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【プリンセス駅伝レビュー②】

逆境の天満屋と第一生命グループが2位、3位と健闘できた理由は?
初出場の岩谷産業とダイソーはどんなチームなのか?

 資生堂が2時間16分41秒の大会新記録で優勝したプリンセス駅伝(10月24日・福岡県宗像市を発着点とする6区間42.195kmのコースに31チームが参加)。2位には天満屋が2時間18分02秒で食い込み、3位には第一生命グループが2時間18分32秒で入った。天満屋は東京五輪マラソン代表の前田穂南(25)を故障で欠く布陣。第一生命は昨年の今大会15位で、クイーンズ駅伝への連続出場が途切れていた。両チームとも逆境といえるなか、どんな戦い方で3位以内を確保したのだろうか。
 また、12位の岩谷産業、15位のダイソー、17位のニトリ、19位の埼玉医科大学グループの4チームが、クイーンズ駅伝に初出場する。岩谷産業とダイソーの戦いにも焦点を当てた。

●前田を欠いた天満屋が示した底力

 天満屋の武冨豊監督はレース後「ケガをしていた2区と、経験のない4区がポイントだった」と明かした。2区は世界陸上10000m代表経験のある小原怜(31)で、1区の谷本観月(26)から7位でタスキを受け取ると、その順位をキープした。区間7位ではあったが、大きく引き離されなかった。
 4区の小汲紋加(22)は区間17位で1つ順位を落としたが、アフリカ選手が12人出場しているインターナショナル区間。2位のエディオンとの差は縮めていたし、3位の第一生命にも大きく離されなかった。
 その2区間以外は「練習が安定して積めていて、心配していなかった」と武冨監督。そこが天満屋の底力とでも言うべき部分だった。
 1区の谷本は19年世界陸上マラソン7位入賞者。スピード型ではないが、3位のエディオンからは11秒差で2区へつないだ。3区の松下菜摘(26)もスピード型ではないが、トラックの記録も徐々に上がってきている。区間3位で7位からチームを4位に浮上させた。
 4区で5位に後退したが、5区の大東優奈(24)は昨年のクイーンズ駅伝でも、入社1年目で“天満屋の5区”に抜擢された選手。天満屋の5区に早い段階で起用される選手は、将来のエース候補と期待されていることを意味している。その大東も区間3位で2位に上がった。
 そして6区のルーキー渡邉桃子(23)が区間2位で、格上の第一生命・原田紋里を引き離した。渡邉も天満屋の選手らしく、自主的にプラスの練習を行うなどして順調に成長している。
「今回の結果は次に向けて弾みになる」と武冨監督。クイーンズ駅伝までには小原が調子を上げてくるのは間違いないし、第一生命から移籍してきた嵯峨山佳菜未(23)も、プリンセス駅伝直前に左脚の甲を痛めるまでは好調だったという。仮に前田が間に合わなくとも天満屋は、クイーンズ駅伝でも「8位以内」(武冨監督)を目標とできる底力を示した。

●連続出場が途切れた第一生命グループが奮起

 第一生命グループは1、2区が素晴らしかった。
 1区の小海遥は仙台育英高2年(19年)時に全国高校駅伝1区区間賞を獲得し、同高の優勝に貢献した。今大会では格上の木村友香(資生堂)のペースアップにただ1人食い下がり、6.4kmで振り切られたが7秒差の区間2位で中継した。
「周りは名前を知っている選手ばかりで緊張しましたが、1区を任されたからには思い切り走って、2区の(櫻川)響晶先輩が走りやすい位置で渡そうと思いました」
 高校駅伝の1区区間賞選手とはいえ、入社1年目でこの走りは予想以上だった。山下佐知子監督は「ペース走的な能力が高い選手です。潜在能力を買っての起用でした。信頼感ですね」と起用理由を話した。
 2区の櫻川響晶は資生堂を逆転し、2.7km付近でトップに立った。櫻川は入社2年目。小海とは対照的に高校(兵庫・伊川谷北高)では全国大会で活躍したことはないが、レベルの高い兵庫県で、強豪校の選手を相手に健闘していたことが第一生命のスカウトの目に留まった。今季3000mと5000mで大きく自己記録を更新していたとはいえ、区間2位は想定以上の走りだった。
「初めての実業団駅伝で足を引っ張らないか、不安の方が大きかったです。小海さんがすごく良い位置で持ってきてくれたので、私も3区の出水田先輩に少しでも早くタスキを渡したかった」
 3区の出水田眞紀は昨年も同区間で、区間23位とブレーキをしてしまったが、今回は区間10位で走り切った。3位に順位を落としたが、向かい風にもかかわらず昨年よりタイムは1分31秒上がっている。エース区間の、この違いは大きい。山下監督によれば昨年の出水田は、「足首周辺の痛みで練習が不十分でしたが、責任感だけで走った」という。今季は脚を治し、高校時代の指導者の力も借りて少しずつ復調してきた。
 3区終了時点で3位を確保したことは大きかった。5区で5位に後退したが、6区の原田紋里が2チームを抜き、2位の天満屋に30秒差でフィニッシュした。
 クイーンズ駅伝に向けては、1、2区が今回のように上位を確保できる保証はないが、出水田はもともと全国トップレベルの素材で、今回より状態を上げてくるだろう。原田も昨年の予選落ち後は、ハーフマラソンで快走するなどチームを勇気づける走りをしてきた。8月にケガで練習できない時期があり6区に回ったが、自身が10km区間を走る意欲も明言している。
 この1年は昨年の予選落ちを真摯に受け止め、チーム再建に取り組んできた。
「去年は故障者が多くて練習もままならず、駅伝を走る選手の当事者意識も低いところがありました。今年は選手とスタッフも、スタッフ同士もコミュニケーションを密にとって、みんなで作り上げてきたんです」
 クイーンズエイトのチームと比べれば、大砲的な選手がいない。そこは明らかだが今年のチームは、小さな隙間を埋めてしっかりした土台を作ってきた。簡単には引き下がらない戦いができそうだ。
「クイーンズエイトが目標です。選手にもミーティングで、(そこが狙えることを)資料を示して説明しました」
 山下監督の声が明るくなっていた。

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●3区と5区で順位を上げた岩谷産業と、10km区間の課題に立ち向かうダイソー

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 創部5年目の岩谷産業が12位、創部3年目のダイソーが15位。それぞれのチーム作りでクイーンズ駅伝初出場を果たした。
 岩谷産業は2区終了時点で22位。出場権が得られる20位に入っていなかったが、3区の中野円花(30)が流れを一気に変えた。区間9位で6人抜きを見せ、チームを16位と圏内に浮上させた。
 中野は19年世界陸上マラソン代表だったベテラン選手。当時は典型的な持久型の選手だったが、岩谷産業に昨年加入し、今季はトラックの3000m、5000m、10000mで自己記録を更新している。駅伝に対応できるスピードもつけてきた。
「400 mのインターバルなど、スピード練習が多くなりました。以前は境界線を自分で作ってしまっていましたが、今は速いペースも当たり前と思えるようになっています」
 これまでの経験も生かすことができた。今年のプリンセス駅伝は北に向かって走る1、2、5区が追い風で区間新も誕生したが、南に向かう3区は向かい風が強かった。中野は前半から飛ばすより、後半で落ちてくる選手を抜いて行くプランで走り、その通りに順位を上げることに成功した。
 岩谷産業は外国人選手がいないため、インターナショナル区間の4区で17位に後退したが、5区の安井絵理奈(31)が区間4位と快走し13位に進出。6区の大同美空(22)も区間9位で1つ順位を上げ、12位でフィニッシュした。
 廣瀬永和監督は、「中野と安井のベテラン2人がチームをまとめてくれた」と評価している。「良い練習ができたのは以前は1人か2人、ポツポツという感じでしたが、今はみんなで練習ができるようになりました。レベルアップができたと思います」
 中野も安井も移籍選手だが、生え抜き選手では1期生の大同が強くなっている。今年1月には10000mで32分17秒62のチーム新記録で走った。しかし2月のレースで転倒し、股関節の骨挫傷で練習が長期間できなかった。今大会は準備不足だったが、クイーンズ駅伝では1区か5区への出場も期待されている。主要区間の1、3、5区がしっかりした布陣で臨めることが岩谷産業の特徴だ。
 ダイソーは対照的に、1、2区の序盤区間が良かった。1区の松本のぞみ(20)が区間12位でスタートすると、2区の加藤小雪(18)が区間7位で11位に。世羅高を全国高校駅伝優勝に導いた岩本真弥監督も「1、2区が思ったより(良い位置で)流れました。普段の練習通りの走りをしてくれた」と評価した。
 しかし3区の平村古都(21)が区間22位と苦戦し、15位に順位を落としてしまう。「平村も粘って力は出したのですが、上位に行くためには3区をしっかり走れる選手を育てなければいけません」
 だがダイソーは4区に、U20世界陸上3000m優勝者のテレシア・ムッソーニ(19)を起用できる。ムッソーニは期待通りに区間賞の快走を見せ、チームを10位に浮上させた。5区(区間16位)で12位、6区(区間14位)で16位と順位を落としたが、危なげなくクイーンズ駅伝初出場を決めた。
 高校長距離界の名将だった岩本監督は大会前から、10km区間が課題だと話していた。
「高校駅伝の距離なら短期的なチーム作りで戦えるようになりますが、実業団駅伝の10km区間は、高校を出たばかりの選手では走れません。今のダイソーの選手は、他チームのようなハードな練習はできないですね。5年、10年というスパンで選手を育てたい」
 岩本監督の「5年、10年」という言葉には、謙遜している部分もあるだろう。レース後も前述のように10km区間の課題は強調していたが、多少の手応えも感じているようだった。世羅高では女子だけでなく、男子も指導していた(15年には全国高校駅伝男女同時優勝)ことがヒントになっている。
「高校では男子の10km区間の選手も、5000mの練習しかしていませんでした。それを女子にも上手く当てはめて、5000mベースでも10kmを走れる選手を育てたい。そこはずっとやってきたところですから、ノウハウはありますよ」
 岩本監督の指導実績を考えれば、数年後に10km区間の選手が育てばダイソーは、上位に定着するチームになる。

 岩谷産業とダイソーが、クイーンズ駅伝で上位チームと互角に戦うのは難しいかもしれない。
「(目標を)クイーンズエイトと言える戦力はありませんが、全員が上手く走れば順位はついてくると思います」(廣瀬監督)
「目標は特にありません。出られるだけでありがたいこと。失うものは何もないので、経験を将来につなげたい」(岩本監督)
 クイーンズエイトを目指したタスキリレーはできないかもしれないが、初出場2チームが仙台でどう走り、その後の成長にどうつなげるかに注目したい。

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TEXT by 寺田辰朗

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