ムーティのイタリアオペラアカデミー2019「リゴレット」報告⑤ 5日目午前


ムーティは語る
若い指揮者たちよ、私の言う通りにエッセンスだけを振ったり必要以上に動かなかったりしたら、君たちはきっとキャリアを築けないだろう。
劇場支配人は客の要望に応えようとオーバアクションでいかにも陶酔していますという振り方の指揮者を喜んで登用する。客は音楽を聴くより、指揮者の動きを見て喜ぶのだ。

劇場では、昔は指揮者がオペラの全ての責任者だった。アバド、ムーティ、カラヤン、クライバー、オザワ、強い権力と引き換えに失敗の責任も指揮者が負った。
ところが今や演出家がすっかりのさばってしまった。ニュープロダクションと銘打って意味のない演出に巨額の予算をつぎ込む。
椿姫のラストシーンでヴィオレッタは電車の中で麻薬を打っているなんて、何の意味もない。
私がザルツブルク音楽祭をやめたのは皇帝ティートの慈悲というオペラのPartoというSesto 役のメゾソプラノの素晴らしいアリアの時に、指揮者の背後、ほぼ客席で他の役が延々とお化粧をすると言う演出に嫌気がさしたからだ。どんな素晴らしい歌だったとしても客は化粧の方しか興味がない。最初はとても紳士的に、次第に強硬に抗議したが受け入れられなかった。だから稽古途中でボイコットして車でイタリアに帰ってきた。車から見たアドリア海は美しかった!

オペラの観客は今やビッグネームの歌手の声を除いて、聴きに来るのではなく、見に来ているのだ。難しい時代だ。指揮者諸君、君たちは舞台や演劇のことも学ばなければならない。


2幕のジルダとリゴレットの親子の二重唱、piangi,piangi fanciulla(泣け、泣くのだ、娘よ)というリゴレットのフレーズ、素晴らしいピアニッシモのレガートでバリトンが歌ったところムーティのスイッチがONになった!若手指揮者が振り続けているにもかかわらずオケの中に分け入って指示を出しまくる。
木管はもっとピアニッシモで!チェロのピッツィカートを聞かせるんだ!その後に出てくるヴァイオリンのすすり泣きのようなモティーフはアクセントをどこまでも歌って!!このフレーズは涙を表現しているんだ!親子の深い愛情から生まれる涙だ!!
だからヴェルディはオペラの作曲家の中で最も偉大なのだ、ここに出てくるのは親子の愛情だ、スーパーマンではない!ふつうの人々の感情を音楽に昇華しているのだ。だから私たちにはヴェルディが必要なんだ!!

そして二重唱を最後まで渾身の指揮!美しいピアニッシモが長い長いレガートを作り、オーケストラの音色が温かく優しく歌を包み込んで行く。これにはその場にいた全員が心をわしづかみにされた!
Pausa!!曲終わりと同時にお昼休憩に。ムーティはイタリア人関係者のところに近づいてきて微笑み、”Non sono malissimi !” (彼らは最悪でもない)と一言。いやいや、表情は、何か手応えを得た感じだったなぁ。

5日目午後
指揮受講生の最後のレッスン。3幕のラスト、1幕をざっと流していく。
初日に聴いたのとは比べ物にならないオーケストラの音を聴きながら、日本人の奏者ばかりなのに時々スカラ座の音がする、と思った。しかも振っているのは若くて経験もあまりない指揮者だ。
さらに、昨日ムーティの個人レッスンを受けたジルダ役のソプラノの声が変わった!とてつもない美声ではあったけどちょっと生声っぽかったのが響きが集中してイタリア人オペラ歌手の声になってきた。たった1時間半のレッスンでこんなに変わるなんて…
まあ、そうは言っても指揮者もオケも歌手もまだまだツッコミ所は満載なのだけどね。
しかしほとんど自分で振らないままここまで音楽的な質を高めるその凄技に舌をまくばかりです…

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