ついなはすかさず声をかけた。

「すいませーん!その棒、何かに使う奴ですか?」
「ん?いや、これはモップの柄だったんだが、金具が壊れて取れてしまったんだ。新しいモップが届いたんで、これから処分するところだよ」
「そやったら、その棒、ウチに貸して下さい!理由は後で話します」
「別に構わないが…何に使うんだね?こんな棒を」
用務員の老人は怪訝な顔をしつつも、ついなに棒を手渡した。

「竹林寺はんとみんなは此処で待ってて。何やったら先生や警察に報せてくれてもえぇから。ほな、行ってくる!」

ついなはカバンを美奈に預け、棒を片手に商店街へ向かって恐ろしい位のスピードで駆け出した。

ついなは駆けた。
ガムシャラに駆けた。
夕暮れの商店街の大通りを、息も荒々しく。

すれ違う街の人々は、片手に棒を握り締めた女子高生が一心不乱に走る姿を見て、皆一様に怪訝な顔をしたが、ついなは周囲の視線等全く気にしていなかった。

やがて、通りに人影も疎らになり、辺りは急に、古びた倉庫が軒を連ねる殺風景な様相に変わる。

(此処が、例の倉庫街やな)

ついなは立ち止まり、周囲を見渡す。脳裏によぎった見覚えのある倉庫が、遥か遠くに見えた。

(待っとれ、チンピラども。今にウチが行って、足腰が立たん位ボコボコにしたるからな)

ついなは、再び駆け出した。

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