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終わるな、夏よ終わるな

高校生活で最初で最後の合宿だった。軽音部の合宿。合宿があると聞いたとき、嬉しいとも嬉しくないとも思わなかったほどには関心がなかったけれど、今は思う。行ってよかった。楽しかった。

泊まったのは山中湖のあたり。考えてみれば山梨県に行くのは初めてだった。涼しいし、設備も整ったいいスタジオが揃っていて、よかった。軽音なんだからどうせ室内だし避暑地に行く必要なくね、と剣道脳の自分が疑問を持っていたけれど、一日中ギターを触っていられるのは最高だったし、なんなら夜中の2時前にも部屋でギターをちょっとだけ練習できた。ベースはアンプに繋がなければもっと音がでないから、隣の部屋のベーシストは3時前まで練習していたらしい。努力家だなー。その子は今までに一回(一日?)しか喋ったことがなかった子だけれど、何かに惹かれてずっと友達になりたいなあと思っていた子だった。それを同室の子にポツリと言ったら、翌日の夜になって「あの子も友達になってみたかったらしいよ~」って言ってた。お世辞なのか本気なのか、見定める術はないけれど、それが本当なのだとしたら、なにか彼女を惹くものがあったのだとしたらいいなと思う。帰りのバスは隣の席に座って、おすすめの曲を教えてもらうことができたから、それだけでこの合宿の成果はあったと言える。寝ている横顔も綺麗だったし、何かの拍子に手首を掴まれて、その温度は温かかったし、軽率に好きだといいたくなるような子だった。歌も上手いしベースも上手いし短い髪がとてもよく似合うし、これからもっと仲良くなれることを期待している。


同室は4人で、同じバンドのドラム以外の子が一緒になった。みんなベースボーカルとキーボードボーカルとギターボーカルで、オールマイティーの塊みたいな人たち。部屋の中でみんなはずっと歌っていたけれど、それに便乗して歌うことは、当たり前だけどできない。上手すぎ~って思いながら、部屋にだれもいなくなった状態で歌をこっそり練習していたら、音もなく風呂場から出てきたベースボーカルに歌を聴かれて、終わった。少年みたいな歌声だね、というなんとも言えない感想をもらった。喋り声と歌声のギャップがあるとも言われた。なんだそれは。でもそのあと、ミセスの点描の唄をハモろうと言われて一緒に歌えたから、聴きがたいほどの歌声ではなかったんだろうと信じたい。






スタジオ練で、学生時代にドラムを叩いていた先生を呼び寄せて、ミセスの StaRt を披露した。フィードバックをもらうのはやっぱり大事。ギターソロもっと聴きたいねって言われて、すいません練習してなかったから弾いてないんです、聞こえないんじゃなくて聞こえるはずないんですとも言えずに、頑張りますとだけ返して夜めちゃくちゃ練習した。最後の発表のときには、まだマシに弾けたと思うから満足。
先生も StaRt を演奏したことがあったらしく、無茶振りで一回叩いてくださいよ~と言ったら本当に叩いてくれた。やっぱり上手かった。先生と合わせるのはめちゃくちゃ楽しかったけれど、上手い先生の演奏を聴いてドラムの子だけが撃沈していた。






夜は、なぜかみんなでベースの子の友達と電話をした。翌日甲子園に応援に行くらしいその友人さんははやく寝たい様子だったけれど、夜遅くまで付き合わされていた。すごく眠そうだった。寝不足で応援するの大変すぎでしょ。まあ応援しているチームは勝っていたからよかった。慶應と沖縄尚学を応援していたらどちらも勝ち上がってしまって、ここで当たったのが惜しかったな。沖尚もよかったけど、慶應もムードがよくていいよね。優勝してほしい。元気に応援できたのかな、あの人。一晩喋っただけの関係なのでよく分からない。一期一会ってやつかな。違いそう。

また違う夜は、今度は私の友達と電話をした。帰省中で親がはやく寝てしまったらしく、2時まで喋ってくれた。翌日の朝、6時からスタジオ練入れてたのに夜更かししてしまった!と思ったけれど、寝付きが悪かったのか、目覚まし5回目くらいで起きられました。よかったよかった。
ルームメイトたちは、こいつが本当に私と友達なのかを問いただそうとしたかったらしいけど、それを尋ねる前にみんな寝ちゃったから、誰からも聞かれることはなかった。だから結局、2時間くらいは2人だけで喋っていたということになる。イヤフォンから伝わるあいつの声が好きだった。眠りにつくかつかないかのところを行き来しながら、会話が続いていく。

久しぶりに喋るから、話題はそれなりにあった。脈略もなくポンポン飛んでいく話、いつもこうだったなと調子を取り戻すまでにそんなに時間はかからない。

色々な話をしたけれど、いつも半分以上は忘れてしまうのが惜しい。今回覚えていたのは、「僕はね、何がしたいかっていうと、君を救いたいんだよ」という眠そうな声だけ。あとは人生の話でいつも同じようなことばっかり喋っているから、またいつも答えの出ないところをぐるぐるしていたんだと思う。あ、あとはあいつの話を珍しく半分以上聞いたな。あいつはもう30で死ぬ気はなくなったらしかった。それはとてもいいことだと思うけど、ちょっとだけ、寂しい。

昔は私があいつを元気付けていたのに、今度は私が元気付けられる番なのか、と少し悲しいような気がする。あいつはわりと、もう思考が大人びていた。この高校生活で、何かを得たんだと思う。そういう感じがした。ずっと、そんなあいつが羨ましいことだけが変わりなかった。縁切りたい?って聞いたら切りたくないって返されたけど、その言葉を疑ってしまうくらい、あいつは遠いところにいる気がする。

どういう意味なんだろうね。救うって。どうにも返しようがなくて、なにカッコつけたこといってんだよ、みたいな感じに返しちゃった。正確にはもう覚えてない。そのあとの会話も思い出せない。そこだけが強く印象に残っていて、ただそれだけ。ただ、それだけ。あいつは自分で自分を救った。それなのに、私のことも救ってくれようとしているらしい。なんでこんなに脳みそに貼り付くような言葉ばかり言うんだろうか。あいつはほんとうに、なんなんだ。






まあそんなこんなで、高校生活で唯一の合宿は、無事に終了した。友達もできたしよかった。なによりも、ギターやバンドがもっと好きになれた気がするから嬉しかった。これで、もうすぐ夏も終わっていく。点描の唄じゃないけど、夏よ終わるなって、唄いたい。でも青春だったかも、この3日間。この高校生活で一番のびのびできた。発表会の最後にみんなで歌った「キセキ」、あのくらいの輝きと勢いがいいな。
夏が終わっても、私の人生はまだ終わらない。終われない。


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