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ベッドルーム・シンドローム

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作: 結友 イラスト: 橙怠惰 ラプターオリジナル「ベッドルーム・シンドローム」シリーズの台本、連載小説を集めました。
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【台本】ベッドルーム・シンドローム(Bedroom Syndrome)

日本語版 作・結友 絵・橙怠惰 あらすじ 78年、ロサンゼルス。奔放なメラニーとくっついたり離れたりを繰り返す恋人のコズモ。ある日メラニーは、浮気相手と赤信号を無視して事故を起こし、自分だけ生き残る。コズモはその現場を見ていた。友人のA.Jとドーとともにメラニーの裁判の証言をリハーサルすることになるが、事故を境にコズモはメラニーの美化された幻覚を見るようになる。上書きされていくメラニーの記憶に誘惑されるコズモ。裁判当日、コズモはメラニーを救う決断をするのか、それとも自分の

【連載小説①】1979年初夏、ドーの話。/ DOE DEER, WHAT’S THE MATTER??

作: 結友 イラスト: 橙怠惰 1. 二日酔い 頭の右側が「ゴツン」とガラスに当たった。ドー・ディアーはダンベルのように重いまぶたを持ち上げ、目をぱちくりさせた。 さてさて、自分の体がちゃんとあることを確認しよう・・・髪の毛、首すじ、汗をかいた手のひら、シャツ、ジャケット。 感覚ってのは遅れてくるもんだろ。右手に目を落とし、グーで固まった指をゆっくりと開いていくと、ようやく体がうまく動かせるようになってきた。ドーはホッとした。鼻先がガラスに触れ、冷たさがくすぐったく身体

【連載小説②】1979年初夏、ドーの話。/ DOE DEER, WHAT’S THE MATTER??

作:結友 前作はコチラ。 4. フラッシュバックのお時間です 12時間前。コズモの(母の)家、地下室。 「…いいのか?」ドーが聞いた。 「ああ」 「別に、説明なんてなくてもいいんだぜ。言われなくても試す気満々だからな」 ドーは片方の眉毛をつりあげて、コズモの手のひらで転がっている2つの錠剤をじっと観察した。 2人は地下室のソファーに並んで座っていた。正面のテーブルにはピザの食べかすと段ボール箱、ビールの瓶、ボードゲームと文字のたくさん書いてある紙切れが散らばっている

【連載小説③】1979年初夏、ドーの話。/ DOE DEER, WHAT’S THE MATTER??

前作はコチラ。↑ 作:結友 イラスト:橙怠惰 5. タルーラ・バルバ バー&ラウンジ「サテライト・オブ・モニカ」は、朝10:00からしっかりと酒を提供する数少ないバーのひとつだった。ヴィクトリア調と今風の飾りを混ぜたようなテーマの店で、マスターは短気で、気さくなおじさんである。 ドーはべっこう色のドアを開けると、見慣れた顔のあるカウンターの方へ歩いて行った。 開店後すぐだったため客は一人もいなかった。マスターはしかめっ面をしながらビールサーバーを磨いていたが、ドーの顔を見

【連載小説④】1979年初夏、ドーの話。/ DOE DEER, WHAT’S THE MATTER??

前作はコチラ。↑ 作:結友 イラスト:橙怠惰 6. ゴースト ドーは無表情のまま店の外へ出た。 口のなかで血の味がしてから、自分が力強く下唇を噛み続けていたことに気がついた。ドーは立ち止まって、車が行き交う目の前の道路を突っ切ることに決めた。なんでも突き飛ばしたい気分だった。 しかしこの街では、外へ出るとやわらかいものなんて一つも見当たらない。どこもかしこもでっかい鉄の塊ばかりだ。 何を蹴ったって自分の体のほうが吹っ飛ぶんじゃないかとドーは考えた。自暴自棄なのは分かってい

【連載小説⑤】1979年初夏、ドーの話。/ DOE DEER, WHAT’S THE MATTER??

前作はコチラ。↑ 作:結友 イラスト:橙怠惰 7. ベールを剥がせ その日は熱帯夜になった。 スターウッドに到着したコズモとAJは、活気ある空気に熱く皮膚を焼かれるのを感じていた。煙たさから息継ぎをしようと上を向くと、暗闇に1920年代風のネオンサインがギラギラと映えているのが見える。会場のドアが開き、人々と蒸気がさらに入り口へ流れ込んできた。前座がちょうど終わった後らしい。 二人は会場を見渡した。もしかしたらドーがいるかもしれないと思ったからだ。 すれ違う大勢の頭を見

【連載小説⑥】1979年初夏、ドーの話。/ DOE DEER, WHAT’S THE MATTER??

前作はコチラ。↑ 作:結友 イラスト:橙怠惰 8. ベールの内側 タルーラは文字通り、輝いていた。 1曲目で客の心に挨拶をして、2曲目で誘惑。3曲目ですべてを弾き飛ばした。 コズモはパフォーマンスに釘付けになっていた。スパンコールがギラギラと反射して眩しかったが、関係ない。コズモは目を見開いていた。 タルーラは完全じゃない。それが好きだった。 歌には完全な強さとエネルギーで武装したような力がこもっているのに、伴奏の間にふっと力が抜ける。一節を歌い終わるごとに、強い目

【連載小説⑦】1979年初夏、ドーの話。/ DOE DEER, WHAT’S THE MATTER??

前作はコチラ。↑ 作:結友 イラスト:橙怠惰 9. ドーのドア ドーたちはその後、24時間営業のダイナーに行った。 AJとコズモは小さなワッフルを注文し、向かいに座ったドーはチーズバーガー、ポテト、チキンリブ、シナモンロール、コーラを詩の朗読のようにわざとらしい深い声で読み上げていった。 AJは腕時計を見る。もう夜中の12時半過ぎだ。こんな時間に……。 食べ物が届けられた瞬間、ドーは何も言わずに包みを乱暴にあけ、バーガーにがっついた。そして飲み込む前にポテトへと手を伸

【連載小説⑧】1979年初夏、ドーの話。/ DOE DEER, WHAT’S THE MATTER??

前作はコチラ。↑ 作:結友 イラスト:橙怠惰 10. 玄関 AJのネタが切れてしまい、コズモが完全に壁を作ってしまってから、ディナーは耐えられないくらいの沈黙に突入していた。食器の音だけが聞こえる中、気まずい笑顔を全員で交換しあうだけだった。 沈黙に耐えられなくなったAJが、乾いた口を開く。 「それにしても、素敵な家ですね……」 母が気まずそうに頷き、微笑んだ。 「ありがとう。近所もいいお家ばかりでね」 ヴィヴが僅かに眉をつりあげたのにコズモが気づいた。 父は微笑みなが