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【織田幹雄記念国際2022レビュー①】

男子100mは向かい風をついて小池が快走
中盤のトップスピード重視で2度目の9秒台へ

織田幹雄記念国際が4月29日、広島市のエディオンスタジアムで行われた。注目の男子100mは東京五輪代表だった小池祐貴(住友電工・26)が、スタートこそ出遅れたが中盤で追いつくと、終盤はスピードの違いを見せて差を広げた。3.3mの向かい風で優勝タイムは10秒49にとどまったが、小池の「中盤のトップスピードを上げる」取り組みに期待が高まった。小池は日本人で4人しかいない9秒台スプリンターの1人(19年に9秒98)。早ければ5月8日のゴールデングランプリで、自身2度目の9秒台を出すかもしれない。

●小池が計算通りの後半逆転

織田記念のコンディションはかなり悪かった。トラック種目の予選が行われた昼過ぎまで強い雨が降り、その後、雨はやんだが季節外れの低温に。さらにホームストレートは強い向かい風。記録は絶望的だったが、小池は前向きな気持ちをもって決勝に臨んでいた。
「風は強かったですけど気温は上がってきて、それとともに体の調子も少し上がってきました。運良く無風になったら世界陸上の参加標準記録(10秒05)も狙おうか、と思うくらいにモチベーションは上げられましたね」
 多田修平(住友電工・25)とデーデー・ブルーノ(セイコー・22)がA決勝に駒を進められず、五輪&世界陸上の代表経験選手は小池1人だけ。詳しくは後述するが、集中力が自然と高まるレースではなかった。スタートが不得意な小池は出遅れたが、慌てることなく、自分のやるべきことに集中した。
「焦りはなかったです。みんな決勝になればなおさら前半から飛ばすので、落ちてくる区間で(先行する選手全員を抜き去って)優勝を決めることと、自分が気持ち良い感覚で走ることを意識してレースを進めました」
 冷静に走ったことで、終盤で無理をしたらケガをする危険も察知した。
「80~90mくらいだったと思いますが、思ったより風で体が戻されて脚が流れました(素早く前に戻せなかった)。これ以上頑張るとよくないと感じて、力を抜きながらゴールした走りになりました」
 向かい風3.3mのなかで10秒49。風がなければ10秒1台、公認範囲の2.0m以内の追い風なら10秒0台が出たかもしれない。記録の自己評価を問われると「向かい風3.3mですか。まあ、許してあげようかな。合格点は行けた走りでした」と答えた。

前半を抑えることでトップスピードを高くする

見る側からすると、小池のスタートはどうしても「遅い!」という印象を持ってしまう。五輪代表選手で9秒台スプリンターでもある小池への期待もあるし、多田や山縣亮太(セイコー・29)、桐生祥秀(日本生命・26)ら前半に強い選手たちを見慣れていることも、そう思ってしまう一因だろう。
 しかし小池自身は出遅れることも想定の範囲内だった。
「スタートでピッチを上げすぎると、中盤のトップスピードが下がる傾向があります。前半のピッチはできるだけ抑えて、ブレーキをかけずにスムーズに加速する。中盤以降の、100mの中で最も大切な区間を重視する走りをしようと考えています。自分の長所(後半の強さ)をより生かす走りで、短所は短所で調子が良ければなんとかなるだろう、ということですね。日本選手権など嫌でも集中するレースになれば、スタートから動けると思います。スタートはつねに80点を目指して、中間疾走はつねに90~100点に近いところが出せるようにまとめていきます」
 9秒98を出したのが19年7月。それ以降も小池は、「最大ピッチを出す区間を30~50mの間で調整したり、ストライドも何歩で100mを走り切るのがいいかなど、色々と試してきました」という。そこでわかったことの1つが最大ピッチを「顔が上がる前に出してはダメ」という点だ。
 念のために記しておくと、抑えて走っても小池のピッチは相対的に見れば速い。太腿の太さが特徴として指摘されるが、動きとしてはストライドの大きさよりもピッチの速さが特徴だ。昨年の日本選手権(4位・10秒27=+0.2)で最高速度(11.27m/s)が出た局面でのピッチは5.08歩/sで、優勝した多田は5.04歩/s、2位のデーデーは4.81歩/w、3位の山縣は4.98歩/sだった。
 小池のピッチがさらに顕著だったのは9秒98の自己記録を出した19年ダイヤモンドリーグ・ロンドン大会で、5.43歩/s(11.58m/s)だった。山縣の9秒95時は5.00歩/s、桐生の9秒98時は4.94歩/sである。小池がスタート後のピッチを抑えめに走っても、それなりの速さで刻んでいるので、その点は誤解しないようにしたい。

●大いなる可能性を感じさせた小池の織田記念

今季の男子100mは例年と比べ好記録が出ていない。織田記念が雨と強い向かい風になったことも大きいが、ケガなどで万全でない選手が多いからでもある。山縣は昨年10月に右ヒザを手術し、今季はまだレースに出場していない。桐生は出雲陸上(4月24日)に10秒18で優勝したが、そのレースで右脚ハムストリング(大腿裏)に違和感が生じ、織田記念を欠場した。多田も織田記念予選で「若干、ハムストリングスに違和感」が生じてB決勝を欠場した。デーデーも出雲記念10秒50、織田記念10秒89と状態が上がらない。
 その状況で期待できるのが小池と、9秒97の日本歴代2位を持つサニブラウン・アブデル・ハキーム(タンブルウィードTC)である。サニブラウンは3月に米国フロリダ州の大会を10秒15で走っている。
 小池は今季のプランを次のように話した。
「今季は米国でのレースも経て、自分の型みたいなものがある程度決まってきました。感触は悪くないのであとは気温とともに体の調子を上げていって、ガチガチに気負っていくのでなく、落ち着いて自分のレーンだけを走ろうと思います」
 つまりライバルとの争いよりも、自分がやるべき技術やメンタルに意識を向ける。記録的には「好条件が来るのを待っていこうかな」というスタンスだ。今の走りを続けていけば、好条件下に恵まれれば自然と良い記録が出る。
 ピッチのデータに言及したので、トップスピードの数字も紹介しておきたい。小池が19年ダイヤモンドリーグ・ロンドン大会で9秒98を出したとき、トップスピードは11.58m(/s)で50~60mの区間で出ていた。山縣の9秒95のトップスピードは11.62m(/s)で、桐生の9秒98は11.67m(/s)。トップスピードは若干低くても、それを維持する能力が高いから小池も9秒台を出すことができた。
「11.6m以上を出さないと9秒台はほぼ出せません。スタートが遅いことを考えると、もう少し高い数字を求めたい」
 それができれば今の小池なら2度目の9秒台だけでなく、自己記録を大きく更新する可能性がある。つまり9秒95の日本記録更新も十二分にあり得る。
 さらに言えば前半のスピードも、前述のように大試合になれば自然と上がる可能性がある。実際、ダイヤモンドリーグ・ロンドン大会では、前半型の桐生の自己記録や多田の昨年の日本選手権優勝時と比べ、0.01~0.02秒しか変わらないタイムで30m、40m、50mと通過している。
 ウサイン・ボルト(ジャマイカ)も基本的には後半型で、スタートの良いジャスティン・ガトリン(米国)たちにスタートでは後れをとるが後半で逆転した。しかし08~12年頃の最盛期には、五輪や世界陸上になるとスタートも強かった。ほとんど出遅れずにダッシュし、中盤でリードを奪う。結果的に世界記録やそれに近いタイムを出していた。
 簡単に実現できることではないかもしれないが、6月の日本選手権や7月の世界陸上オレゴンで、小池が日本の100 mの歴史を変えるレースをする可能性も感じさせた織田記念になった。

TEXT by 寺田辰朗
写真提供:フォート・キシモト


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