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【小説】ケーキ【ついなちゃん二次創作】

とある街の、とある路地裏。
ひとりの女性が、周囲を確認しながらゆっくりと歩く。
長い黒髪をうなじの辺りで縛り、銀縁の眼鏡を掛けた秋服のその女性は、時折ポケットの中からメモを取り出しては、周囲をきょろきょろと見渡す仕草をする。

やがて、女性の視線は路地裏の奥まった一角に注がれる。一見何の変哲もない只の路地裏である。
…たったひとつ、路地裏に似つかわしくない重厚な作りの扉が据えられている事を除けば。

ぴょこ

女性のポケットの中から何かが顔を出した。

背丈15センチ位。翠色の髪をシニヨンにし、余った髪を背中に流して、鈴蘭の花のような髪飾りでシニヨンを飾っている。その顔は愛らしく、目は青空をそのまま切り取ったような澄んだ青色で、袴が翠色をした巫女衣装を身に着けている。

「マヤさん!ここ!ここなのですよ!」

ポケットの中の小さな少女…神木【すずの木】の精霊・鈴乃すずのは弾んだ声で女性に向かって言った。

「本当に此処が鈴乃ちゃんの言う【幽世かくりよ御用達の喫茶店】なの?どう見ても何処かのお店の裏口にしか見えないんだけど」

女性…すずの木を神木として管理する【楠木神社くすのきじんじゃ】の巫女、楠木くすのきマヤは怪訝な顔でドアを見つめる。
「騙されたと思ってドアを潜って下さいです!鈴乃は嘘は好かないのです!」
鈴乃が自信満々そう言うので、マヤは意を決してドアを開けた。

かちゃ

「いらっしゃいませ」

ドアの向こうに居たのは、人間で言えば30代前半くらいの風貌をした女性だった。青みがかった豊かな髪をポニーテールにし、肌はまるで雪のように白い。そして…。

空調が起動していないにも関わらず、ドアを開けた店の中は冷房をガンガンに効かせたように涼しかった。

「あなた、鈴乃ちゃんのお知り合いの方?」

女性が嫣然と微笑む。マヤは、ドアの向こうの女性が鈴乃の名を知っている事に、少し驚いた様子だった。
「鈴乃ちゃんの事を知ってるのですか?」
「過去に何度か、ウチのお店に来てもらった事があるわ」
そう言ってから、女性はマヤのポケットからちょこんと顔を出している鈴乃に視線を落とした。
「…今日はまた、随分体を小さくして来たのね。霊力節約の為かしら?」
「それもあるですよ。でも、もうひとつこの小さな体で叶えたい夢があるですよ。今日はそれを叶える為に、マヤさんと一緒に来ましたです」
「そう」
女性は口元に上品な、優しい笑みを浮かべ、それから取ってつけたように自己紹介した。
「…マヤさん、はじめまして。私の名前は八稚女やおとめ。種族は雪女。この街で【幽世に属する面々】御用達の喫茶店を経営している身の上よ。さぁ、お店の中へどうぞ」

数分後。

マヤと鈴乃は、店の奥のテーブル席に陣取っていた。マヤは椅子に腰を下ろし、鈴乃はテーブルの上にちょこんと座っている。

まもなく、八稚女がふたり分のルイボスティーとイチゴのショートケーキを運んできた。
「お待ちどうさま」
八稚女がきちん、きちんとティーカップの乗ったソーサーとケーキ皿を卓上に置く。
「わぁ、これは確かにおいしそうね」
「鈴乃は嘘は好かないのです」
「…で、鈴乃ちゃん。そろそろ普通の大きさに戻ったら?ケーキとお茶が来たんだし」
「いいや、今日はこの体の大きさでやってみたい事があるですよ」
「?」

訝るマヤをよそに、鈴乃は何処で入手したのか、ドール用の小さなフォークとケーキナイフを取り出した。そして、満面の笑みでこう宣った。

「一度で良いから、もう食べられない!って位に、思いっきりケーキを食べてみたかったです!」

そしてミニサイズのまま、小さなフォークとナイフでケーキを切り分け、息もつかせぬ速さでもぐもぐと食べ始めた。

「…【それ】がしたかったの、鈴乃ちゃん」

マヤが少しだけ呆然とした表情を浮かべる。然し、あまりにも鈴乃が美味しそうにケーキを食べている姿に感化されたのか、自分もケーキにフォークを突き立て、ひと口分掬い取って口に入れた。
「…おいしい」
「でしょでしょ!」
鈴乃の溌剌とした喜びの声が店の中に響く。この小さな体で良くぞと言うほどの大きな、そして喜びに満ちた声だった。

「満足していただけたかしら」

八稚女がにこにこしながら厨房から出てきた。マヤは「はい、とてもおいしいです」と笑顔で答える。そして、鈴乃に視線を向けると、ぽつりとこう言った。

「ケーキを思い切り食べたい、と言う願望を抱いた時に、ホールケーキに手を出さず自分の体を小さくしちゃうって言うのが、何かこう、如何にも鈴乃ちゃんらしいですよねぇ」


Special Thanks

このお話は、みるくteaさんが制作・公開されたスノーフレーク(ついなちゃんボイドラ一期生のお三方によるスペシャルユニット)の動画を見た事が切っ掛けで生まれました。

また、ポケットに入る程に小さな鈴乃さんと言うイメージは、鏡双司さんが公開された鈴乃さんのディフォルメ立ち絵にインスパイアを受けています。

更に、鈴乃さんのお目付役(?)たるオリキャラ・楠木マヤさんは、鈴乃さんのcvを担当されている(そして鈴乃さんの生みの親でもある)声優・古俣麻弥さん(より厳密には、古俣さんが公開された唄ってみた動画の素敵イラスト)からイメージを膨らませたキャラクターとなります。

上記、各位にこの場を借り御礼申し上げます。

作者拝

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