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蛇の交尾

皆さんは蛇の交尾を見た事があるだろうか?
2匹の蛇が一本の縄の様に巻き付き合う姿を見て、生命の神秘を感じるか気持ち悪いと感じるかは人それぞれだろう。
民俗学者が「神社のしめ縄自体が交合し合う蛇そのものである」と断言する位に有名な説なのだが、実際にソレを見た人は案外少ないものだ。

この話をしてくれたWさんが20年位前に山中で見たモノは、強いて言えばそんな感じだったという。

その頃のWさんはまだ独身で、○○の訪問販売をしていた。
Wさんが初めて伺うお宅への飛び込みで高価な○○を売り込みに行く積極的なセールスは空振りばかりだった。
なかなか業績が伸びないせいか結構頻繁に煮詰まっていたそうだ。

そんな時は営業用のライトバンで山里や海岸沿いにある集落を廻りながら、気まぐれに対向車も来ない様な狭い脇道へ入り込み、緑に癒されながらドライブ気分でリフレッシュしていたらしい。

その日は良く晴れた小春日和。
何時になく意気消沈気味に向かった山間の集落で、2件目に伺った田舎特有の大きなお屋敷のご隠居と馬が合い、話が弾んだついでに孫夫婦へ贈る○○の見積り依頼が舞い込んできたという。

嬉しさに意気揚々と会社へに帰る途中、缶コーヒーを啜りながらふと目に付いた脇道へハンドルを切っていた。

そこは過去にも通った事があり、山の中腹をグネグネと進めば唐突に道が途切れる変わった1車線の道で、所謂保林道の類である。
途中の曲がり角から見渡せる山林の風景や真っすぐに立つ薄暗い杉林の間を車で走る楽しさに、何とも心が洗われるようで覚えていた。
やる気の充電ついでに寄り道を楽しもうと思ったのだ。

以前より葛の蔓がアスファルトの上をところどころ覆ってはいたが、相変わらず垣間見える風景はキレイだったそうだ。

杉林の直前に山の斜面へ向かう分岐があった。
軽トラで走る為か露地の道にはわだちが出来ており、木々の間を抜けた先は伐採されているのか陽光が射して明るくなっていた。
前回来た時には気付かなかったのか覚えていない。
何となく走れそうだと判断し、好奇心に駆られそちらへ分け入ってみた。
4WDのライトバンなので難なく道を進む事ができる。

案の定、そこは重機を入れて切り開いた様な小さな四角い広場があった。
短い下草がカーペットを敷いたように生えており、資材を置いたりトラックでも切り替えしが出来る程の広さが確保してあった。
道は広場の端を抜けて、そのまま木々の奥へと続いている。

秘密基地を見つけた様な嬉しさが湧き、スタックしない様に気をつけながらゆっくりと広場に乗り入れ、エンジンは点けたまま車から降りてみた。
下草に覆われた地面は程に固く締まっており、アイドリング音以外の騒音も無く、特に変な臭いもしなかったという。

辺りを見渡して満足したWさんは、缶コーヒーをこの場で飲み干してから返ろうと思い立ち、振り返って車内に上半身を入れ手を伸ばす。
缶を片手に広場へ向き直った時、奥まった木々の間の向こうにさっき迄は無かったそれが見えたそうだ。

第一印象は白い布だった。

薄暗い木々の間で白い布が枝に引っ掛かってヒラヒラしているのかと思ったそうだ。
Wさんは近眼で運転中はメガネを掛けているのだが、唐突に現れたその白いモノはメガネの汚れか反射の具合かと思う位に不自然で、目を凝らさないとそれが一体何なのか判別できなかったらしい。

「あれは何というか・・・・・・そうそう《くねくね》ってヤツ?」
この名前がWさんの口から出た時に背中がゾクッとした事を覚えている。

曰く
「全身を白く塗った2人の人間らしきモノが下半身から蛇の交尾みたいに捻じれ合っていて、縄を綯う様にグルグルとのたうち回りながら、
相手より自分が優位に立とうと唯一自由な己の頭と腕を振り回し、叩き合ったりぶつけ合ったり押し退け合ったりして争っている様だった。
その様子は白いしめ縄がクネクネと踊っている様にも見えた。」
何も音はしなかった、と一言添えられている。

その時自分が見たモノを後から調べたところ、一番近いモノが《くねくね》だったという訳である。
《くねくね》については有名過ぎるので、ここでの説明を省く事を了承願いたい。

それが本物だったかどうかは私にもWさんにも判らない。
一見狂っている様には見えないから、恐らく違うモノではないかと思う。

《くねくね》に出会った後にWさんがどうしたのかと言えば、当然必死になってその場から逃げ出したそうだ。
その後その保林道には一切近づいてないという。

余談ではあるが、その日に請け負った見積もりは残念ながら商談不成立となったらしい。
程なくしてWさんは〇〇の訪問販売を辞めた(クビになったという噂もある)という。

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