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【小説】蜂蜜【ついなちゃん二次創作】

とある神域。
社務所に掛かる看板に、墨痕鮮やかに【楠木神社くすのきじんじゃ】と記された古い神社のかたわらに、見上げる程大きな一本の広葉樹が立っている。
密に茂る若葉を縫うように咲く、鈴のように可憐な白い花が美しい。時折、そよ風が花を揺する度にかすかな鈴のような澄んだが響く。

その大樹の傍で、腰掛けに座って何かを美味しそうに頬張る、14歳位の少女の姿があった。
長い翠色の髪をシニヨンにし、余った髪を後ろに靡かせ、瞳は青空を切り取ったように輝いている。身に着けている服は、髪と同じく翠色をした袴と白く清潔そうな千早と言う巫女装束、足には足袋を着け厚みの無いぽっくり下駄を履いている。

その少女こそは、大樹…樹齢300年の神木【すずの木】の精霊、鈴乃すずのだった。
普段は神域や本体であるすずの木を護る為に滅多に外に出ない鈴乃が、今日は珍しく木の外に顕現している。

鈴乃の手には素焼きの小さな皿と、竹を削って作られた匙が握られていた。そして…皿に盛られているのは、とろりと金色に輝く食べ物。
蜂蜜である。それも搾られて居らず、蜂の巣の形状を保ったままの。

「ツッチー!」
森の中から、丸い毛玉のようなものがポンポンとゴム毬のように跳ねながら鈴乃に近づいて来た。頭に草を編んで作った小さな籠を乗せている。
黒みがかった長い毛を生やし、つぶらな瞳を光らせた、テニスボール程の大きさの毛玉である。毛玉は頭上の草籠を降ろすと、ぴょんぴょん元気に飛び跳ねた。

「おかえり、ツチコロビちゃん」
鈴乃はにっこり笑って、丸い毛玉…日本の妖怪のひとつ【土転ツチコロビ】…を掌に乗せる。
このツチコロビ、すずの木と楠木神社を内包する広大な森の住民のひとりであり、鈴乃の友人(?)でもある。
「ツッチー!ツッチー!」
ツチコロビが元気良く叫ぶ。
鈴乃がふと、ツチコロビが先程まで頭に乗せていた草籠に目を落とすと、中には蜂蜜をふんだんに含んだ蜜蜂の巣が、掌にふた掴み分位詰められていた。
「ツッチー!」
「わぁ、お代わりを持って来てくれたですか。嬉しいのです」
蜂蜜は鈴乃の大好物だ。それも店で売られているような量販品では無く、神域に住まう蜜蜂達が花の蜜を集め、精製した蜂蜜を取り分け彼女は好む。店で買えば決して安からぬ値がつく純度の高い品だ。
鈴乃は草籠の中の蜜蜂の巣を丁寧に手に取ると、素焼きの小皿にそれを盛り、竹製の匙で掬って口に入れた。
「優しい甘さ…口の中が幸せなのです」
満面の笑顔の後で、鈴乃は傍で自分を見上げるツチコロビに視線を落とす。束の間黙ったまま鈴乃はツチコロビを見つめて居たが、やがて何かを思い出したらしく、腰に差してあった神楽鈴を取り出した。それを一振りする。

しゃーん

金属質な澄んだ音が響き、神楽鈴は忽ち一本の小刀に変わった。
鈴乃は立ち上がり、目の前のすずの木の枝を一本サクッと切り取り、素早く小刀で削り出した。

あっと言う間に木の匙が一本出来上がる。

鈴乃は、その削りたてほやほやの木の匙で蜜蜂の巣をひと掬いすると、ツチコロビの傍にそっと差し出した。
「ツチコロビちゃんに御駄賃です」
そう言って鈴乃は微笑む。ツチコロビは暫く大きな瞳を見開いて鈴乃の顔を見つめて居たが、やがて匙に盛られた蜜蜂の巣をひと口、齧り取って嚥下した。

「ツッチー!」
「おいしかったですか。それは何よりなのです」

春の日差しが燦々と降り注ぐ中、鈴乃とツチコロビの至福の時間ときは続く。

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鈴乃さんの誕生日祝いに一筆書きました(お届けが遅くなり恐縮です)。
尚、ツチコロビちゃんはついなちゃんクラスタのおひとりである目目連さんの考案によるキャラクターです(目目連さんは、ついなちゃんのボイロクリーチャー"ぺったんもめん"ちゃんの生みの親でもあります)。

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