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【五輪代表が多数出場する全日本実業団陸上①男子100m】

日本記録保持者・山縣は今大会3回優勝&10秒0台の実績も
五輪で生じた課題へのアプローチを最優先

 今年の全日本実業団陸上(9月24~26日:大阪ヤンマースタジアム長居開催)は、結果よりも中味が重要になる。その代表的な選手が男子100mの日本記録(9秒95)保持者である山縣亮太(セイコー)だろう。3回目のオリンピックだった東京五輪は、自身初めての予選落ち(3組4位=10秒15・+0.1)と不本意な結果に終わった。リスタートと位置づける全日本実業団陸上は、16~18年まで3連勝した大会。3回の優勝記録は10秒03(+0.5)、10秒00(+0.2)、10秒01(±0)で、アベレージも高く内容的にも濃い走りをしてきた。ゲンの良い大会だが今回は、トレーニングも調整方法も変更して臨む。世界のファイナル(決勝進出)実現のため、中・長期的に自身が変化をするための走りをする。

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●「来年の世界陸上標準記録の10秒05を切りたい気持ちはありますが…」(山縣)

 山縣は全日本実業団陸上に臨む心境を「楽しみな気持ちもあるが、テンションが落ちているところもある」と明かした。
 どういうことなのか。
「オリンピックの結果でトレーニングも、試合までの持って行き方も見直すことにしました。そのために肉体改造にも着手しています。具体的にはまだお話しできせませんが、それを試すのが全日本実業団陸上です」
 陸上選手は多かれ少なかれ、テーマを持って試合に臨む。山縣も必ず、何かしら試しながら結果も残してきた。それが今回は、「オリンピックで課題と感じたことは、解答を出すのにそれなりに時間がかかる」と、1つの試合だけでクリアできるものではないと感じている。
「来年の世界陸上標準記録の10秒05を切りたい気持ちはありますが、そこへの期待とギャップがあると感じています。期待してもらえることも、記録が誕生して大会が盛り上がることもうれしいのですが、その分、がっかりさせてしまう可能性もある」
 過去にも山縣が、大会前に不安を話したことはあった。ある年の日本選手権前の取材で、最終的にはその日本選手権を欠場したが、今回は新しいアプローチを試すことが目的なので欠場はない。「もちろん出るからには全力を尽くします。しっかり仕上げますし、手を抜くわけではありません」。本気で走らないことには現状を把握することにならないのだ。
 これまで山縣が見せてきた調整能力の高さを発揮すれば、10秒05突破の力は十分ある。と書きたいところだが、今回はその調整方法が「試行錯誤の段階」なのだ。

●筋肉量に着目した場合の五輪敗因

 山縣は12年ロンドン五輪は予選を当時の自己新(10秒07・+1.3)で走って準決勝に進出した。16年リオ五輪は準決勝で10秒05(+0.2)と、やはり当時の自己新をマーク。決勝進出にあと0.04秒と迫った。2大会連続自己新を出していたため、東京五輪でも自己新が期待されていた。自己記録の9秒95(日本記録)を更新しなくとも、10秒00前後を出せば決勝進出が期待できた。
 しかし10秒15(+0.1)でしか走ることができず、予選落ちに終わった。理由は複合的であることが多く安易に特定できないが、要因の1つに筋肉量があったと山縣は考えている。
「5月には筋量が多く良い状態になっていたのですが、5月20日頃にヒザを痛めてしまいました。6月末の日本選手権を考えたら練習量を大きく落としたくなかったのですが、6月6日の布勢スプリントで東京五輪の標準記録(10秒05)を破ることに賭けていました。布勢に合わせた調整みたいになって、実際、条件に恵まれて日本記録を出せたのですが、体重は71㎏まで落ちていたんです。ヒザを痛める前は73~74㎏でした。自分のイメージとして、74㎏で強化期を終えて、72~73㎏でレースに臨めれば力も入るし体も軽く感じられます。73.0㎏が理想ですね。布勢は予定外に早く調整に入ることになって、筋量が想定以上に減ってしまいました。日本選手権まで3週間でしたが、2週間は筋トレを入れて、1週間の調整で臨みましたが、布勢の反動があって筋トレもそれほど追い込めなかったんです。結果的に日本選手権は調子も上がらず、力も入らない、走りの感覚も悪い状態で臨んでしまいました。オリンピックまでは日本選手権が終わって1カ月。最初の1、2週間は筋量を戻すことにほとんどを費やしました。残り2週間で実戦的なスピードを出すトレーニングをしましたが、かなりタイトなスケジュールでした。結局、日本選手権の状態が尾を引いてしまったままで五輪本番を走ることになってしまったんです」
 筋量を基準に体の状態を見たとき、5月後半のヒザの痛み以降、日本記録は出したが中期的な流れが悪い方向に回転しまった。それを回避するには、「パワーをつけること」が具体的な手段となる。

●山縣の言う「パワー」とは?

 山縣の言う「パワー」は単純な筋力ではない。全体として出す力のことで、そこには「体の使い方」も関わってくる。
 だが体の使い方には、これまでも着目してトレーニングをしてきた。
「それが完成していません。完成していたらヒザや足関節を痛めることはありませんから。大きい力を出そうとすると、体の弱い部分がどこか悲鳴を上げる。悲鳴を上げないようなやり方や、それを可能にするための肉体改造が必要なんです」
 肉体改造には着手しているが、「時間がかかること」と覚悟している。五輪から2カ月弱の全日本実業団陸上で形になるとは思えない。
 だが、まったく変化がないかといえば、そういうわけでもない。
「ある側面を見れば変化は出ています。100mに直結するかといえば、そんなに簡単なことではありませんが、数値が向上しているメニューもある。そこがどうパフォーマンスに返ってくるか、楽しみではあるんです。でも、そのメニューができると代償として、ヒザに突っ張る感じが出て、ケアをしっかり行わないといけなくなる」
 全てを解決する答えは簡単には見つからない、というのが現状なのだ。それでも「足りない部分は見えている」ので、暗闇の中を進んでいるわけではない。新たなアプローチの第一歩を、全日本実業団陸上で踏み出す。

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●2022世界陸上オレゴンへ

 来年の世界陸上オレゴン大会の標準記録は10秒05。そこを期待しすぎてはいけないことは肝に銘じながらも、今大会の焦点となるのは事実だ。山縣自身も、オレゴンには並々ならぬ意欲をもって向かって行く。
「オリンピックの借りはオリンピックで返したい気持ちもありますが、世界最高峰の大会という点では世界陸上も変わりません。東京五輪の続きではありませんが、持ち帰った課題にしっかりと取り組み、良い結果を出したい」
 “良い結果”とはもちろん、日本短距離界がずっと目標としている戦後初の100 m決勝進出だ。それを実現するためのヒントを、相性のいい長居のトラックで山縣がつかむことができるかどうか。記録だけでなく、山縣が自身の走りをどう分析・評価するか。表情やレース後のインタビューにも注目したい。

TEXT by 寺田辰朗
写真提供:フォート・キシモト

【全日本実業団陸上】
25日26日をYouTube TBS陸上ちゃんねるでライブ配信


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