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千葉大大学院卒業の今江が“1番”に意欲。実業団1年目の急成長の背景は?【全日本実業団ハーフマラソン2023プレビュー④】

 ダークホースに挙げられているのが、自己記録1時間04分20秒の今江勇人(GMOインターネットグループ・25)である。第51回全日本実業団ハーフマラソンは2月12日、山口市の維新百年記念公園陸上競技場を発着点とする21.0975kmのコースで行われる。2連覇のかかる林田洋翔(三菱重工・21)、20年大会で2位(日本人トップ)の古賀淳紫(安川電機・26)、トラックで代表経験がある佐藤悠基(SGホールディングス・36)、日本選手権10000mに優勝経験のある大六野秀畝(旭化成・30)らが優勝候補に挙げられている。千葉大大学院卒と異色の経歴を持つ今江も、「60分30秒が目標ですが、順位を大事にしたい」と優勝争いへの参戦意欲を見せる。

●最初の5kmは集団の中の位置取りも重要

 今江勇人は学生時代に全国大会は経験しても、そこまで激しい戦いは経験していなかった。その今江が1年目から、実業団トップレベルで戦えた理由があるのだろうか。亀鷹律良監督は「賢い選手だからです。自分の状況など冷静にものを見ることができて、その中でどういう走りをしたらいいか、判断ができる」と説明する。
 ニューイヤー駅伝では5区を任され、区間賞と17秒差の区間3位。ライバルチームの予想を超える走りをした。今江は5区を走った経験のあるチームメイトにアドバイスを求め、「上り基調で向かい風の区間なので、5kmから10kmでペースが落ちても焦らなくていい」と聞いていた。知識として持っていても、その知識を参考に走りに生かせなければ意味はない。その点今江は、走りに生かせる心の強さも持っていた。
 全日本実業団ハーフマラソンの山口のコースでも、力を出し切るために情報を収集している。
「最初の5kmは位置取りが重要だと思います。上りがあるとはいえ、(前回大会より約10秒速い)14分20秒で行くこと自体、そこまで問題ではありません。大集団の中で走りやすい位置を確保して、無駄な力を使わないことが大事です。ラストのスプリント力があるわけではないので、ラスト1kmからの勝負に持っていければと思っていますが、余力次第でその前から揺さぶりをかけていくかもしれません。周りの選手の表情や息づかいも見て判断していきます」
 今江の位置取りやスパートするタイミングも、観戦の注目ポイントになる。

●高校時代のタイムは全国1000位以下

 今江は宮城県の仙台三高出身。高校時代は5000mで15分を切ることができなかった。全国ランキングは1000番以下というレベルだ。16年に千葉大工学部に入学。1、2年時こそ箱根駅伝予選会に出場したが、3年生以後はチームとして予選会に出場することができなかった。箱根駅伝の関東学生連合チームにも入ったことはない。
 だが今江個人は力を伸ばし始め、4年時には5000mで14分10秒台、10000mで29分台50秒台を出した。高校なら全国大会レベル。初めて全国大会に出場したのも4年時で、日本学生個人選手権3000m障害で2位(タイムレース2組1位)と好走した。
 大学院1年時に5000mで13分46秒84、2年時に10000mで28分46秒64と、箱根駅伝で活躍してもおかしくないレベルまで成長した。
「大学院で伸びたというより、大学4年までに自分のやり方が確立できて、そのやり方を積み重ねた結果、大学院で記録が伸びました。(自身で予兆を感じたことは)高校時代はなくて、自分なんかが箱根駅伝は目指せないと思っていました。やはり大学4年のときに日本インカレに出られたり、結果を残せるようになったりして、やりようによっては伸ばせるかな、と考え始めたんです」
 大学では朝練習は行わず、授業後の練習だけで「1日平均20kmも走れなかった」という。大学3年までは一緒に練習できる先輩がいたが、4年以降は今江だけ設定タイムが高く、練習は1人で走るようになった。「レースになって人の後ろを走ると楽だった」という効果も現れ始めた。
 1人の練習は大学院でも同じで、ジョグの日は60~90分、ポイント練習の日は移動も含めて2時間以内に終わらせるようにした。
 大学院1年目の終わりに青学大・原晋監督と話す機会があり、原監督がアドバイザー(現EKIDENダイレクター)を務めるGMOインターネットグループに紹介された。

●1秒差の区間2位で火が点いた今江

 実業団ルーキーではあるが、今江に臆する様子は少しもない。
「昨年は最初の5kmが14分30秒通過で、フィニッシュタイムは60分38秒でした。(60分30秒を出すために)14分20秒が目安になります。上りがあってラップが落ちやすいところですが、そこを耐えられるかどうかでタイムも順位も変わってきます」
 だがタイムよりも、勝負を優先する。14分20秒よりもスローになりそうだったら自ら引っ張るのか、という質問には「勝負に徹する場面もあると思います」と答えた。全国都道府県対抗男子駅伝3区区間2位と好成績を残したが、区間1位と1秒差だったことが今江の心に火を点(つ)けた。
 都道府県駅伝3区の区間賞は、1学年上の塩尻和也(富士通・26)だった。3000m障害のリオ五輪代表で、箱根駅伝2区の日本人最高記録(当時)も出した。5000mは13分16秒53のスピードを持つ。その塩尻に対し今江は1秒差の区間2位と健闘を見せたのだが…。
「1年前の僕なら“よくやったな”と思ったと思いますが、この1年間である程度しっかり走ってきました。塩尻さんも憧れだけではなく、負けたら悔しいと思えたのです」
 GMOインターネットグループは『スピリットベンチャー宣言』で“1番”になることを強調している。今江も自身のポジションを“1番”を目指すべきときだと認識した。その最初の大会が、全日本実業団ハーフマラソンになる。

TEXT by 寺田辰朗
写真提供:フォート・キシモト


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