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【全日本実業団ハーフマラソン2022レビュー②女子編】

想定以上だった五島の女子単独レース日本新の1時間08分03秒

想定以下だった新谷の1時間10分12秒の5位だったが…

 五島莉乃(資生堂・24)の単独レース日本新と、3週間後にマラソン挑戦を控えた新谷仁美(積水化学・33)のハーフマラソン出場。全日本実業団ハーフマラソンは2月13日、山口市の維新百年記念公園陸上競技場を発着点とする21.0975kmのコースで行われた。女子は五島が最初からハイペースに持ち込み、3位までが1時間7~8分台の好記録が誕生した。優勝はオマレ・ドルフィンニャボケ(ユー・エス・イー)で1時間07分56秒、2位の五島が1時間08分03秒と、女子単独レースの日本記録(1時間08分11秒・08年今大会の赤羽有紀子)を更新した。3位の安藤友香(ワコール・27)も1時間08分13秒と赤羽の記録に2秒差の好タイムだった。新谷は1時間10分12秒の5位に終わったが、レース直後に20km走を行った。

●3分15秒ペースに乗った五島

 五島と新谷は単に、日本人トップ(五島)と5位(新谷)というだけではなく、目的としていたことに対して対照的な走りになった。

 五島は今大会の目標記録は明確に決めず、大きく見てトラックシーズンに結びつけたい、と考えていた。資生堂の岩水嘉孝監督は「あくまでもベーストレーニングの一環としての出場。この時期はスピードより距離を、フリーで練習しています。ハーフで勝負をする準備はしていません」と練習状況を説明した。

 それでも五島の練習を見て、1時間8分台の可能性もあると感じていた。

「マラソンで2時間20分切りを目指す選手たちは、風がなければ1時間9分台のペースで走るでしょう。(1kmあたり)3分17~20秒のペースになる。五島がそのペースを遅いと思ったら前に行くと思います」

 岩水監督は「それでも最初から行くのは難しい」と話していたが、男子の5分後に女子がスタートすると、最初から五島は先頭に立った。2km付近では安藤友香(ワコール・27)とともに10mくらいのリードを奪い、5kmは16分24秒で通過した。3.5kmから5kmまで、今大会のコースで唯一と言える上りがある。昨年優勝した安藤は最初の5kmが16分47秒だったことからも、五島はかなり積極的なペースメイクをしていたと言えそうだ。

 レース後の五島は「3分15秒で行けるところまで押して行くつもりでした」とレースプランを明かしている。スタッフはペースの指示はしていないので、五島自身が練習内容から3分15秒ペース、21.0975kmに換算すれば1時間08分34秒で行きたいと考え、実行していた。

●想定以上のスピードに対応できなかった新谷

 一方の新谷も今大会の結果より、3週間後の東京マラソンにつなげることを考えていた。そのために全日本実業団ハーフマラソンは、集団の中での走りを試すと決めていた。「集団の中で走りながら臨機応変に対応していくところを見つけていかないと、マラソンも走れません。マラソン本番はずっとイーブンペースで進むわけではないと思いますし、明日もスローペースで入ったりすると思うので。そういうときに生じる焦りが私の欠点です」とレース前日に話していた。

 五島と安藤が1時間8分台のペースで走ることも、予想していなかったわけではないが、そのペースなら追わないつもりだった。

 その一方で五島たちが、「戦いを挑んでくるのなら、私もしっかり勝負しに行きたい」と、勝負に関しては強く意識していた。これまでも結果にこだわってきたことが、競技者としての身上だった。「残り5kmは勝負に行く」と決めていた地点までに、挽回不可能な差をつけられるわけにはいかなかった。

 だが五島たちとの差は5kmでは8秒だったが、10kmで28秒まで開いてしまった。勝負に行くつもりだった15km地点で五島は安藤から9秒後れていたが、五島から新谷まで1分00秒も開いていた。「勝ちに行くことを意識していましたが、最初からちょっと動きませんでした」。

 この日は気温が6.5~7.5度で雨が降っていたが、風がほとんどなかった。寒いと感じなかった選手もいれば、寒いと感じていた選手もいた。新谷は寒さを感じて動かなかった可能性もあるし、想定以上に五島の先行が大きく、焦ってしまったのかもしれない。

「ラスト5kmは体がまったくもう、動きませんでした」

 東京マラソンにつなげることが一番の目的だったが、2分09秒もの大差で敗れることは想定していなかった。新谷の気持ちは穏やかではなかった。

●世界を意識し始めたことで五島の成長が加速

 五島は昨年11月28日のクイーンズ駅伝5区(10.0km)で31分28秒の区間新、東京五輪10000m代表の新谷を1秒抑えて区間賞を獲得した。今年7月開催の世界陸上オレゴン10000mの標準記録は31分25秒00。起伏もある10kmちょうどのコースを1人で、それに近いタイムで走った。

 2週間後のエディオン・ディスタンスチャレンジ10000mで31分10秒02と、すぐに標準記録を破った。そして1月の全国都道府県対抗女子駅伝1区(6km)では、東京五輪1500m8位入賞の田中希実(豊田自動織機TC)を18秒引き離して区間賞。東京五輪10000m7位入賞の廣中璃梨佳(JP日本郵政グループ)の持つ区間記録に2秒と迫った。

 好調の要因を問われて「5月の日本選手権で世界陸上代表切符をつかめるように、つねにそれを意識するようになりました」と答えた。

「クイーンズ駅伝の結果で、標準記録を狙ってみようという気持ちになって、標準記録を切ってからは、代表を獲得できるように、と考えられるようになりました。(3回連続で五輪選手に勝って)自信がそれほどついたわけではありませんが、ステップアップにはなったと思います。今後に生かせるようにしたいです。走るからには勝ちたいと思っていますが、私はまだまだ挑戦者。これからも強い選手の力を借りて力を伸ばしたい」

 岩水監督によれば練習は故障を回避する意味もあり、そこまで高いペース設定では行っていない。それでも試合で“気持ち”が入れば、五島は練習から想定できる以上のペースで走る。今回も3分15秒ペース(21.0975km換算1時間08分34秒)は練習からイメージできたが、フィニッシュタイムは1時間08分03秒の女子単独レース日本新まで上がった。

「今回は入社後初めてのハーフで何もわからなかったので、どこまでイケるか挑戦したい“気持ち”がよかったですね」

 不破聖衣来(拓大1年)、廣中、五島、安藤、小林成美(名城大3年)と標準記録突破者が5人となり、代表争い激戦種目となる女子10000m。五島も代表入りに強い“気持ち”を持って挑戦する。

●ハーフマラソン+20km走のトレーニングと見た場合

 新谷はレース後すぐ、20km走を1km4分00秒ペースで行った。その狙いと実際に行った感触を、新谷は次のように話した。

「1本目のハーフをしっかり出し切って、その疲労の中で20kmをやることが狙いでしたが、1本目が出し切っていなかったので、横田(真人)コーチが組み立てた意図とはかけ離れた練習になってしまいました。前回同じような練習をやったときは1本目をしっかり追い込めて、2本目の4分ペースの方がキツかったのですが、今回はそのときほどキツくなかった。意味がない練習とは言いませんが、トータルの練習の手応えは小さくなりました」

 新谷陣営はこの日のハーフマラソン(試合)と20km走(練習)を、マラソン練習の一環と位置づけていた。その意味では横田コーチも「ハーフはもっと走ると思っていました。マラソン練習で初めて外した」と失敗したことを認めている。

 だが、練習である以上、最終的には目指す大会の結果が出て初めて評価できる(もちろん、毎日の練習に目的はあるので、選手と指導者は毎日最善を尽くす)。この日の練習も安易にダメだったと決めつけることはない。

「(レースなのに)ピークを持って行けなかったことはよくありませんが、ポジティブにとらえればマラソン仕様になってきている。今週は走り込んできたので、その影響もあったかもしれません。僕としては、レース後の20kmをやりきってくれたことがよかった。マジで3kmでやめるかと思いました。前半10kmはイライラが出ていましたが、後半10kmは良かったですね」

 ハーフマラソンの1時間10分台は、同じTWOLAPS TCの新田良太郎コーチは「想定内」と話しているという。トレーニングとして見た場合、東京マラソンに結びつかないと断定することはできない。

 現時点で問題は、勝負に負けた新谷のメンタルの方かもしれない。それは新谷自身も理解している。

「今のモチベーションは、ほぼほぼ“ゼロ”の状態です。この1年間結果が出ず、今日も出せませんでした。このままでは焦りがつのるだけなので、まずは気持ちを整理します」

 20km走の3km付近で気持ちが表情に現れ(走りや仕草だった可能性もある)、横田コーチも新田コーチも新谷が走るのをやめるかもしれないと感じた。だが、この日の新谷はやめなかった。

「20km走はやめようと思えばやめられましたが、やり切ったことがよかったです。40km走はやりませんが、マラソンはなんだかんだ距離があります。勢いや、全力で行くだけでは通用しない。そういう意味では今日の練習は、最低限のところは踏めたかなって思います。自信はまったくありません、という結果でしたが、気持ちを一度落ち着かせて、本番に合わせられるように練習を継続させるだけです」

 前半(レース結果)は悪かったが、この日の練習をやり切った。それが東京マラソンにつながると信じて、新谷陣営は進んで行く。

TEXT by 寺田辰朗


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