見出し画像

男子100mはサニブラウンの復活が最大の焦点

混戦予想の男子100m。好記録量産スタジアムの長居で標準突破者誕生の期待【日本選手権プレビュー⑦】

6月9~12日に大阪市ヤンマースタジアム長居で開催される陸上競技の第106回日本選手権。例年と状況が異なるのが、注目種目の男子100mで世界陸上オレゴン参加標準記録(10秒05)突破者が、1人も現れていないこと。昨年から今年にかけて故障者が続出したためだが、ここまでが“底”の状況なら、今後は上がっていくと期待できる。前日本記録(9秒97)保持者のサニブラウン・アブデル・ハキーム(タンブルウィードTC・23)も、昨年苦しめられた腰痛が完治。開幕前日の会見では「練習でやっていることを試合でもしっかりやって、優勝して、タイム(10秒05)も切って、オレゴンの切符を決めたい」と意欲を見せた。

●ヘルニアで昨シーズンは絶不調

チームが拠点とする米国フロリダで100m、6月の日本選手権で100m、8月の東京五輪で200m。シーズン最高タイムは100mが10秒29、200mは21秒41と、別人と疑ってしまうような結果しか残せなかった。
 東京五輪の際はハムストリング(太もも裏)の痛みという報道もされていたが、日本選手権開幕前日の会見で「去年はヘルニアだった」と明かした。
「去年は体がガタついている状態で、痛みとずっと戦いながら走っていました。腰のケガで体全体の感覚が敏感になっていた。神経に痛みを感じて、腰もそうですし、腰が張ることによってハムストリングも張ったりしますし、筋肉はつながっているので色んな支障が出ました。しょうがないな、という部分と、そういう状況でも結果を出せる強い選手になりたいな、という気持ちがありました」
 現在は完治していて「心配はない状態」だという。「コーチと相談してリハビリや練習の仕方、メニューの組み方と、色々と模索してやってきました」
 3月19日と4月30日にフロリダ、5月12日にプエルトリコと、今季は3試合を消化。プエルトリコでは10秒21(-0.2)でT・ブロメル(米国)に0.29秒差をつけられての5位。まだまだではあるが、3月の10秒15(+0.4)は今季日本最高タイムで、4月は追い風2.1mと0.1mの違いで参考記録にはなったが、10秒08の好タイムで走っている。
「10秒08の試合の後はスピード練習をもっと入れてきました。調子に関しては上がる一方なので、やるべきことをやればタイムは勝手に出るかな」
 やるべきことをやる、というのはサニブラウンの基本姿勢だ。必要以上にタイムは意識しなくても、課題を練習し、それをレースでもそのまま出す。今回と同じヤンマースタジアム長居開催だった19年日本選手権でも、「やるべきこと」に徹して、予選・準決勝・決勝と10秒0台を3レース揃えて優勝した。

●ヤンマースタジアム長居と相性の良いサニブラウン

今年の日本選手権会場のヤンマースタジアム長居は好記録が出る競技場と知られている。男子100mでは日本選手による10秒10未満のパフォーマンスが9回出ている(最多は鳥取の布勢競技場の10回)。

▼ヤンマースタジアム長居の日本選手10秒10未満全パフォーマンス
10.00(0.2)山縣亮太     2017/9/24 全日本実業団陸上
10.01(0.0)山縣亮太     2018/9/23 全日本実業団陸上
10.01(1.7)桐生祥秀     2019/5/19 ゴールデングランプリ
10.03(0.5)山縣亮太     2016/9/25 全日本実業団陸上
10.04(1.7)小池祐貴     2019/5/19 ゴールデングランプリ
10.05(0.6)サニブラウン   2017/6/24 日本選手権・決勝
10.06(0.4)サニブラウン   2017/6/23 日本選手権・予選
10.06(0.5)サニブラウン   2017/6/23 日本選手権・準決勝
10.08(-0.9)ケンブリッジ飛鳥 2017/6/23 日本選手権・予選

個人別では山縣亮太(セイコー)とサニブラウンの3回が最も多く、サニブラウンと長居競技場との相性は良い。10秒05と、今回の標準記録と同じタイムで走っている場所だ。それを再現させたい。
 今季の日本勢はサニブラウンが10秒15(+0.4)、福島聖(富山銀行)が10秒17(+1.7)、桐生祥秀(日本生命・26)が10秒18(+1.5)、栁田大輝(東洋大・18)が10秒19(-0.2)と、4人しか10秒20を切っていない。
 日本記録保持者の山縣は昨年10月に手術した右ヒザの回復が不十分で、ケンブリッジ飛鳥(ナイキ)も4月に交通事故に巻き込まれた影響で欠場する。桐生と前回チャンピオンの多田修平(住友電工・25)は今シーズンに入ってからケガをした。
 サニブラウンの話した「上がる一方」は、日本の100m全体にも当てはまる。
「10秒05を切っていない。そのタイムを目指して走ります」(桐生)
「優勝と10秒05。その2つを達成できたら笑顔で終われます」(多田)
 前回優勝者の多田や9秒台を持つ桐生、小池祐貴(住友電工・27)の復調に期待がかかる一方、新戦力として大学1年生の栁田が注目されている。ゴールデングランプリでは小池に続いて日本人2位に入り、関東インカレは1年生ながら貫禄を感じさせる勝ち方だった。高校2年生時のゴールデングランプリに出場するなど、当時から高校生の枠を超え、シニアの大会にも積極的に参加してきた。
 日本選手権も過去2年連続で入賞している。今年は標準記録を突破し、世界陸上代表入りを目標に掲げている。
「去年(7位)、一昨年(7位)と決勝で良い走りができていません。予選、準決勝と着順で突破して、決勝でどう走るか。3回目なので優勝を狙いつつ、自分の走りをしないと」
 この日本選手権から、好記録がどんどん出始めて、10秒05の標準記録突破者も誕生することも期待したい。

●大会初日に登場する世界陸上代表候補は?

大会初日の男子100mは予選と準決勝だが、その記録が重要になる。2日目の決勝を有利に戦う意味もあるが、世界ランキングを上昇させることもできるからだ。
 世界陸連が決める世界陸上の出場資格は、標準記録突破者と世界ランキングの上位者である。その出場資格を有する選手の中から、日本陸連が代表を1種目3人まで選ぶことができる。世界ランキングの何位までが出場資格を得られるかは、標準記録突破者の人数次第だが、標準記録突破者と世界ランキング上位者のリストが世界陸連ホームページにRoad to Oregon 2022として掲載されている。1国3人までのカウントで順位づけがされているリストだ。
 男子100mのリスト

では6月8日現在、桐生が39番目で、小池が61番目。男子100mの出場枠人数は48人。順位は変動するので油断はできないが、このままいけば桐生は出場資格を得られる。桐生以外の日本選手は標準記録を破るか、世界ランキングを上げていかないと出場資格を得られない。
 小池が前日会見で「明後日(大会2日目)が雨の予報なので、明日の予選、準決勝で良いコンディションを作って記録を狙います」と話した。標準記録を破るという意味だったが、10秒10を切っていけばランキングも上がっていく。
 大会初日に登場する選手で、世界陸上代表を狙っている選手たちは以下のメンバーたちだ。
 標準記録を突破しているのは女子1500m予選の田中希実(豊田自動織機・22)と、男子5000mの遠藤日向(住友電工・23)の2人。トラック種目の決勝は男子5000mだけで(女子1500m決勝は2日目)、遠藤が3位以内に入れば世界陸上代表に内定する。
 Road to Oregonでは松枝博輝(富士通・29)が48位、砂岡拓磨(コニカミノルタ)が57位につけている。この種目の出場人数枠は42人。世界ランキングは記録得点と順位得点の2種類があり、合計がその大会における得点になる。日本選手権は順位得点が高く設定されているので、順位をしっかりとり、気象条件が良ければ記録も狙って行く。気象条件が悪かったり、スローペースになったりしたときは日本選手権後の記録会で記録を狙う。
 1日目のフィールド種目では男子走高跳と女子走幅跳で、代表有力候補が登場する。
 男子走高跳は出場枠人数が32人で、戸邉直人(JAL・30)が15位、真野友博(九電工)が18位、赤松諒一(アワーズ)が30位につけている。2m33の標準記録を跳ぶのが最良の結果だが、2m30を跳べば確実に得点は上がる。
 女子走幅跳は出場枠人数32人の種目で、秦澄美鈴(シバタ工業・26)が現在22位。秦自身は6m82の標準記録を跳ぶことに全力を尽くす決意を見せていたが、6m60以上をマークすれば世界ランキングの得点は上がるだろう。標準記録を跳べなかったら世界陸上への道が閉ざされるわけではなく、好記録を出せばオレゴンへの道は開ける。その点に留意して観戦したい。

TEXT by 寺田辰朗
写真提供:フォート・キシモト

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?