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【静岡国際レビュー・飯塚翔太】

3大会連続五輪代表の飯塚が後半に圧巻の強さ
新たな技術も習得して世界陸上オレゴン標準記録突破有力候補に

 男子200mで12年ロンドン、16年リオ、21年東京と五輪3大会連続代表の飯塚翔太(ミズノ・30)が健在ぶりをアピールした。日本グランプリシリーズの静岡国際(5月3日。静岡スタジアムエコパ)に20秒34(-0.4)で優勝。前半は同じ静岡県出身の犬塚渉(スズキ・24)にリードを許したが、後半で逆転した。昨年はヒザの故障に苦しめられて東京五輪も良いところなく予選落ちしたが、技術的な課題に集中することで持ち味である後半の強さを取り戻した。7月の世界陸上オレゴンへの展望が開けた大会となった。

●前後半の各100 mタイムは?

 直線に出たところでは犬塚が2mほどリードした。そのまま逃げ切るかに思われたが、後半の飯塚は強かった。残り50mから見る間に差を縮めフィニッシュ直前で逆転した。
「犬塚君と走ることはあまりなかったのですが、あれだけ速く前半を行ける選手はそれほど見たことがありません。世界陸上とかオリンピックではあのくらいで突っ込んで、そのままゴールまで走って行っちゃう選手もいっぱいいますが、そんな感覚でした。ただ、自分の今日のテーマはレース展開よりも、前半100 mは手脚のリズムしっかり合わせることでした。そこに集中したら余裕をもってコーナー出られた。犬伏君が良いレースをしてくれたので引っ張られて良い走りができましたね」
 大学時代から飯塚をサポートしてきた中大・豊田裕浩コーチは「普通ならあきらめるくらいの差を追いつくのですから、スゴいな、と思って見ていました。地元で見せ場を作りましたね」と、飯塚の強さを改めて認識していた。
 後半の強さの目安として、前半100 mの通過タイムと後半100 mの所要タイムがある。自己記録の20秒11(日本歴代3位)のときは10秒40と9秒71だったという。静岡国際の動画から計測したデータでは10秒5台と9秒8前後。飯塚の感覚は「前半が10秒6~7」だったので、0秒1~2ほど速かった。前半部分は追い風だったことが影響したかもしれない。
 しかし、走りやすかった前半でタイムを稼ぐのでなく、自分のリズムや動きを整えたことで後半に強さを発揮できた。

●腕と脚のタイミングを合わせる

 昨シーズンは5月のREADY STEADY TOKYOに20秒48(+1.4)で優勝したが、そのレースの「ラスト50mくらい」で右ヒザを痛めた。その後「スパイクを履いて練習できたのは5回あったかどうか」という状態が続いた。日本選手権は6位と敗れたが、世界ランキングで東京五輪代表入り。しかし五輪本番は21秒02(-0.3)。五輪&世界陸上での自己最低記録で予選落ちした。
「本当に悔しいシーズンでした。日本選手権で結果を残せない中で選んでいただいたのに、東京五輪はあんな走りしかできなかった。日本チームにもまったく貢献できず、4×100 mリレーは応援するだけ。もっと自分も貢献して、リレーをまた盛り上げたい気持ちが強くなりました」
 豊田コーチによれば冬期練習は、「体作りに関してはいつも通りのスピード重視の全身のウエイトトレーニングと、バランスを意識したここ2~3年と同じやり方」だったという。ただ、ヒザの故障を考慮してカーブを走ることは控え、直線の走りを繰り返した。
 4月上旬に豪州ブリスベンでシーズンイン。前半を10秒5と静岡国際と同じくらいで入った。気象条件などの違いを考えれば、静岡より速い入り方といえる。だが後半で「大きく失速」して21秒25(-0.8)もかかった。飯塚は豪州のレースを「速く走ることをイメージし過ぎて、手脚の動きが噛み合わなかったんです。60mまではよかったんですが、そこから一気に疲れて動きませんでした」と振り返った。
 そこでまた、重傷ではなかったが脚に痛みが出た。昨年のケガも豪州で生じた痛みも、強引な動きで無駄に力を入れることが故障を誘発したと判断。その後の練習ではタイミングを合わせることを意識した。
「脚が接地したときにヒジが体の真横に来ている。そこで急いでしまうと、こういう風に(腕が前に出る動きに)なるんですよ。体重をしっかり乗せられず、無駄に力を使って後半に力が残っていない。そのタイミングだけ合わせられれば後半、すごい余裕もって走れるんです」
 静岡国際は予選(20秒43・+1.5)も決勝も、そのタイミングを合わせることだけを意識した。「前半が遅くなる」走りになるが、犬塚に引っ張られたことで自然にタイムが上がったレースになった。

●11年連続20秒50未満の快挙

 飯塚は12年ロンドン五輪に大学3年生で代表入り。その年に初めて20秒50を切って以来、今回で11年連続20秒50未満の記録を残した。実はこれが、スーパーすごいことだった。
 20秒03の日本記録保持者の末續慎吾(41)、20秒08の日本歴代2位を持つサニブラウン・アブデル・ハキーム(タンブルウィードTC・23)以下、20秒30未満の全員を調べたが、長くて5年連続だった。飯塚の11年連続は突出している。
 それでも飯塚は「今回も初優勝みたいな気持ちです」と、初心で競技することを強調する。
「静岡国際は高校2年のときに端のレーンで出場させてもらって、レース後のインタビュー中に気持ちが悪くなって戻しに行った大会です。その緊張感は変わらないですね。周りの選手は変わってきましたが、ベテランとしての立場や先輩後輩とか、まったく意識していません。今日の犬塚君みたいに若い選手が積極的に勝ちに行くのは大事なこと。自分も同じ歳くらいの感じです」
 飯塚はリオ五輪の4×100 mリレー銀メダルメンバーでも最年長だったが、当時も年長者としてメンバーに接することはなかった。それがチームがまとまる要因の1つになったと、短距離関係者の間では共通認識となっている。
 走りの技術に関しては、新人的な感覚とはとは違ってきている。
「同じ意識なのに走り方は変わったりするんですよ。その中で噛み合ってくる、微調整していく作業を毎年この時期に行って、来年また同じことを意識すると違う走りになって、また変えて、っていうことを繰り返している。最近それに気づきました」
 手と脚のタイミングを合わせる今年の意識の仕方も、そのうちの1つということになる。「過去の動画を見直すと、その時にどう意識していたかまでは覚えていませんが、良いときはタイミングがバッチリ合っているんです」。意識の仕方は違っても目指すべき動きができていた。
 静岡国際の20秒34で世界陸上標準記録の20秒24に0.10秒と迫った。リズムを整える今回の走りを、前半があと少し速い中でできれば余裕で突破できるだろう。その延長に6年ぶりの自己新や、日本人初の19秒台が見えてくる。
「今まで自己ベスト出した大会は、あまり記録を切ろうとして走っていないことが多くて、日本選手権で勝つとか、そういった目標のときに切れていることが多いんです」
 6月の日本選手権。2年ぶりの優勝を目指す飯塚に、記録的な期待もできる。

TEXT by 寺田辰朗
写真提供:フォート・キシモト

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