もみ返す旅
子供の頃、大人の会話やテレビの中で「脂の乗った時期だねぇ」なんて言葉を聞いてきた。
人として体力的にも精神的にも経験値も、総合的に力強い時期のことなのだろう。
十代が終わり、大学を卒業する頃になると、徹夜がキツくなってきたり、身体の動きも微妙に鈍くなってくる。体力の1つのピークが終わる。
しかし、脂の乗った時期はまだ来ない。
精神や経験がまだ圧倒的に足りないからだ。
三十歳位になると、最初のガタを感じる。
自分にとって脂の乗った時期はいつなんだろう、ふと思うことが増えた。
仕事をいくつも変えて、継がないと言っていた天ぷら屋を継いだばかりの自分には、天ぷらに関する経験がまったくなく、そんな時期は随分先、来るのかどうかも分からなかった。
35歳で結婚し、子供も生まれ、目先のことで精一杯で、まだ、そんなことを語れる歳ではない。
42歳で脳梗塞になり、一ヶ月の入院の後、わずかずつ後遺症が消えていったが、鬱のような淀んだ気持ちの日々が続いた。
確か糸井重里さんだったか。
人間は45歳から、苦しみを越えてきた人間ほど、良い時期が来ると言っていた。
私はそれを読んで、あっ、絶対に自分はそうだ、と直感した。
45歳。
私達家族は、知り合って間もない、いくつかの家族と3泊の旅行に出かけた。初日が偶然私の誕生日だった。
集団行動が苦手な自分は、長期の旅が大丈夫だろうか心配だったが、全く信じられないほど、自然でいられた。
あまりの嬉しさに初日の夜はみんなが寝てから、一人で真っ暗な焚き火の前で飲んでいて、サンマだと思って口に入れたものが、火のついている炭。口の中でジュッといったが、近くには水がなく、その後どうしたか記憶がない。
翌朝、目が醒めて、口の中がただれているので思い出した。
一緒に旅した皆さんは、一切心配することなく、心から爆笑してくれた。
その家族との出会いは、自分の人生を大きく変えてくれた。
自分の中のカサブタがメリメリと崩れ、生まれて初めて皮膚で呼吸をしている感じというか、絶対的な自由に一歩近づけた気がしている。
脂の乗った時期は、ひょっとしてこの時から、かも知れないと今日思った。
その後、寂れていく商店街で、どう生き残っていくか、出張天ぷらや、店での立ち飲み、今となっては世に知られた日本酒の酒蔵とのコラボイベントなど精力的に活動した。
数泊の休みが取れれば、東日本大震災で被害を受けた沢山の地域を歩いたり自転車で巡り、東海道も京都に向けて名古屋まで歩いた。
私からすると、コンセプトが良いのに周りの人が冷ややかに見ている活動には、率先して応援した。
時々、自分を見失いかける頃になると、一緒に旅行に行った人達の作品を観に行った。
観に行くと、今の自分の進むべき道があっているかどうか、答え合わせができる気がした。
そして、また、そこで新しい地図とコンパスを手にしたかのように、浮世へ戻る。
去年の夏ぐらいからガタが来た。
夏の暑さや、生活習慣、職業的なものなど、脂の乗っている時期なら乗り越えられたものが、乗り越えられなくなってきた。
そして、腰の痛みと、膝の痛みが最近気になるように。
今日、整形外科でレントゲンを取ってもらうと、背骨や膝の骨に深刻な損傷はないが、悪化させないようにと、いくつかアドバイスをもらった。
脂の乗った時期が終わったんだろう。
よく頑張った、いや、よく頑張ってくれた俺の身体。
しばらく、日常生活プラスα位の、無理のない生活をしようと思う。
今度の連休は、湯治だ。
今までの人生を振り返りながら、「自分の身体との対話」、をテーマに過ごしてみたいと思っている。
いつも、強迫観念にかられて身体を酷使する旅をしてきたから。どんな旅になるか楽しみだ。
もみ返しのような旅だろうか。
また、旅で感じたことを書いていきたい。