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【全日本実業団ハーフマラソン2022レビュー③男子編】

3人が日本歴代8位の激戦を勝ちきった林田の成長

中山、服部、佐藤はマラソンにつながるハーフ

 男子長距離界の縮図ともいえる戦いが展開された。全日本実業団ハーフマラソンは2月13日、山口市の維新百年記念公園陸上競技場を発着点とする21.0975kmのコースで行われ、男子はハーフマラソン2回目の林田洋翔(三菱重工・20)がラスト勝負を制した。1時間00分38秒の日本歴代8位の好タイム、2位の中山顕(Honda・24)、3位の田村友佑(黒崎播磨・23)も林田と同タイムの激戦だった。4位の山野力(駒大3年)が1時間00分40秒と、学生日本人最高をマークした。気温が6.5~7.5度、天候が雨という気象状況だったが、風はほとんどなく、男子は大集団でレースが展開されて好記録が続出した。

●ニューイヤー駅伝3区の再現に失敗も最後で勝ちきった林田

 林田洋翔は13kmで集団の前に出ると、後続を引き離しにかかった。トップに躍り出たニューイヤー駅伝3区をイメージしていたという(チームは6区途中までトップを維持したが、6~7区で順位を落として4位)。だが1kmも行かないうちに田村に前に出られた。林田もすぐに前に出たが、行ききることはできず集団になった。「強い選手がいっぱいいました。ペースを上げ続ける力がありませんでした」

 15km以降は田村、西山和弥(トヨタ自動車・23)、佐藤悠基(SGホールディングス・35)、山本歩夢(國學院大1年)、林田と、複数の選手が交互に集団の前面に出てきた。そして20km手前では山野力(駒大3年)がスパート。一時は後続に10m前後の差をつけた。それでも林田は残り1km付近で「追いつけるかもしれない。ワンチャンある」と勝負の流れを読んでいた。

 トラックに入り残り1周付近で山野に追いつくと、ラスト250m付近で前に出た。林田は1500mから距離を伸ばしてきた選手で、400 m以下の距離ではチームの先輩の的野遼大(1500m3分39秒35。20年日本選手権2位)をしのぐスピードを持つ。「ラスト200 mは自信がありました。行くぜ、と思って走っていました」

 フィニッシュ直前では中山と田村も追い込み同タイムでフィニッシュしたが、距離的には明確に2~3mの差があった。1時間00分38秒は日本歴代8位。中距離出身で1年前まではロードに苦手意識のあった20歳が、自身の成長を強烈にアピールした。

●長崎から世界へ

 林田は身近な目標を乗り越えることで、世界への道筋を切り拓こうとしている。タイムの感想を問われると、チームの先輩の井上大仁(三菱重工・29)の名前を何度も出した。

「井上さんの長崎県記録(1時間01分14秒)を抜きたいと思っていました。そのためには優勝することも絶対条件だと思っていました」

 井上は入社後あまりハーフに出場する機会がなかったが、1月末の大阪ハーフマラソンを1時間01分14秒と8年ぶりの自己新で優勝した。三菱重工のエースの貫禄を示していた。

 井上と林田は同じ長崎県出身で、林田は高校時代から地元の競技会で井上とも一緒に走っている。その林田も入社2年が経ち、チーム内では20kmの単独走を60分ちょっとで走るなど、練習が充実していることは共通認識だった。

「井上さんから『オマエなら俺の記録も抜けるぞ』と声をかけていただきました」

 井上はマラソンで17年世界陸上ロンドン出場、18年アジア大会金メダル、18年と21年に2時間6分台と、リオ五輪以降の日本マラソン界を牽引してきた選手である。ニューイヤー駅伝では入社後7年連続4区(22.4km)を走り、区間賞2回を含めすべて区間3位以内で走っている。三菱重工が入賞常連チームに成長したのは井上の功績が大きい。

「ニューイヤー駅伝の4区も、井上さんから奪うつもりで頑張って行きます」

 名前の読み方は林田も井上も“ひろと”である。今の勢いなら三菱重工の4区は“ひろと”同士のバトンタッチがされそうだが、井上も「チームが初優勝するまで4区を走る」と簡単には4区を譲らない構えだ。黒木純監督も「林田はまだ勢いだけ」と、4区起用にゴーサインは出していない。

「井上から4区を、という言葉が出てくることは、エースの自覚が出てきたからです。でも井上の4区は、今年も(強い向かい風となる)最後の3kmで8位から3位まで区間順位を上げました。4区はテクニックや冷静に走る力も必要です」

 井上の大阪ハーフマラソンは、あくまでもマラソン(3月6日の東京マラソン)を目指す過程で出場した大会だ。また20年の東京マラソンでは中間点を1時間01分59秒で通過している。ハーフマラソンだけに絞れば1時間0分台は簡単に出しそうだ。

 林田に求められるのは勢いで井上を超えることではなく、地力をつけて井上を超えること。それができたとき、もともと持っているスピードを生かして5000mや10000mで世界に挑戦することができる。

 まずは4月に10000mで、今年7月開催の世界陸上オレゴン標準記録(27分28秒00)突破が大きなターゲットだ。

●6区区間賞の中山が故障の多さを克服して2位

 2位にはHondaに入社3年目の中山顕が、林田と同タイムの1時間00分38秒で入った。「風と展開に恵まれましたが、自己記録を50秒更新できたのはよかったです。ただ、最後の200 mで林田選手に負けたことは、今後の糧(かて)にしないといけません」

 ニューイヤー駅伝では6区で区間賞を獲得し、チームをトップに押し上げ初優勝の立役者になった。ただ6区が主要区間かといえば、そうではない。6区区間賞選手を出したチームが10年連続でニューイヤー駅伝に優勝しているが、終盤で距離も短い区間のため、チーム6~7番目の選手が走ることが多い。選手層の厚さが端的に現れる区間と位置づけられる。

 中山もチーム状況を見て、東京五輪10000m代表の伊藤達彦(23)、同3000m障害代表の青木涼真(24)、小山直城(25)の3人が3~5区の主要区間を走ると予想できた。マラソン2時間6分台の土方英和(24)や、スピードのある川瀬翔矢(23)もいる。自分が走るとしたら6区だと想定し、向かい風の中を1人で走る練習も行った。

 その結果が区間2位を27秒も引き離す区間賞という結果になった。だが中山は入社1年目には早くも、3区で区間2位になっている。Hondaの主要区間を担う力を十二分に持った選手なのだ。

 中山は過去2年も、冬期の個人種目では今大会を最大目標としてきたが、ニューイヤー駅伝で力尽きて出場することができなかった。初めて今大会に出場できたのは故障が減ったからだ。食事の改善や基礎トレーニングをしっかり行うこと、体幹周りや足首の強化と並行して、「練習から腰の位置が高い走り」を意識した。

「疲れたり調子が悪かったりすると腰が落ちた走りになって、ヒザ下を使って蹴る走りになってしまっていました。それで前腿やスネのケガを繰り返しました」

 故障が減って練習を継続できたことで、ニューイヤー駅伝6区、今大会と良い走りが続けられた。次は5月の日本選手権10000mが目標になるが、来冬にはマラソン出場も見据えている。

●服部、荻久保、佐藤のマラソン組も自己新

 中山は1年後のマラソンだが、東京五輪マラソン代表だった服部勇馬は「4~5月の(海外)マラソン」で復帰するプランを持つ。そこへのステップとして今大会を走った。

 服部はニューイヤー駅伝5区では区間14位と低調な走りだった。東京五輪後に急ピッチで仕上げようとしたが失敗した。再起戦として1時間01分40秒(18年)の自己記録更新を今大会の目標としていたが、1時間01分24秒で30位だった。「タイムについては上出来ですが、競技者としては勝負に加われず悔しい。次につなげたい」とレース後に話した。

 しっかり走り込み、マラソンをジョグ感覚で走れるようにする東京五輪までのスタイルは維持しながら、「新しい服部勇馬を作っていく」という。「ウエイトトレーニングや短距離の動きづくり」も導入する。「次のマラソンでも自己記録(2時間07分27秒)更新を目標にします。MGC(23年秋開催のマラソン・グランドチャンピオンシップ。パリ五輪代表選考最重要レース)の出場資格もそこで取りたい」

 東京五輪で悔しい思いをした服部が、再起への一歩を踏み出した。

 今大会はハーフマラソンに照準を合わせた林田、中山、田村や学生選手が上位を占め、マラソンへのステップと位置づけている選手では荻久保寛也(ヤクルト・24)の7位(1時間00分43秒)が最上位だった。荻久保は11月に10000mを27分44秒74で走っているスピードランナーで、ハーフの自己記録を45秒更新した。

 35歳の佐藤悠基(SGホールディングス)も3月の東京マラソンへの現状確認や調整として出場し、1時間00分46秒の自己新で11位。佐藤は言わずと知れたトラックの元日本代表で、1年前のニューイヤー駅伝でも4区区間賞。今回ハーフでも2年ぶりに20秒自己記録を更新したが、フィニッシュするまでまったく力みのない走りを見せていた。

 2人とも東京マラソンでブレイクする可能性が感じられた。

TEXT by 寺田辰朗

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