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【小説】開陽丸【ついなちゃん二次創作】

…それは、何処かの次元軸にある神奈川県・厚柿市あつがきしでのお話…。

一見、ありふれた雑居ビル様の普通の建物の中、居間と思しき空間で、三名の女性が炬燵に入り、煎餅をポリポリ食べながらテレビを見ている。

この三名、実はとある秘密結社の筆頭幹部である。
その秘密結社の名は【狐面党こめんとう】。
世に仇なす者と思しき集まりらしいのだが、その全容は謎に包まれた団体である。
現に近隣の住民は、この狐面党の存在を知らない。

テレビのモニターが、古めかしいデザインの木造戦艦を映し出した。

「おや、随分とノスタルジックな戦艦じゃないか」

狐面党三幹部の長・八蜂鞠やちまりククリが、モニターに映し出された戦艦を見て目を丸くした。それに対し、三幹部のひとり・谷崎たにざきカリンが答える。

「箱館戦争で海に沈んだ当時最新鋭の戦艦・開陽丸かいようまるを復元したものらしいですよ。今は海底から引き上げた数多の遺留品を展示する博物館的な役割を担っているそうですが」
「ふぅん」
カリンの解説にぼんやりと返事を返してから、ククリは海苔つきの煎餅をバリッと噛み砕く。

「それにしても、これだけ立派な戦艦が沈んじゃうって、相当だコン。陸から砲撃でもされたのかコン」
無邪気に言うのは狐面党三幹部のひとり、涙目なみだめコロン。
「3本マスト、搭載した大砲の数26門、収容乗員数最大400人。さぞかし激しい砲撃戦があったんだろうコン」
「嗚呼、それなら…」
ククリが口を開いた。
「開陽丸は砲撃なんか喰らってないさ。沖合を移動中に航路を誤って、暗礁に乗り上げて難破したんだよ」
「へぇ」
カリンが目を丸くする。
「あの日、開陽丸は江差えさしの沖合で立ち往生していた。時刻は夜、停泊した頃にはみぞれ混じりの大雨が降っていてね。それで、安全の為にもう少し陸の方に船を寄せようとして動いて、暗礁に乗り上げて海に沈んだんだ」
「クーちゃん、やけに詳しいコン」
「そりゃそうさ。開陽丸が海に沈んだ時、アタシもその場に居たんだから」
「えっ!?」
「何なら、誤った航路を教えて開陽丸を暗礁に誘い出したのは、このアタシだよ」
「ええっ!?」
カリンとコロンが驚いていると、ククリは何処か遠くを見つめるような目つきで虚空を仰いだ。そして数分黙った後、茶を啜り、ぽつりと話しだした。

「もう何年も前の事なのに、昨日の事のように思い出せるよ。思えばあの出来事以来、アタシは人間に対する不信感が強まった感があるねぇ」

********************

明治時代黎明。

蝦夷地…つまり今の北海道の南端・函館(当時は【箱館】)に着いた開陽丸を擁する旧幕府軍は、陸海二手に分かれて進軍し、新政府軍を片端から撃破していた。

開陽丸の艦長である武将・榎本武揚えのもと たけあきは、旧幕府軍の重鎮である【鬼の曹長】土方歳三ひじかた としぞうと合流する為に、桧山郡江差の沖に開陽丸を移動させていた。
折しもその夜は強風吹き荒ぶみぞれ混じりの大雨。
洋上ではこの悪天候から逃れる為に、地元から水先案内人を雇い、安全な港内に船を停泊する事に決まり、静々と江差沖を港へ向かっていた―と、その時。

ぐわぁん!


轟音と共に開陽丸は暗礁に乗り上げた。
艦長・榎本武揚の怒りは一方ならず、その怒号が江差沖の夜の闇を裂いた。

「水先案内人を呼べぃ!」

間もなく数名の軍人に脇を固められる形で、その【水先案内人】が連れて来られた。笠を目深に被った貧相な男だ。

榎本武揚は、腰の刀を抜いた。
「良くも偽りの海路を教えて開陽丸を座礁させたな。叩き斬ってやる、そこを動くな!」
刀が振り下ろされる。
―が、水先案内人は、振り下ろされた刀を素手で握り返した。
「!?」
「こんなナマクラで、アタシをれると思ったら大間違いだよ」
そう言うと水先案内人は、握った刀を素手で砕き折り、空いている手で笠を掴んで放り投げた。その素顔を見て榎本武揚は驚愕した。何故なら笠の向こうにある顔は、銀髪金晴の美女だったからである。しかも笠を被っていた時の貧相な体躯は何処へやら、その体躯は周囲を圧倒する程の屈強なそれに変わっていた。

「貴様、何奴!」
「名乗る程の者じゃないさ」
「何故に斯様な真似を!」
「榎本武揚。アンタ、この戦艦ふねが江差の沖に着いた時、戯れに大砲を数発、陸地に向かってブッ放したね」
「それがどうした!」
「あれでアタシの仲間が数名巻き込まれて死んだんだ。敵討ちさ」

謎の美女…ククリの述懐を、榎本武揚も乗務員達も甚だ意外だと言う風で聞いていた。確かに日暮れ前、洋上から土方歳三率いる軍勢への合図に、陸地に向け数発大砲を発射したのは事実だ。だがその筒先は人家を避け、人の気配が無い笹が生い茂る岡に向けられて居たのだ。

榎本武揚始め一同が戸惑っていると、突然ククリは握っていた刀の破片をかなぐり捨てた。不思議にも、その掌には些かの傷も残されては居ない。

ククリは冷たい笑いを浮かべた。

「世に叡智ある者はヒトのみに非ず、それを蔑ろにした者には相応の報いが来る。悪いが、アンタが仕掛けたいくさは負けが見えているよ。…御免!」

次の瞬間、ククリは驚異的な跳躍力でその場から跳び上がり、そのまま海中に没した。乗務員達は慌ててククリを追おうとしたが、既に開陽丸は海中に沈みかけており、最早逃れるより他に道は無かった。ボートに乗って榎本武揚始め一同が開陽丸から離れるのを待っていたかのように、開陽丸はその威容を江差沖にゆっくりと沈めていった…。

この時のククリの不吉な言葉は後に真になり、土方歳三は五稜郭の闘いで戦死。榎本武揚は紆余曲折の末に新政府軍に降伏する事となった。

********************

「とまぁ、こんな次第さ」

ククリの昔ばなしを聞いて、カリンもコロンもすっかり呆気にとられてしまった。伊達に狐面党幹部筆頭を努めている訳ではない…と言う思いが、カリンとコロンの胸中に去来した。

ふと、コロンがククリに問う。
「ところでクーちゃん。榎本武揚が砲撃をした事で仲間が数名死んだって言ってたね。それについて詳しく教えて欲しいんだコン」
「嗚呼、それか。…榎本武揚が大砲をブッ放した笹山は、昔から地域の住民に神狐と崇められていた白狐の住処でね。アタシも古くから付き合いがあったんだが…その眷属が数体、爆撃に巻き込まれて死んだのさ。だから、アタシが敵討ちをした訳さ」

悪の道を行く者ながら、非道な者には天誅とも言うべき苛烈な報復を与える…そんなククリの姿勢をカリンとコロンが指摘すると、ククリは意味ありげに微笑み、お定まりの台詞で締めくくった。

「悪党にはね、悪党の矜持ってモンがあるンだよ」

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