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ナンバーワン・スピードランナーの田中の駅伝に対するスタンスは? 田中加入で前半の台風の目となる豊田自動織機【クイーンズ駅伝2022プレビュー④】

 田中希実(23)が加入し、豊田自動織機が前半のトップ争いに加わってきそうだ。クイーンズ駅伝in宮城2022(第42回全日本実業団対抗女子駅伝)は11月27日、宮城県松島町をスタートし仙台市弘進ゴムアスリートパーク仙台にフィニッシュする6区間42.195kmで行われる。
 田中は1500m日本人唯一の3分台(3分59秒19の日本記録)を持ち、東京五輪1500m8位に入賞した。今年7月の世界陸上オレゴンは世界陸上日本人個人最多の3種目で奮闘し、5000mは12位に入った。田中、プリンセス駅伝1区区間賞の川口桃佳(24)が登場する前半は、豊田自動織機が台風の目となる。

●田中が駅伝を苦手とした理由は?

 トラックの活躍からは想像しにくいが、田中は駅伝の快走があまりない。
 そもそも昨年まで、同志社大に通ったが学連登録はしなかったため、単独チームでの駅伝出場は4年間なかった。都道府県チームの戦いである全国都道府県対抗女子駅伝は、学生時代に3回走ったが1年時区間11位、2年時区間2位、4年時区間2位と区間賞が取れなかった。2年時は廣中璃梨佳(JP日本郵政グループ・22)、4年時は五島莉乃(資生堂・25)で、区間賞選手が強かったとも言えるのだが。
「(トラックシーズンは良くても)駅伝の時期になると調子が落ちてしまって、体がついていきませんでした。心と体が整理できない状態です。自分の走りも、(選抜チームなので)他の人もわからないまま、駅伝を走っていたのだと思います」
 しかし今回のクイーンズ駅伝は違う。愛知県を拠点に活動する豊田自動織機本隊とは別に、後藤夢(22)と2人で兵庫県を拠点に活動するが、気持ちの面ではチームに溶け込んでいる。
「チームのみんながどういう取り組みをしてきたか、1年間見てきています。だから今回は、久しぶりにお互いのことをわかった感覚で走る駅伝なんです」
 意識的に交流の場を設けているわけではないが、同じ大会に出る機会は多い。短期間ではあるが全日本実業団陸上や、クイーンズ駅伝前の合宿で寝食をともにした。おそらく、田中はチームメイトの大まかな練習内容や戦績、レース後のコメントなども把握している。本隊選手たちも、世界陸上代表として戦う田中にエールを送ってきた。
「たまに合流すると明るく迎え入れてくれますし、私の活動を尊重してくれています」と田中。「オレゴンのときはみんなで、応援動画を作って送ってくれました。そういった動画はみんなで話し合わないと作れません。私のために、みんなが時間を使ってくれたことがうれしかったです」
 駅伝の時期になると調子が落ち、それが「チームの足を自分が引っ張るのでは」というプレッシャーになり、それが調整練習を狂わせる一因にもなっていた。今年も状態としてはベストではないが、チームメイトへの信頼感が自然と生じている。今年の田中は調整練習に集中できる環境になった。

●起伏の激しい1区ならどう走るか

 駅伝でトラックと同じ走りができないのは、寒くなると動きが悪くなることも一因だ。その点クイーンズ駅伝は11月なので、全国都道府県対抗女子駅伝開催の1月ほど寒さの影響は受けないのではないか。
 田中健智コーチも駅伝の課題は、トラックとの違いは関係ないと言う。
「私が(大学2年時から)指導するようになって、トラックとロードで特に変えていることはなくて、トラックシーズンでも、トラック中心に練習しているわけではありません。今回の駅伝に対しては、どういうイメージを作るか、という部分をやっています。人のペースに合わせつつ、自分のペースとしてコントロールできたらいいですね」
 起用区間は1区か2区で、有力なのは1区だろう。3.5kmまでで30m近く上るなど、起伏のある難コースである。田は下見をして、どう走るかイメージを持てたという。
「カーブも多くて難しいコースですが、上りでも自分のリズムを見失わなければ、負担なく走れる自信はあります。他の選手の動きに惑わされずに走れば、ラストに足を残す(=余力を残す)ことができる。下りの練習はあまりしませんが、意識しなくても走れるタイプだと思っています。自分を見失わないで、自分を信じる走りが冷静にできれば、“ここ”と思うところでスパートできると思います」
 これまでの駅伝と同様に、「個人だけの結果にとどまらないのが駅伝。言い訳できない」というプレッシャーは感じている。しかし今回は、前述のようにいつもの駅伝以上に集中できている。
「走っているときは1人ですが、他の区間の選手や走れなかったメンバーも支えてくれています。会社は昨年までも豊田自動織機TCとして私たちを支援してくれていましたが、今も独自で活動をする私たちを理解してサポートしてくれています。駅伝はその恩返しの場でもあります。そうした人たちとの関係性をわかったチームとして、自分の力を出せるのが駅伝です」
 田中が久しぶりに駅伝での快走を、初のクイーンズ駅伝で見せてくれそうだ。

●後半で耐えきることができれば3位以内も

 豊田自動織機チームとしては8位以内が目標で、田中で上位の流れに乗り「耐えきるのが1つのテーマ」(松田三笠監督)となる。
 2区候補の後藤は日本選手権1500m2位の選手。世界ランキングで少し届かず世界陸上代表入りは逃したが、10月には1500mで田中に勝ったことも。しかしトラックシーズン後は状態が上がらず、プリンセス駅伝(10月23日)は欠場した。
「2区なら3.3kmと短いので、トラックの勢いで行けると思います。初めての実業団駅伝で今の力をしっかり出して、来年の駅伝につながる走りをしたいですね。サポートに回るようなら、自覚を持ってしっかりサポートします」
 西脇工高時代からのチームメイトである田中とは、「2人で1・2区で、タスキをもらうことが多かった」という。「2人とも区間2位ということはあったのですが、2人区間賞はありません。今年じゃなくても、今後の実業団駅伝で達成したいことの1つですね」
 3区候補の川口は今年、日本選手権10000m4位など安定した成績を残している。区間賞候補に挙げていい選手だが、川口本人は「3区は(日本選手権に出場していなかった)強い選手が来るので、区間8位以内を確実に取る走りをしたい」と言う。
 5月の日本選手権は、「3月中旬から4月中旬までの1カ月、かなりハードな練習をやり遂げた」(松田監督)ことが好成績になって現れた。6月の日本選手権5000mも7位に入賞し、7月のホクレンDistance Challengeシリーズの連戦では1500m、3000m、5000mと自己新を連発した。
 その反動で左ひざに痛みが出たが、20~25kgのバーベルを使ってのスクワットに取り組み、「(故障再発を防ぐ)太腿周り、腰周りの強化」(川口)ができた。1区区間賞だったプリンセス駅伝では「体がしっかり耐えられる感じがした」という。
 相手が新谷仁美(積水化学・34)や廣中璃梨佳(JP日本郵政グループ・22)になると予想されるので、トップでタスキを受け、川口が区間3~4位の走りをしても後退してしまうかもしれない。だが、川口の踏ん張り次第では、4区のヘレン・エカラレ(23)でトップに浮上する可能性も「ものすごくよければある」(松田監督)。
 5区にも強い選手を配置できれば、豊田自動織機は上位争いに終盤まで加わる。昨年の日本選手権10000m9位の薮下明音(31)が復調したり、期待の小笠原安香音(21)がブレイクしたときだ。
 1区か2区の田中でトップかそれに近い位置を確保し、それを3区以降、川口やエカラレの愛知組でどう維持するか。田中の力を生かす駅伝ができたとき、豊田自動織機は3位以上も期待できるチームだろう。


TEXT by 寺田辰朗
写真提供:フォート・キシモト

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