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大美人

七尋 = 約12.6m
八尺 = 約 2.4m
怪談好きの方にはピンとくる寸法だろうか。
ご存じ『大女』である。

大陸から渡って来たと伝わる『七尋女房(ななひろにょうぼう)』
近年封印が解けて今も彷徨う『八尺様(はっしゃくさま)』
また「今昔百鬼拾遺」にも描かれている『倩兮女(けらけらおんな)』も大女種だ。

神話に多くの巨人が描かれている様に、『大女』に我々は古来から自分達より大きな存在に対する畏怖の念を持つが故に、本能的に恐れる一方で崇拝しているのかもしれない。
余談だが《バイオハザード8》のマダム ドミトレスク(身長2.9m)には熱狂的なファンがいるらしい。
惑星規模に大きな女学生に、街ごと踏み潰される自身を想像する事で満たされる性癖もあるとかないとか・・・。

彼が遭遇したモノも、そういった妖の一つだろうか。
Wさんから聞いたお話。

Wさんが中学1年生の頃、仲の良い同級生から県内に在る心霊スポットにまつわる噂を聞いたという。
そこは山間の県道下を潜る古い高架下トンネルだという。
噂はそのトンネルに女の霊が出るというものであり、女を見た者は呪われるという内容だったそうだ。

Wさんの頭の中には『あなたの知らない世界』の再現映像風に、暗いトンネル内に浮かび上がるボロボロの白い経帷子に疎らな白髪を振り乱した老婆が浮かんだ。

現場がWさんが住む市内から山を挟んで少し遠い郡部にあり、自転車で行くにも多少苦労する事が予想されたのだが、怖いもの見たさから「一緒に行こうぜ」という誘いに二つ返事で快諾したという。

それからしばらく経った日曜日。
昼過ぎに同級生と近くのスーパーで待ち合わせをしてから、自転車で噂のトンネルへ向かう事になった。

幸い天気も良く、田んぼの中の農道や村落の中を通って可能な限り近道をしながらも、1時間以上掛けて現場へたどり着いた。
2人とも多少疲れはあったが、それよりも好奇心で胸が高鳴り、ワクワクしながら高架下トンネルの前に自転車を停めた。

そこは長い登坂が続く県道の下を潜る為の通路であり、坂の途中から殆ど未舗装の側道で谷間へ降りる事でたどり着く。
降りたところは露地の小さな広場になっており、端には古びたプレハブや草の生えた盛り土が取り残されている。
県道側の斜面は斑に黒く染まったコンクリートブロックで壁になっており、その一角に軽トラ位しか通れない程小さい四角いトンネルが口を開けていた。

正面に立ってみれば、トンネルの向こう側が数十メートル先に明るく見えるほど短いモノで、Wさんは期待を裏切られて拍子抜けしてしまったという。

取敢えず2人でトンネルに入ってみた。
トンネル内の壁はススかカビで黒く変色しており、路面は雨で流入した泥が渇いて固いわだちが出来ている。
つまり多少は車の往来があるという事だ。
本当に噂の場所はここなのか?と疑問に思う程、あっけなく通り抜けてしまった。

トンネルを抜けると車1台を停められる位の小さな広場があるだけ。
周囲は斜面で囲われており、気になるモノと言えば、トンネル対面の斜面に石を積み上げて作ったであろう小さな砂防ダムの様なモノとペンキの剥げたコンクリ製の小さな碑だけである。
碑には何か文字が刻んであるようだが、表面がひび割れていて判読できなかったという。

トンだ空振りにWさんは同級生と顔を見合わせ、どちらからともなく「帰ろうか」という話になった。
帰りは少し遠回りして、国道沿いにある自販機やゲーム機の置いてあるドライブインに寄って遊ぶ事になってる。

二人で「何もないなぁ」と文句を言いながらトンネルに入り中程まで進んだ途端、先程迄明るかった出口が分厚い雲に遮られた様に薄暗くなったのを感じた。
続いて後ろからブワっと強い風が吹きつけてきた。

Wさんはこの時「風が背中へ当たった瞬間、鳥肌が立った」という。
ほぼ同時に二人の足が止まった。
そしてほぼ同時に振り返る。

少し同級生の方が早かったかもしれない。
「横目で見た限り、同級生はソレが一体何なのかわからない様子でボンヤリと眺めていた」とWさんは証言している。

Wさんには『腰を屈めて』『トンネルの上に手を掛けて』『中を覗き込む』『笑い顔の大きな女』が見えたという。

作り物を張り付けた様な笑い顔を認識したWさんは、瞬時にダッシュで出口へ駆け出したという。
背後で同級生が飛び起きる様に追い掛けてくるのも感じたそうだ。

出口を飛び出した2人は、自転車に跨るのももどかしく、手押しながら坂を駆け上ったそうだ。

「何かいた!?何かいた!?」と叫びながら自転車を懸命に漕ぐ同級生に、Wさんも「女だ!大女だ!」と叫び返しながら家路を急いだという。

次の日。
教室で「見た!大きな女がいた!」と証言する2人の話を聞いて興味を持った同級生達は、数名連れで何度か件の高架下トンネルへ凸るのだが、『大女』に出会えた者は終ぞ一人もいなかったらしい。

「2人が嘘をついている」という者まで現れた事で軽いケンカ騒ぎになるのだが、一緒に行った同級生も実は「何だかボンヤリと白いモノを見た」と証言を改めるに至る。
『大女』の目撃はWさんだけになってしまい、遂には「Wの嘘つき」という汚名を残しただけでこの騒動は沈静化してしまったという。

インターネットで簡単に検索出来る時代が訪れ、地元の埋蔵文化財センターの記録資料から、あの砂防ダムの様な石積みが昔に県道の工事の際に見つかった古墳群の一つであり、コンクリ製の小さな碑はそこが古墳である事を示す物であった事が判明した。
恐らく高架下トンネルは維持管理の為に作られた特殊用途のモノであろう。

また「あのトンネルに出る女の霊」に関する噂も全く無い訳でもなかったが、あの場所で事件事故が起きた記録や情報は見つからなかったそうだ。

何となく遺跡と目撃譚と情報に整合性が見出された事で、Wさん自身は汚名返上と話のネタが出来てかなり溜飲を下げたそうだが、未だに《○号墳》とトンネルと『大女』との関連性は不明なのだという。

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