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サニブラウンが3回目の優勝で世界陸上オレゴン代表内定前回優勝からの3年間での変化とは?【日本選手権レビュー③】

7月の世界陸上オレゴン代表選考会を兼ねた第106回日本選手権。大会2日目が6月10日、大阪市のヤンマースタジアム長居で行われ、男子100mではサニブラウン・アブデル・ハキーム(タンブルウィードTC・23)が10秒08(+1.1)で優勝し、世界陸上代表に内定した。2位には坂井隆一郎(大阪ガス・24)が10秒10で続き、3位には栁田大輝(東洋大1年・18)が10秒19で入った。
 サニブラウンの優勝は17年、19年に続いて3年ぶり3回目。長期間苦しめられたケガからの復活には、どんな背景があったのか。また、3年前と比べてサニブラウンにどんな変化があるのか。

●世界トップのチームメイトとの比較

サニブラウンは開口一番、レースの反省を強調した。
「いやー、ちょっとダメですね。30mからは全然良かったですけど、トップの人たちと走るときは、前半で置いて行かれたら話にならないんで」
 実際は、本人が言うほど出遅れてはいない。10m地点の通過タイムは1.90秒で、17年日本選手権は1.88秒、19年日本選手権は今回と同じ1.90秒である。違いは右隣のレーンの選手のスピードだった。坂井が1.80秒という速さで10mを通過した。世界でスタートが最も速い選手の1人がゴールデングランプリで優勝したクリスチャン・コールマン(米国・26)で、世界陸上ドーハで優勝した時は1.81秒だった。
 10mは十分に加速されていない地点なので、坂井との0.10秒差は距離にすると50cm強なのだが、最初の10mでその差は大きい。サニブラウンは坂井との差に、世界との差を感じ取ったのだろう。タンブルウィードTCには自己記録9秒76を持つトレイボン・ブロメル(米国)ら、世界のトップスプリンターが在籍し、練習をともにしている。ブロメルと直近で対決したレースでは、優勝したブロメルの9秒92(-0.2)に対し、サニブラウンは10秒21で5位だった。
 そうした世界トップ選手たちに「どんな質問をしているのか」という問いに、「スタート練習もただブロックに入って出るだけでなく、ブロックに入る前もシミュレートして、すべての動きの確認をしてからブロックに入るようにしているとか」と、いう回答を例に挙げて答えた。
 しかし次のようにも続けていた。
「スタートの反応は話にならないくらい遅かったですけど、落ち着いて、自分のリズムで加速できました。そこは日頃から自分より速い人たちとスタート練習していることが生きたのかな」
 大きな課題であるスタートに悩みながらも、そこに取り組んできた成果も現れつつある。


●「過去の自分よりすごい選手になれれば」

サニブラウンの日本選手権優勝は17年、19年に続き3回目。19年はフロリダ大所属で、1~3月の室内競技会も、日本選手権前の屋外試合も、学生の大会に数多く出場していた。そのうちの5月の大会で9秒99(+1.8。当時日本歴代2位)を、6月の大会で9秒97(+0.8。当時日本新)をマークした。
 それから3年。「ここまでものすごく長かったな、と感じます」と心情を明かす。
「3年前は全米学生で9秒97で走り、200mも20秒08(+0.8)で走って、そのままの勢いで日本選手権に来たので怖いものなしでした。それからプロに転向して色んな試合にも出ましたが、アップダウンも経験して、作り上げていくのも大事だなって感じますし、こういう要所要所でしっかり結果を出すのもプロの使命かな、という感じもあります。ここで終わりじゃないんで、もっともっといっぱい経験して、成長して、過去の自分よりすごい選手になれればな」
 一番の“ダウン”がヘルニアによる腰痛だった。「腰のケガで体全体の感覚が敏感になった」という。立ったり座ったり、寝たりという日常生活にも影響があったという。17年世界陸上で決勝に進んだ200mは、まだ負担が大きいと判断して今は100mに絞っている。
 走りの技術も、3年前は腰の位置が低い走りだったが、今は17年の世界陸上の頃と同じように腰の位置を高くしている。
「腰の位置が低いと力業になってきて、60mからの加速(走りの切り換え)のところで力んじゃって、綺麗に伸びていかないんです。今日も60mからの走りは悪くなかったんで、腰の位置や(その他のことも含めて)後半に生きています」
 そして試合への出場の仕方が、3年前とは大きく異なる。手元の資料などで調べられた範囲になるが、19年は日本選手権前に60m(室内)を10レース、100mを8レース、200mを7レース、4×100 mリレーを3レース走っていた。それに対して今年は100mが4レースだけで日本選手権に乗り込んできた。
 故障明けということもあるが、学生からプロに立場が変わり、夏場の世界陸上や国際大会への出場が中心に変わってきている。日本選手権のタイムとしては向かい風0.3mで10秒02(決勝)だった2年前が、追い風0.8mで10秒04(準決勝)の今年に勝る。だが上述のシーズンのプロセスを見れば当然のことで、今季は日本選手権をステップにさらに上がっていくと考えていい。
 前日会見で日本選手権の位置づけを質問されて、次のように話していた。
「練習でやっていることを試合で出せるようにする、という意味では練習の一環でもありますし、しっかり結果を出す試合でもあります。今シーズンのステップアップに向けて、良い取り組みができる試合にしたいですね」
 日本選手権が終わって、その言葉の意味が明確に理解できた。今年の日本選手権は、7月の世界陸上オレゴンで結果を出すぞ、というより強い意思表示だった。

TEXT by 寺田辰朗
写真提供:フォート・キシモト

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