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【九州&中部実業団駅伝レビュー】旭化成&トヨタ自動車

旭化成とトヨタ自動車の若手が主要区間で区間新
圧勝だった旭化成と、想定外の敗戦だったトヨタ自動車

 激戦が予想される元旦のニューイヤー駅伝。東日本実業団駅伝1位の富士通、同2位のHondaに匹敵する戦力を持つのが、九州の旭化成と中部のトヨタ自動車だ。旭化成は九州実業団駅伝(11月3日:福岡県北九州市)で圧勝したが、トヨタ自動車は中部実業団駅伝(11月7日:愛知県田原市)で2位。明暗を分けたが旭化成は小野知大(22)が、トヨタ自動車は太田智樹(24)が、ともに主要区間で区間賞&区間新の快走を見せた。小野は高卒入社4年目、太田は入社2年目の若手選手。ニューイヤー駅伝でも初の主要区間を担う力があることを示した。
 富士通が優勝した前回のニューイヤー駅伝でトヨタ自動車は1分03秒差の2位、旭化成は1分40秒差の3位だった。15、16年と2連勝したトヨタ自動車と、17~20年に4連勝した旭化成。地区大会からV奪回へのシナリオが見えてきた。

●九州地区1区で田村が相澤、井上を破る快走

 九州実業団駅伝1区(12.9km)は興味深い対決となった。旭化成は東京五輪10000m代表だった相澤晃(24)、三菱重工はマラソン2時間6分台2回の井上大仁(28)、黒崎播磨はこの区間の区間記録(36分49秒)を持つ田村友佑(22)が集まった。
 10000mのタイムでは日本記録(27分18秒75)を持つ相澤が突出しているが、相澤は11月27日の八王子ロングディスタンス10000mに合わせていた。そこで来年の世界陸上オレゴンの標準記録(27分28秒00)突破に挑戦するため、九州大会には調整をほとんどしていなかった。
 スタートから先頭を走ったのは井上だった。だが井上も「気負いすぎて走りがガチガチだった」(三菱重工・黒木純監督)ためペースが上がらない。田村が2kmから前に出て、3km過ぎから引き離していった。
 田村は中継まで独走を続けたが、10km過ぎで相澤が集団を抜け出し、一時は田村との差も8秒まで縮めていた。しかし最後の1kmで田村がペースを上げると中継所では13秒差に開いた。井上も「最後はまとめて(相澤を)4秒差まで追い上げた」(黒木監督)という展開に。
 田村が36分28秒と自身の区間記録を21秒も更新し、相澤が36分41秒で区間2位、井上が36分45秒で区間3位。36分49秒で区間4位のトヨタ自動車九州・藤曲寛人(24)は、6日後に10000mの27分50秒57をマークしている。九州の1区はハイレベルな戦いだった。
 田村は山口県の岩国工高から黒崎播磨に入って5年目の選手。10000m日本歴代3位の27分28秒92を持つ田村和希(住友電工・26)は兄で、チームメイトの田村友伸(20)は弟になる。入社2年目、3年目と大きく成長したが4年目の20年シーズンは、5000m&10000mとも自己新は出したものの成長速度としては鈍った。
 設定タイムを上げるなど練習強度を上げたからで、練習で目一杯の状態になればすぐに記録には結びつかない。その可能性は澁谷明憲監督も想定していたが、妥協せずに継続することで克服することができた。「友佑はこの夏で一気に変わりましたね」と澁谷監督。
「7月のホクレンDistance Challengeのときには厳しいことも言いましたが、8月から9月にかけて体も気持ちも変わってきて、余裕が出てきました」
 2年前の九州実業団駅伝1区でも区間賞を取ったが、2カ月後のニューイヤー駅伝1区は区間14位に終わっている。調子が九州大会にピンポイントで合った形になった。それに比べ今季の田村は、5000m(13分35秒13)と10000m(28分10秒72)の自己新を出しただけでなく、九州大会前後も安定した成績を残している。
 ニューイヤー駅伝は1区か3区で区間上位が期待できそうだ。黒崎播磨は4区に前回区間4位で、その後マラソンで2時間6分台で走った細谷恭平(26)もいる。田村が前半区間でチームを流れに乗せれば8位入賞が見えてくる。

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●旭化成は小野がニューイヤー駅伝主要区間候補に成長

 九州大会2区(7.0km)はB・コエチ(21)の区間賞の快走で九電工がトップに立ったが、3区(10.9km)では市田孝(29)の区間賞の走りで旭化成がトップに立った。4区(9.5km)の茂木圭次郞(26)、5区(13.0km)の小野、6区(10.9km)の鎧坂哲哉(31)、7区(16.0km)の大六野秀畝(28)と5区間連続区間賞で、2位の三菱重工に3分44秒の大差をつけた。
 貯金した秒数でいえば、区間2位を1分28秒も引き離した大六野の走りが旭化成の強さを示していた。この日の大六野であれば、どんな状況でタスキを受けても優勝テープを切っていただろう。
 だがレース展開的にいえば2番目に長い5区で、2位・三菱重工との差を33秒から1分21秒へと広げた小野の走りが大きかった。現行コースとなった17年大会以降、井上、市田孝と名だたるランナーが区間記録を出してきた区間。風がなかったことも有利に働いたかもしれないが、市田孝の区間記録を29秒も更新したのだ。
 旭化成の西村功監督は「このくらいでは走ると思っていました」と、驚いた様子は見せなかった。
「練習でも安定した走りをしています。別大マラソンを目指して距離を少しずつ増やし、スタミナが付いてきました。それで最初から突っ込んでも、押し切る走りができた。まだまだイケるでしょう」
 小野は2年前のニューイヤー駅伝6区に抜擢された選手。区間賞&区間新の走りでトヨタ自動車を逆転しただけでなく、46秒もの差をつけて旭化成の4連勝に貢献した。当時20歳。その後が期待されたが、昨シーズンは故障が多くニューイヤー駅伝も6区で区間3位。前を行く富士通・鈴木健吾(26)に引き離されてしまった。
 昨シーズンに限らずトラックシーズンは故障が多く、入社3年目までは5000mの13分台も10000mの28分台も出していなかった。それが今季はトラックレースもしっかりとこなし、5000mは13分42秒81まで縮めた。タイム的にはそれほどではないが、西村監督は「長引く故障がなくなり、練習も試合もしっかり継続できました。今までになく良い感じで来ています」と、一連の流れの良さを強調する。
 旭化成は4区経験選手が村山謙太(28)、大六野、市田孝、鎧坂と数多くいる。入社1年目の前回は故障で欠場したが、相澤ももちろん4区で区間賞を期待できる人材だ。そこに小野も「4区候補の1人」と言えるところまで成長してきた。
 九州大会の小野の走りで、旭化成の戦力は他チームのさらなる脅威になった。

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●トヨタ自動車は太田がニューイヤー駅伝主要区間候補に

 中部大会は最終7区(11.8km)でトヨタ紡織がトヨタ自動車を逆転した。
 ニューイヤー駅伝前回2位のトヨタ自動車にとって、2区(8.3km)が誤算だった。五輪&世界陸上10000mで5回も入賞しているのビダン・カロキ(31)が、区間8位で7位に後退してしまったのだ。区間賞のトヨタ紡織エバンス・ケイタニー(21)には2分19秒もの差を付けられた。トヨタ自動車・佐藤敏信監督によれば、「臀部周辺がつってしまった」ことが原因だった。
 しかし主要3区間の3区(12.2km)西山雄介(27)、4区(15.5km)太田、5区(12.2km)田中秀幸(31)が連続区間賞。5区で一度はトップに進出した。特に入社2年目での太田が区間記録を51秒も更新し、区間2位に1分18秒の大差をつける走りをしたことが大収穫だった。
 佐藤監督は「西山が順位こそ上げられませんでしたが、前との差を縮めてくれて、中継時に7チームが太田の前にいました。1人抜いてまた1人を抜いて行き、気持ちが入った走りでした」
 太田は、新人だった前回ニューイヤー駅伝はメンバー入りできなかった。10000mも昨年は28分20秒54にとどまり、同期入社の青木祐人(24)や弟の太田直希(早大・22)が27分台を出すなか、後れをとっていた。
 今シーズンの太田の成長を、佐藤監督が次のように振り返ってくれた。
「2月の全日本実業団ハーフ(1時間01分39秒)の頃から良い練習ができるようになり、4月の兵庫リレーカーニバル10000mで外国人2選手と勝負して2位(27分56秒49)になった。練習がつながって、5月の中部実業団5000mでも自己新(13分35秒70)を出しました。夏に一度流れが止まってしまいましたが、9月からまた練習が良くなって、今回は重要区間を任せようと思いました」
 中部大会での圧倒的な走りで、ニューイヤー駅伝でも主要区間を走る可能性が高くなった。トヨタ自動車は前回4区(区間6位)の窪田忍(29)が九電工に移籍。5区区間賞の服部勇馬(27)は東京五輪マラソンのダメージから、中部大会は欠場した。
 だが2年前に3区で区間賞を取った西山が、中部大会も3区区間賞と好調。ニューイヤー駅伝2連勝時に6区で連続区間賞の田中が、今回の5区区間賞で再度、駅伝でも活躍する予感を抱かせる。中部大会1区区間4位の藤本拓(32)は、9月のベルリン・マラソンから1カ月ちょっとで駅伝に合わせてきた。
 トヨタ自動車も旭化成と同様、選手層が厚いチームである。4区は服部、藤本、大石港与(33)、宮脇千博(30)が経験者だ。今回、太田が4区候補に成長したことで、トヨタ自動車もオーダーの幅が広がった。カロキと服部が復調する、という条件付きだが、トヨタ自動車も富士通、旭化成、Hondaとともに4強に数えていい。ニューイヤー駅伝の優勝争いがますます面白くなってきた。

TEXT by 寺田辰朗 写真提供:フォート・キシモト/寺田辰朗


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