3種目出場の世界陸上オレゴンから帰国後第1戦は800m。田中が来年の世界陸上ブダペストに始動【トワイライト・ゲームス2022】
世界陸上オレゴンで日本人初の個人3種目(800m・1500m・5000m)に出場した田中希実(豊田自動織機・22)が、トワイライト・ゲームス(8月7日・慶大日吉グラウンド)で帰国後初のレースに臨んだ。種目は800m。2分04秒14の大会新だったが、1周目こそ速く入ったものの終盤は思ったようにスピードが出なかった。この走りは田中にとってどんな意味があったのか。そして来年の世界陸上ブダペスト大会に向け、種目選択をどう進めていくのだろうか。
●トワイライト・ゲームス出場の意味
オレゴンの800mは予選6組7位で、2分03秒56のタイムだった。自己記録の2分02秒36には1秒20及ばなかったが、1周目(400m)を59秒44と、かつて経験したことのないスピードで入った。
「世界陸上では1周目を速く入ることができました。今日はそのスピード感を1人でも再現できたらいいな、と思って出場しました」
トワイライト・ゲームスの1周目は1分00秒9で通過した。世界陸上の59秒44が外国勢のペースに乗って走れたことを考えれば、オレゴンと1.5秒の違いはあったが、再現したと言っていいかもしれない。
「帰国後はトレーニング的には走らず、1日1回ジョグするくらいで1~2週間つないできた」という。練習しない期間を設け、北海道内を何カ所か旅行して回った。
「旅行という形で休み、その間は旅行に集中して陸上を考える時間を持ちませんでした。ただ、予定を詰め込みすぎましたね。かなり歩いたりしていて、寝転んでボーっという休みはしていません」と、田中らしい休日だった。
トワイライト・ゲームス前日に久しぶりにスピード練習を行ったら「短めなのに筋肉痛になって」と笑う。だが「休んだら(力が)落ちるのは早いので、継続は大事かな」と改めて認識もした。
「明日から合宿に入って、本格的にトレーニングを再開するにあたって、現在の状態を確認するのが今回の目的でした」
田中本人の口からは合格点の言葉は出なかったが、決して悪い再スタートだったわけではない。
●オレゴンで東京五輪を再現できなかったのは?
オレゴンの田中は残念ながら、昨年の東京五輪ほどの結果を残すことができなかった。
東京五輪は2種目に出場し、最初の5000mは予選をあと1人というところで通過できなかったが、14分59秒93の自己新をマークした。素晴らしかったのが1500mで、予選で4分02秒33の日本新をマークすると、準決勝で日本人初の3分台となる3分59秒19と、歴史に残る快走を見せた。そして決勝では3分59秒95で8位と、日本人五輪初出場種目で入賞まで達成した。
しかし世界陸上オレゴンでは以下のような成績だった。
1500m予選2組7位・4分05秒30
1500m準決勝2組6位・4分05秒79
5000m予選2組9位・15分00秒21
800 m予選6組7位・2分03秒56
5000m決勝12位・15分19秒35
可能性があると思われていた5000mの入賞ができず、自己記録も1種目も出すことができなかった。5000mを走り終えた後には涙の理由を問われ、「昨日から何の涙かわからない涙がずっと出ているんです」と説明した。
「これまでの世界大会ではタイムか順位、どちらかがついてきました。今回は最後まで(どちらも得られず、成果が)、目に見えないまま終わる恐怖感がありました」
6月の日本選手権は3種目に出場して「昨年よりも成長している」(田中)と実感できたし、世界陸上でも1500mのタイムは安定していた。「去年より地力はついているかな、という手応えはありましたが、トップの出力が去年よりも劣っている」と自己分析している。
父親である田中健智コーチは、7月2日のホクレンDistance Challenge士別大会1500mの「負け方が良くなかった」という。4分07秒79のタイムはそこまで悪くなかったが、H・エカラレ(豊田自動織機)に1.97秒差で敗れた。
「歯車が狂いかけて3000mにチャレンジしましたが(7月6日のホクレンDistance Challenge深川大会で8分42秒66と自身の日本記録に約2秒と迫った)、あれでも自分の力を信じ切れなかったのでしょう。オレゴンは予選も準決勝も中途半端で、前に出ても行ききれませんでした。1500mの走りがぼやけてしまったんです。5000mは色々な疲れもありましたし、思った以上に陽射しがこたえました」
昨年の東京五輪は初めてのオリンピックで地元開催。日本人初の1500m代表という初ものづくしの状況に、けた違いの集中力を発揮できた。もともとU20世界陸上3000m優勝など、国際大会で力を発揮する選手。自分より強い選手に挑戦する環境になると燃えるタイプだった。
オレゴンでも日本人初の個人3種目出場が、田中の挑戦心をかきたてたのは確かだが、東京五輪の快挙は簡単に再現できるレベルではなかった。
●世界陸上ブダペストの種目選択は?
新型コロナの感染拡大の影響で20年五輪が21年開催に変更され、21年開催予定だった世界陸上も22年にスライドした。次回世界陸上は予定通り、来年ブダペストで開催される。
「今回に懲りるのでなく、今回の経験があったからこそ次につながる、としたい。1つの種目に絞るかもしれませんし、もう1回3種目をやってみるかもしれない。自分の心の向く方向に挑戦し続けます」
オレゴンでは上記のように話した。
田中コーチも「まだ絞りきるところに来ていないと思っています。それぞれの種目が、それぞれに生きている。それぞれを極めた上で、本当の1種目に絞りたい」という考えがある。
休養を経て出場したトワイライト・ゲームスのレース後に、どういう状況になれば種目選択の判断ができるかを質問されたが、明確な基準が持てているわけではない。田中は誰も経験したことのない道を進んでいるのだ。
「地力はついている感覚はあるので、どれかの種目で(自己新や世界レベルのタイムを)体現できたら他の種目もついてくる。どの種目でもいいのでまずは自己新を出すことかな、と思います」
ブダペストの参加標準記録は10000mとマラソンは発表されたが、800 m・1500m・5000mはまだ発表されていない。どの選手も、もちろん田中も、今季の動向から標準記録が上がることは想定して戦略を練っている。
「まずはできるだけ多くの種目で標準記録を突破することが先決です。権利を取らないことには、この種目に絞るとか、全部出るとか言えません」
トワイライト・ゲームスはオレゴンより1.5秒遅かったが、日本選手権決勝と比べると1秒1速い。
日本選手権では優勝した塩見綾乃(岩谷産業・22)との差が途中、大きくついてが、あくまでも自分のペースをキープした。世界陸上でその殻を大きく破ったことで、国内レースでも前半のスピードが段違いに速くなった。“目に見える”とは言えないだろうが、ちょっとした収穫と言えるかもしれない。それが合宿に入る前日のレースで明確になった。
「明日からの合宿で追い込み、力を作り直したらどの種目で、どの大会で狙うかが見えてきます」
最終決定はしていないが、8月末には海外遠征に行くプランも出ている。11月のクイーンズ駅伝には出場予定だが、それまでの国内レースで、田中が自己記録に挑戦するシーンも想像できる。
TEXT by 寺田辰朗
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