いざこざの後、地固まる1_藤星

自然との共生を目指す学園都市、そこにある専門学校に通う一ノ瀬 葵(いちのせ あおい)と弟の凪(なぎ)は、それぞれ作家と声優を目指し切磋琢磨する仲だ。
そんな二人は、共同で製作する作品について頭を悩ませていた。

「共同制作、どんな内容にしよう……」

 何をするのか案がまったく出てこないと、頭を抱える凪に、葵はゆっくりと口を開いて話かける。

「ボイスドラマはどうかな?」

 葵の提案に、凪は表情を曇らせた。

「あのねぇ。前にボイスドラマの企画で失敗したの、覚えてる?」

 確かな失敗の記憶。苦い思い出だからこそ、凪は葵の提案に快く首を縦に振ることが出来なかった。

「覚えてるよ。だから、そのリベンジをしようと思ってさ」

 前向きな葵の言葉に凪は賛同できない。

 確かに、凪は幾度となく、前向きな葵に勇気づけられた事は確かだった。

 だが、だからこそ、凪は勇気と蛮勇は違うのだと肌身にしみていた。

「本気で言ってる? 前やった時は、葵の脚本演出が拙かった様な気がするんだけど」

 語気を強めた凪は、過去を振り返り苦虫を噛み潰した様に顔を歪める。

「あぁ~……。あれは俺も自覚している。でも、その挽回はいつやるんだよ?」

 ただただ、葵は前向きだった。

 それ故に、凪は溜息を零し、呆れという感情を葵に向ける。

「はぁ……、この際だからさ。今まで言えなかった事全部は言っていいよね?」

「ちょっと待った。いきなり険しい顔つきでどうした?」

 葵の言葉でしびれを切らした凪の、これまでに抱えてきた思いを曝け出さんとするその剣幕は、昼下がりの穏やかな居間の空気を、一瞬で重々しく塗り替えるには十分だった。

「葵はホントに、反省しなさすぎッ! 前のやらかしから全然学んでるように思えないんだけど」

 凪は遠慮なく、鬱積した不満を吐き出す。

「おいおい、そんなにまくし立てるなって……」

 葵の制止を振り切って、凪は言葉を続けた。

「あの時のリプ欄、比喩とか色々混じった評価だったよね? それに……」

「あのな、凪。悔しい気持ちは分かるけど、それと今回の共同制作に関係……」

「関係あるよ! 今までの生活でもそうだけど、葵は無責任な所が多いんだよ」

 凪の言い分を聞いた葵は、ふーっと長く息をついた。

「俺だって自覚してるよ。けどよ……」

 言い淀む葵は、少しの間を開けて言葉を紡いだ。

「お互いに未熟な所があるのを、凪も自覚しているんだよな?」

 葵の中で、怒りにも似た対抗心が喉元まで込み上げていく。

「凪こそ、自分の声あてに納得いってなかったよな?」

 未熟なのはお互い様だ、と。葵は凪に言い返す。

「……そうだな」

 それに、凪は内心では悔しくも、事実であるからこそ納得せざるを得なかった。

「前回の失敗から学んでいるのは、凪も一緒だろ? 俺は、どうしても挽回したい」

 失敗から学べばいいという葵の主張は、確かにその通りだと凪は心中で同意する。 

しかしながら、現状ではまた失敗する可能性が高い事も、また事実だった。

「またデジタルタトゥーを残すなら、僕はやらないよ」

 まだ、リベンジは早いのではないのかと言う凪の主張は、残念なことに葵には届かなかった。一時の沈黙の後、バツが悪いと凪は二階へ駆け上がる。

居間に一人残った葵は、長い溜息をついた。

「はぁぁ……、リベンジするって言ったけど、ホントは俺も迷ってるんだよなぁ。凪の気持ちも分かるけれども……」

 葵は悩みを抱えつつも今日の当番は俺か、と。晩飯の準備の為に台所に向かった。




 二階の自室に駆け上がった凪は、気まずい思いでベッドに腰をかけていた。

 手に持ったスマホに表示されていたのは、葵の書いた小説。

凪は内心で少し言い過ぎたかな、と自分を戒める。

挽回したいのは凪も一緒だった。だが、前回と同じような失敗はしたくないのだ。

 凪は画面をスワイプしていた手を止め、少し迷いながらチャットアプリを開いた。

 謝りたい気持ちをメッセージで伝えようと、凪は考えた。だが、直接言った方がいい、と。頭ではわかっている。分かってはいるのだ。

しかし、凪は素直になれなかった。

 気持ちの整理がつかない凪は開いたばかりのアプリを閉じ、力なくベッドに身を沈めた。

 



 ほぼ時を同じくして、夕飯の支度を済ませた葵は凪の部屋に行った。が、その時には凪は既に寝息を立てていた。

起きるまで待つか……、と。葵はゆっくりとドア閉める。

静かに居間へと戻った葵は、食卓に並んだ凪の分の料理にラップをかけ、一人で夕飯を済ませた。

 


 その日に葵と凪は顔を合わせる事はなく、二人は胸にわだかまりを抱えたまま、翌日を迎える事となった。


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