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【小説】逆幽霊部員【ついなちゃん二次創作】

「くぁあ」


小林小太郎こばやし こたろうは、欠伸をしながら新聞部の部室に向かって歩いていた。

近頃はスクープに繋がるような大きな事件も起きておらず、校内新聞に掲載する記事も当たり障りの無い内容のものばかりだ。平和な事は決して悪い兆候では無いが、小太郎は少しばかり退屈さを覚えていた。

(コーヒーでも飲むかな)

小太郎は、校舎の出入り口付近にあるフリースペースに歩みを進める。昼休みともなると、このフリースペースには外部の弁当屋が惣菜パンや焼きそば等を売りに訪れ、それはもう激しい惣菜パンの奪い合いが毎度のように繰り広げられるのだが、放課後の今はひっそりと静まり返っている。

そのフリースペースにある自動販売機の傍で、スポーツドリンクをラッパ飲みする背の高い少年が居た。髪は短めで凛々しい顔つきをしている。バスケットボールの選手が着用するユニフォームを身に着けているところを鑑みるに、部活途中の水分補給なのだろう。

「おう、司輝しきじゃねぇか」

小太郎が声を掛けると、背の高い少年…小太郎の親友・日折司輝ひおり しきはボトルから口を離して小太郎の顔を見た。

「コタローじゃねぇか。何だ、今日も新聞の取材か?」
「いや、今日は取材は無しだ。此処暫く厚柿市あつがきしは平和そのものだしな。今日は部室の整理をしたら早々に帰る事にするよ。…司輝は鍛錬に余念が無さそうだな」
「夏季大会が近いからな」
そう言うと司輝は、首にかけたタオルで額の汗を拭った。
「…夏季大会が終わったら、また何処かに遊びに行こうぜ。それこそ夏季大会で優勝とかだったら、その祝いも兼ねてパアッとさ」
「良いなそれ」
小太郎の言葉に、司輝が笑って拳を握って差し出す。小太郎は同じく拳を握ると、司輝の拳にこつんと合わせた。
「それじゃ、練習頑張れよ」
「おう」

司輝と別れ、コーヒーを買って飲んだ後、新聞部の部室に至った小太郎は、新聞部の部室の雰囲気がいつもと違う事に気がついた。いつもは新聞部の唯一の部員にして小太郎の幼馴染・高遠咲たかとお さきと、厚柿市に蟠るあやかしと闘っていると自称する押しかけ部員・えんのついな以外は居ない筈の部室から、賑やかな話し声がする。

小太郎は一瞬怪訝に思ったが、あまり深く考えずに部室の扉を開いた。

「ようコタロー、遅かったじゃないか」

小太郎の視界に映ったのは、普段なら新聞部の部室には居ない筈の小太郎の友人達の姿だった。新聞部の部室の真ん中にある大きなテーブルに紙コップとケーキを並べて即席の茶会の真っ最中である。

「見てみて、コタローちゃん。広葉ひろは君がスフレチーズケーキの差し入れを持って来てくれたんだよ」

サクランボのような髪飾りで控え目なツインテールを結んだ眼鏡の少女…高遠咲が、紙皿に乗せられたスフレチーズケーキを持って喜色満面で小太郎の前に進み出た。

「…このスフレチーズケーキ、とってもおいしいのですわ〜。流石は広葉君、見る目が確かなのですわ」
テーブルでスフレチーズケーキに舌鼓を打つのは、ついなの同級生で、厚柿市でもそこそこ知られた良家の子女…風花かざはなゆき。
「紅茶と言うお茶、初めて飲んだですが、薫りが良いのです」
紙コップに淹れられた紅茶を堪能しながらそう言って目を細めるのは、緑色の髪をシニヨンにした和装の少女。神木【すずの木】の精霊・鈴乃すずのである。

「コタロー、いつまでぼんやり立ってるのさ?早くこっち来て一緒にケーキ食べようぜ」
にこにこしながらそう言うのは、黒髪と湧水のような瞳を持つ少年。稀代の陰陽師・安倍晴明あべのせいめいの末裔、安倍広葉あべ ひろは

暫くの間、呆気にとられて言葉も無かった小太郎だが、やっと事態を把握した。広葉がケーキを手土産に、ゆきと鈴乃を連れて遊びに来たものらしい。

「…何処から突っ込んだら良いか、キリが無いから置いておくが…これだけは確認させてくれ、広葉」
「何?」
「そのスフレチーズケーキ、まさかお前の手作りじゃないよな?」
「ううん、学校の近くのケーキ屋さんで買ってきた。安かったからさ」
「それはそれでどうかと思うんだが」
「因みに紅茶は私が準備しましたわ」
何故か、ゆきが誇らしげにつけ加えた。

「全く、この【逆幽霊部員】達は…」

小太郎はそう言ってこめかみに手をやる。そんな小太郎の背中を、咲が押した。
「コタローちゃん、いつまでもおっかない顔してないで、一緒にケーキ食べよう?」

そもそも厚柿中学の学生じゃない鈴乃が何故この場に居るのか…等、他にも聞きたい事があった小太郎だったが、咲が背中を押して茶会への参加を促すので全てどうでも良くなってしまった。小太郎は観念して椅子に腰を下ろし、改めて周囲を見回した。

「…ついなは?」
「ついなセンパイならバトロールに行ったよ。あ、ケーキは食べてった」
小太郎の問いに広葉が答える。小太郎は、ゆきが淹れた紅茶を手に取ると、ぽつりとこう言った。

「ケーキ、ひとつキープして置いて貰えないか?…司輝の分にさ。あいつ、夏季大会に向けて練習の真っ最中で、今日の茶会に参加出来ないからさ」

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こちらの作品は、安倍広葉クンのcvを務める樋口陽子様のイラスト作品からアイディアを膨らませました。
樋口さん、この度はイメージの拝借にご快諾いただき、ありがとうございました。

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