東海道行脚 安部川〜静岡
今日、安部川から静岡市まで歩くことで、7年かけて、休みの日に少しずつ歩いた旧東海道が、日本橋から豊橋の先までつながる。
昨晩泊まった焼津は、東海道線の駅であるが、旧東海道のルートとは離れている。
焼津から安部川方面の海沿いは切り立った崖であり、電車は海沿いをトンネルで通過するが、旧東海道は北側の山沿いにルートを取るため、離れている。
今日の歩き始めるスタート地点は、安部川駅。
ここも旧東海道とは少し離れているので、まず、合流地点に向かって歩く。
以前は東海道との合流地点から西の藤枝方面に向かって歩いたが、今度は東に歩くことで静岡市を目指す。
安部川を越える。
安部川餅が、川の西側では全く売られていなかったので、別にあるアベ川の名物なのかと思ったが、渡りきると、昔ながらの店が2軒あった。
歩き出してすぐなのに汗まみれの自分が店の中で安部川餅を食べるのもなんかなぁ、と通り過ぎた。
ここから、旧東海道はほぼ真っすぐに駿府城に向かう。
もう1時間弱で、到着だ。
ほぼ真っすぐ、と言ったのは、大きな城下町では、敵の軍隊の侵入を困難にするために、カクカクと道を直角に曲がるような所を何箇所か作っている。
そこを正確にトレースするのが大変で、グーグルマップにはだいたい表記されているんだけど、静岡市内は分かりにくく、難しかった。
いろんな方法でルートを確認して、どうにかトレースする。
そして途中からルートを外れて、今回のテーマの一つだった「杉錦」を各種買って帰る為に、杉錦の蔵人頭に教えて頂いていたお店に向うが、臨時休業。
また旧東海道ルートへ適当に道を選んで戻り、歩く。
そして、前日清水から歩いてたどり着いた、静岡市内の東海道の地点まで来ることができた。
感慨が、ないようで、あった。
これで、本当に日本橋から豊橋の先まで自分が歩いたことになる。
これだけ大きな街だから、大きな酒屋さんがあるだろうと、「杉錦」を売っていそうな店をウロウロと歩いて探したが、酒屋自体がない。
そうか、酒屋さんでお酒を買わなくなっているから、静岡の地酒を売る店自体がないのか。
まるで、本屋さんで本を買う人がいないから、なくなっていくように…
静岡市内で杉錦を買うことは諦めた。
疲れたし、ご飯を朝から食べていないので、どこかに入ることにした。
といっても昼間だ。
まだ居酒屋はやってないし、イタリアンバルとか入る身なりではない。
駅ビルでいいかと、たそがれているとふと長い静岡駅の外れの高架下に、魚の美味しそうな昼からやっている店を見つけた。
さすがは駅前。
どうせ安い店だろう、チビチビ飲もうと入ると、いきなり全身白衣を身にまとった料理人が、L字型のカウンターの中にいて、高級感がすごかった。
「あちゃー」と思ったが、店先に地酒の一升瓶が並べられていて、杉錦もあったので、外れじゃないだろうと、席に座った。
ランチメニューを見ると、豪華なのに、この値段でいいの?と思うラインアップ。
定食プラス、というのを頼む。
刺身六種類と、揚げ物、煮物がついて、ご飯と味噌汁で1500円。安い。
メインのプレートが、これでこの値段?と聞きたくなるレベル。
ビールの他に、杉錦と白隠正宗を頼んだ、白隠正宗、昔よりも濃く力強くなったような。美味しかった。
チェイサー代わりの冷たい緑茶がまた最高。静岡ならではです。幸せ。
店を出て、一升瓶の記念撮影。
ほろ酔い気分で店を出て、駅ビルでお土産を買い、各駅停車を乗り継いでいま、家路に向かっている。
旅って、なんとなく社会的な死でもあると思う。
社会的な役割から解き放たれて、なんの肩書もない、信頼もない、誰も知らない世界に入っていく。
社会的な死の中で、雲や風や草の流れの中に身を委ね、自分が洗われ、余計なものが落ちていく。
そうして、少しずつ自分を減らして削っていくのが旅の醍醐味であり、どんどん小さくなっていく中で、死を迎える準備をしていくのかなぁと、ふと思った。
そろそろ、東京だ。
さようなら、そして、ただいま。
いい旅をありがとう。